46.差し出してしまった手

クリーチャー共に害された重症者たちは全員一命を取り留めた。

取り留めはしたものの……衰弱しきっていた。

急なスラム生活も祟っていたのだろう。彼らは元から身体も、心も、疲れ切っていたのだ。


流石にそのまま放り出すわけにもいかず、面倒を見てやることに。

特に重症そうな者は裏庭に簡易な宿泊場所を作ってやった。

血で汚れたままではさぞ気持ち悪かろうと思い宿の風呂を貸してやると、涙を流して喜んでいた。

……一つ誤算だったといえば、風呂に入りたいという難民たちが大勢いたことだろう。

確かに、無料で風呂に入れるのならば誰だって入りたいだろうな。思えば当然の欲求であった。

結局、怪我した人だけ入れるというのもアレだったので、今夜は難民限定で宿の風呂場を無料開放することに。

そして難民のフリして宿に入ってくる元スラム住民もいるのが厄介であった。

難民は通す。スラムの酔っ払いは通さない。難民限定だっつってんだろうが。テメェらが使いたかったら金払え。


おかげで黒猫亭は銭湯へと様変わりしてしまった。もう宿部分いらないんじゃないだろうか……。

とは言っても定員5名ほどの風呂場のため、回転率を上げるためにシャワーのみの利用とさせてもらった。それでも皆、感謝しながら利用していく。

夜が更けても風呂待ちの列は途切れない。続々とやって来る難民たちをさばいているうちに、いつのまにか朝を迎えてしまっていた。

なんやかんやで徹夜である。朝焼けが目に染みるぜ。

激動の一日だったな……。



エカーテさんとレーヴェは結局最後まで手伝ってくれていた。もはや感謝しかない。

バレッタちゃんも頑張ってくれていたが、途中で力尽きてくたばっちまった。本当にありがとうね。

ジーナとエウリィは仲良く抱き合っておねんね中である。そろそろ百合カプのタグを付けてもいい頃ではないだろうか?

ブラックリスト三人衆は途中から姿を見せなかった。本業に戻ったのだろう。


「並んでいた客は全て掃けたぞ、亭主」

「お疲れさまでした、タナカさん。レーヴェちゃんも」


二人とも、本当にありがとう。

俺の我儘に付き合わせてしまって全く申し訳がない。


「そんな、謝らないでください」

「貴方は堂々としていればいいんだ。……間違ったことなど、何もしていないのだから」


レーヴェは少し疲労を滲ませた顔で、しかしはっきりとそう言い切った。

病み上がりだというのに、随分と無茶をさせてしまったな。反省だ。


「レーヴェちゃんの言う通りですよ。タナカさんは、正しいことしたんです」


二人はそう言ってくれているが……俺が余計なことをしなければ、彼らは被害に遭わなかったのは事実だ。

差し引きで言えば、意味がなかったのかもしれない。


「意味がなかっただなんてことは決してない。貴方は間違いなく多くの人を救ったんだ」


……果たして、そうだろうか?

クリーチャー共の乱痴気騒ぎがなければ、レーヴェの言葉を素直に受け取ることができたのだが……。


「それに、貴方が言ったことだろう。『未来には多くの可能性が残っている』、と」


……うーむ。改めて言われると、中々クサい台詞を発言してしまったな、俺。

もういい加減いい年なんだから、黒歴史を製造していくのはやめにしていきたい所存……。


「貴方の行いのおかげで、多くの人が今日を生きていられているんだ」

「そうですよ、皆生きているんです。タナカさんが手を差し伸べてなかったら、もう救えない命だってあったはずなんですから」


そう言われて、難民たちの様子を思い出す。

戦火によって全てを奪われた、王都で生きていただけの一般市民たち。

襤褸切れのような衣服を着て、食事も満足に取れずやせ細り、風呂にすら入れず汚れきり……。

……改めて直視すると、酷いものだった。


「私たちだって……あの日、タナカさんに助けてもらっていなければ、今日いた中の一人になっていたかもしれません」


……確かに、一月前の俺がエカーテさんに声を掛けていなければ、彼女たちの運命はまるで違っていただろうな。

身寄りのない母子だけで生きていけるほど、この世界は甘くない。

そもそも、今日まで生き延びることができたのかどうかさえ……。


「──私、負い目を感じてたんです。同じ境遇の人達が今も苦しんでるのに、私たちだけがこんなに恵まれていていいのか、って」


それは……以前、酒の席でも聞いたことのある話だ。

リシアに逃げてきた王都事変の難民の内、俺が手を差し出したのはエカーテさんとエウリィ親子の二人だけだった。

大勢の被災者がいるのは分かっていたが……その中で彼女たちを助けたのは、俺のエゴだ。

見目麗しい母子だから。それだけの理由で、彼女たちだけを助けた。


全員を助けることなどできやしない。俺に助けられるのは目の前にあるものだけだ。

……なんて嘘は、吐けない。


──俺ならば出来たはずだ。全てを救うことが。


けれど、そんなことをする義理などなく、意義も無い。

昨日までは、そうだった。




「──だから、私からも、改めてお礼を言わせてください」


手を取られた。

優しく、暖かい、女の肌の温もりが伝わる。

エカーテさんの目が、俺を映していた。


「あなたの優しさに、救われました。差し伸べて頂いたこの手に、最大限の感謝を」




***




その後、エカーテさんを丁重に部屋へとお見送りした。


さて、どうにも困ってしまった。

あんなことを言われてしまっては、もはや手を中途半端に引っ込めることなんてできやしない。

こうなったらもうとことんまで付き合ってやろうじゃないか。


そんなことを考えながら食堂に戻ってきたら、お嬢様は未だに席に座ったままであった。


「結局、最後まで難民たちの面倒を見ることになりそうだな、貴方は」


顔を見るなり、そんなことを仰られたお嬢様。

なぜ俺がそうすると思ったのです?


「……そんな顔をしていた、から」


顔を見るだけで分かっちゃうなんて、お嬢様は俺のこと好きすぎん?


「好きじゃないっ! それぐらい誰でも察せる!」


徹夜をしてもツンデレの切れ味は鈍ってないらしい。さすがだぜお嬢様。


それはさておき、エカーテさんも部屋に戻ったんだし、そろそろレーヴェも休んでくれよ。

病み上がりなんだからさ。


「……。貴方は、まだ休まないのか?」


掃除くらいはしときたいからな。

それに、おじさんは徹夜に強いモンなのさ。


……あ、もしかして俺と一緒に寝たかった?


「違うっ!!!」


凄い剣幕で否定された。しかし顔がトマトの如く真っ赤であった。

俺はそれ以上何も言わず、暴れるお嬢様をお姫様抱っこで部屋に運び、眠るまで頭を撫でてやった。

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