51.スジモンには関わるな(後)

「そんで、決行はいつにする。時間を与えた分だけ向こうが有利だ。やるならさっさと片付けた方がいいぞ」


まぁそりゃそうである。

といっても流石に今すぐは無理だし……明日だな。

白昼堂々敵の陣営に乗り込んで終わらせてやろう。


「分かった。じゃあそれでこっちの話は進めておく」


言うが早いか、大男は立ち上がって食堂から出て行った。

用が済んだらとっとと出ていってくれるのはありがたい。次に喧嘩売られてたら手が出てたからな。


「話が早いんは助かるわぁ。旦那はんはいつでも即断即決で、頼りになる男やねぇ」


大男がいなくなった途端、スススっとテーブルを回り込み、隣の席にユーエンがやってきた。

良い匂いをさせるもんだからつい呆けてしまって接近を許してしまうのである。

腕を取られて抱きつかれてしまった。


「それにしてもエウリィちゃん、ジーナちゃんが来て年相応になったねぇ」


大男が出ていった今現在、食堂には俺とユーエンのみ。

エウリィとジーナは既にいない。二人のじゃれ合いは追いかけっこに変わり、仲良く走り去っていったのだ。

気を利かせて出ていった可能性もあるね。


「随分大人びた子やったけど、ようやっと子供らしくなって安心やわぁ」


確かにこいつの言う通り、エウリィは年相応な面を見せるようになった。

言うまでもなくジーナとの低レベルな争いのおかげだろう。

仲良くなってくれて本当に嬉しいよ。


……で。お前はいつ出ていくんだ? 後、離れろ。


「やーやわぁ、話が三つあるって言うたやろ? まだ一つしか済んでへんよ」


離れる気はないらしい。

無駄に良い匂いがするし、なぜか胸の辺りに柔らかいものが当たっているのでタチが悪い。


「ふふ……。まぁ、残りの二つは雑談程度なんやけど」


手を握られてしまった。

優しく包み込むように指を絡ませて、柔らかさと温もりが伝わる。

男の手か? これが……。


「食べもんの屋台始めはったの、急にどうしたん? お金に困るような生活はしてはれへんのやろ?」


にぎにぎ、と互いの指が絡まったり離れたりする。

指の腹で手の甲を撫でられて、ぞくっとした感覚が腕を駆け巡った。

これは……! 巷では手ックスと呼ばれる類のペッティングだ!

おまわりさんここです! 女の子の恰好をした男の子にエッチなことをされてます!


「ホンマはお金に困ってたとか? そんなら、うちがいくらでも旦那はんを養ったるのに」


ユーエンが薄い笑みを張り付け、妖艶な仕草で囁いてくる。

顔面だけなら本当に美少女だ。

脳が勘違いしてしまうので妙な真似はやめてほしい。


「……んふふ。旦那はん、やっぱり満更やないみたいやねぇ」


くっ……! なぜ抗えないんだ俺は……!

いや、抗う必要がないのか……? ダメだ脳がバグってしまう!


「いつでもお手付き大歓迎やから、遠慮なく言うてなぁ……?」


甘い囁きにゾワリと脳が痺れる感覚がして耳が熱を帯びた。


おごっ……おごごっ……俺は屈しないぞ……!

さっさと話しを終わらせて離れろォ……!


「んもぉ、旦那はんが話を返してくれへんのが悪いんやで?」


俺のターンだったらしい。何の話だったっけ……?


「屋台の話ぃ。なんで今更そないなことし始めたのかを聞きたいの」


そうそれ。なぜ屋台を始めたか、だったか。

簡潔に言えば、宿の名前を売るための宣伝だよ。宿を人気にして売り出していきたいからな。

それが屋台っつー形になったのは話の成り行きだ。


「はぁー、そやったん? うち、てっきりこの宿は旦那はんのお気に入りの子ぉ集めて、はぁれむを作るための場所にするんやぁ思うてたわ」


……ウム! まぁ現状ほぼそんな感じになってるから否定はしないぜ!

だが売り出していきたいというのも本当だからな。やっぱり宿は宿として使うのが一番だろうし。


「それで、まずは宿の名前売るために屋台から始めた、と。……言っちゃあなんやけど、そんなんせんでもすぐ満員御礼になるぅ思うよ?」


……何? どうしてだ?


「元からこの宿はそれなりに有名やし、定住しとる宿泊客もおったんや。旦那はんの居城になってからは、黒猫亭は潰れた思うてはる人も多いんよ? 旦那はんは宿を開けてるみたいやけど、誰も開いとるなんて思うてへんもん」


……確かに、爺さんから宿を無理やり受け渡された直後には、宿泊客は結構いた気がするな。

せっかくだから全面リフォームしようとして、一旦宿泊客を全員追い出したりしたんだったっけ。結局リフォームに関しては三日坊主で飽きて終わったのだが。

それからなんやかんやあって店は閉めたままで……バレッタちゃんと出会うまでは寝泊まりにしか使ってなかったな。

彼女を連れ帰ったのが俺の宿としての始まりだ。


「やから、宿泊客を真剣に増やしたいんやったら、皆すぐ泊まりに来る思うで? なんせここいらじゃ、雨風凌げるだけでも重宝するし」


うぅむ、確かに……。リシアの宿は他にもあるが、スラム内で経営している宿はここくらいだ。

スラム内の需要を独り占めできると言っても過言ではないだろう。


……う~~~む。屋台から始めたのは少し冗長だっただろうか?


「まぁ、宿をどうこうする前に、旦那はんはもっと大変な問題を片付けなあかんけどなぁ」


きゅっと腕を引かれて、思考の海から現実へと引き戻された。


「昨日唐突に始めはった慈善事業。どういうつもりなんかなー思うてね。それが三つ目のお話」


……まぁ、それを聞いておきたいというのは、話の流れからすれば当たり前か。


「うちらもあの人らの対処には手ぇこまねいとったから、旦那はんの行動はありがたいんやけどね。けど金も取らんでなんて……流石に理由くらい聞きたいやろ?」


難民を助けた理由……。まぁ、別に深い理由はない。女の子が困ってたから助けた。

そこから昨日のよくわからん襲撃で被害が出て、罪悪感が沸いて引けなくなった。それだけだ。


「──ふぅん、メルソンの言うてたことと変わらへんなぁ。やっぱり大した理由やなかったかぁ」


こてんとユーエンが頭を俺の肩に預けてきた。まるで恋人のような距離感だ。

俺は同性愛者ではないが、脳が勘違いを起こしてしまう。

俺はノーマルだ。そうだろ? そうだよな? 滅多に返事をしてくれない俺の男の部分よ。


「旦那はんは優しいお人やねぇ。前から知っとったけど、改めて思うたわ」


優しいだぁ……?

当たり前だろうが。俺ほど紳士な男は居ねえ。

女の子限定のスーパーヒーローなのさ。


「またまたぁ、そんなん言うて」


ユーエンは萌え袖で口元を隠して笑い、俺の肩に頭を預けたまま上目遣いで見つめてきた。


「旦那はんは皆に優しいわ。そんなタテマエなんかつけへんでも、バレバレやで?」


……あん?


「だって、うちらの組を守ってくれはったし」


いや、別に守ったつもりはないんだが……。

見目麗しい美少女に釣られて首を突っ込んだら、男の娘トラップに引っかかってしまっただけの話である。

優しさではなく性欲だな。うむ。


「それだけやないよ? うちんところのあの三人も、未だに追い出さずに放っておいてるやん。それに、リシュ―はんの面倒も見てくれはったし」


……ブラックリスト三人衆に、パン屋のことか。

三人衆に関しては追い出すのが面倒臭いから放置してるだけである。

パン屋も断った方がめんどくせぇからこっちが折れただけだ。


「それに、あのケチで頑固もんのマイロ爺さんがこの宿を丸まんま引き渡したのからして、とんでもないことやで?」


マイロ──確か、そんな名前の爺さんだったか。

俺がリシアに来て最初にポップした第一村人の爺さんであり、黒猫亭の前亭主だ。

偶然出会ったその爺さんは、特に滞在場所を決めていないという俺の話を聞き、半ば強引に黒猫亭へと泊まらせたのだった。

いわゆる強制イベントである。厄介事の匂いは特にしなかったので一晩世話になった。

そしてその後宿の全権利を俺に委譲し、去っていった。あまりにも唐突過ぎる強制イベントであった。


「あの爺さんはうちのおとうはんと知り合いでなぁ? 昔からケチやったし、色々と扱いに苦労してたんよねぇ」


ユーエンの言うケチで頑固者などという面は特に見えなかったな。親切で優しい爺さんだとばかり思ったものだ。

まさか宿をそのまま譲られる程だとは思わなかったが。


「ホンマにそれなぁ。タダで宿ごと譲るなんてことまさか考えられへんかったわぁ。だからきっと、旦那はんがなんやして助けてあげたんやろ? そうやないと辻褄が合わへんもん」


出会ってからあの爺さんに特に何かをしたわけではない。これは事実であり、本当に言われるまま一晩世話になっただけだ。

なので未だになぜあのような強制イベントが起こったのかは謎のままだ。


……恐らく、過去の俺が何かをしたのだと思うが、記憶に残ってない。

男に関することは毎秒毎に脳内から消し飛んでいくので結局謎は謎のままである。


「……そんな優しい旦那はんやから、きっと色んなもんを背負ってまうんやろうねぇ。女に癒されたい思うんも当然や」


ユーエンが俺の手を取り、自身の頬に当てた。


「うちならいつでもお相手するで? 旦那はんになら、何されてもええよ?」


……そろそろしつけえぞ。

俺はノーマルだ。


「あん。いけずな人やねぇ」


うっせえ。とっとと離れて帰りな。

知ったような口を聞いてんじゃあねえ。




後、その握ったドスを少しでも引き抜いたらぶん殴るからな。


「……あっはぁ~! やっぱ旦那はん、おもろいわ~!」


何が面白いのか、ケタケタとユーエンは笑った。


そうだった、こいつは破綻した人格の持ち主なんだった。

あんな台詞を吐いておいて、隙を見せたらぶっといブツを突き立てる気満々の性格破綻者なのである。

男の娘がどうとか以前の問題だ。様相も相まって地雷系なんだよ。核地雷だ。

やはりスジモンには関わってはいけない。向こうもこっちも変わらないこの世の摂理だった。


俺の癒しはやはり宿の女性陣だけだ。

癒してくれ……エカーテさん……お嬢様……。

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