44.英雄の救恤(Ⅳ)

とか思っていたら早速問題が発生したようである。

未来の俺、出番よ!


「なにやらさわぎですね! なーちゃんにおまかせください!」


お任せできません。お前は引っ込んでなさい。


「なんでですか! さっきレーヴェがけんでなぐってたおしてたのをみてましたよ! みねうちっていうんですよね? あーいうのをすればいいんでしょう?」


あれはプロがやってるのよ。テレビの前の皆は真似しちゃいけません。

……マジな話、お前が目立ったら面倒なことになりそうだからダメだ。

俺の後ろで大人しくしてなさい。


「ぶーっ」


膨れてもダメ。




***




騒ぎの方へと向かってきたが、未だ剣戟の甲高い音が鳴り止まない。

それに、音からして結構な大人数だ。集団で暴れているのだろうか?

怖いお兄さんたちが結構な人数で警戒にあたっていたようだが、奴らに対処できない敵が現れたということか。面倒だな……。


「きゃあああっ!? あなたあああっ!」

「エギンヴァラファミリーだ! 逃げろっ! 関わるな!」

「やめっ、やめてくれ……! 俺は関係ないんだ……!」


逃げ惑う人々の中を突き進み、騒動の中心へと近づいていく。

そして、その中心地点へとたどり着いて──……。




「おとうさんっ! おとうさあんっ!!」

「にげ……メリ、ル……」


──血塗れで倒れ伏した男と、それに縋りつく少女。


ついさっき、笑顔で別れたばかりの親子の姿が、そこにあった。

父親は背中を切りつけられて仰向けに倒れている。片腕は肘から先が無くなっていた。


それだけではない。道端に倒れている人たちが何人もいた。

血が広場の地面を赤く染め上げており、鉄臭い匂いが立ち込めている。


騒動の中心に立つのは、如何にもな格好をした男だ。

顔には刺青。派手な装飾品を身に付けて、傍らには数十人もの取り巻きらしき男が並んでいる。

獅子剣合シージェンたちが未だに戦っているのも、奴の取り巻きが相手なのだろう。


「さっさと出てこぉい! ここの責任者ァ!」


集団のリーダーらしき奴は大声で叫び散らし、嘲笑を浮かべていた。

その足元には……蹴飛ばされたのであろう炊き出しの鍋と、その中身が辺りに散らばっていた。


「──なーちゃんのつくったスープが」


……。お前は、倒れてる人たちを助けてやってくれないか。

いいか、絶対に手ぇ出すなよ。俺がやるから。


「ひっ!? わっ、わかりました」







「──お前かぁ? 黒猫亭の店主とかいうのは」


【エギンヴァラファミリー幹部 テメリオル・ロッソ / LV:16 / エレメンタル:- / アライメント:イビル / ジョブ:ファイター】




久方ぶりにサポートデバイスのオルタネイトを起動し、ITD拡張視界を表示させた。

敵性存在の生体情報、人数、位置──瞬時に視界へと各種情報が拡張展開されていく。

脳が揺れるよう感覚。音声が直接脳に鳴り響いている。


さて、雑魚はどうでもいいが、面倒なスキル持ちがいたら厄介だ。

確認したところ…………よし、全員雑魚だな。

インベントリを開き、俺の唯一の武装を射出した。




【エクストラスキル∴インベントリショット が発動されました。 ■■剣:■■■■■■■を打ち出しました。】




「よおし、大人しくこっちへこい。お前の店は今日から俺様たちが頂く。売上金は全て寄越せ。後、見目の良い女がいるらしいな。そいつも連れてこい」


意味のない言葉は全て無視して、クリーチャーの方へと歩いていく。


「言っとくが、お前は嬲り殺しが確定してるからな。下っ端とはいえファミリーに手ェ出されちゃ、黙ってるわけにはいかねえのよ」




【アームドスキル∴氷■■の吐息 が発動されました。】




小うるさいシステムボイスを聞くのもジーナとの戦闘ぶりか。

状況を逐一報告されるのは便利でもあるが、いささかリアリティのないゲームじみた戦闘になってしまうのが困りものだ。

さて、残り三……いや、もう終わった。




【敵性対象は凍結状態になりました。】




「舐めた真似してくれやがってよぉ。落とし前を付けてもらわねえとな? ……おい、ビビッて返事も出来ねえのか?」


舐めた真似をしてるのも、落とし前を付けるのも、お前の方だろうが。


「……あ? おい、聞き間違いか? 今こいつ、俺様に喧嘩売りやがったか? なあ、おい」


誰に確認を取ってるのか知らんが……お前、もう一人だけど逃げなくて大丈夫か?


「はぁ?」


男は今更になって背後へと振り向いた。

剣戟の音は既に止んでおり、獅子剣合シージェンたちは一人だけになった男の周囲を取り囲んでいる。


男の取り巻きは全て氷像となって固まっている。

魔法使いも数人いたようだが、一言も発せぬまま凍り付いていた。


「あ……? な、ぁ……!?」




【インベントリから■■剣:■■■■■■■ を取り出しました。】


【■■■■■モデル:Ⅶ 氷■■ により 祝福された装備は 解除することができません。】




手元に引き戻した剣を片手で一閃する。

何かにぶつかったという感覚さえなく、剣は振り切られた。


「イッ!? ぐっ、な、んだ……!?」


無様に頭から地へと落ちる男。太腿から下が分断されているのを呆けた顔で見つめていた。

切断部は凍り付いており、汚い体液が飛び散ることもない。


「ひっ、ぎゃあああああッ!? おっ、俺様の脚があぁぁ!!??」


脚が取れたくらいでピーピーうるせえな。

好き勝手しといてその程度で泣き喚いてんじゃねえよ。


「痛ええぇっ!! クソッ、誰か回復魔術を掛けろっ! オイッ!?」


お前一人だっつってんだろ。

クソデカい態度とっときながら一人じゃ何もできんのか。


「て、テメェ……! 誰に楯突いてンのか分かってんのかァ!? 俺はエギンヴァラファミリーの幹部だぞ!?」


知るかよ、お前がどこの誰だかなんざ。

どうでもいいし。


「後で後悔すっぐぼごっ!?」


男の頭をサッカーボールキックして黙らせた。

数十メートルほど吹き飛んで、怖いお兄さんたちの足元へと転がっていった。


後はお前らに任せるぞ。マヌケ面で凍ったままの奴らも片付けといてくれ。


「……あっ、はっ! お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんっ」


ああもう、気分が台無しだチクショウが。せっかくの人助けを台無しにしてくれやがって……。

その上ジーナの作った料理まで足蹴にするとか、全く許せん。食事を粗末にする奴は大嫌いなんだ。


さて……おお、意外なことに死人はいないようだ。

まだ誰もHPバーが底をついていない。今なら全員助けられるな、いいこっちゃ。

早いところポーションをぶっ掛けて回らなければ。


と、インベントリからポーションを取り出したところで、後ろから声を掛けられた。


「亭主っ」


おっと、レーヴェか。

宿の皆は無事か? 誰も傷付けられちゃいないよな?


「あ、ああ。エカーテ殿とエウリィは、メルソンたちに真っ先に保護されていた。私とバレッタはここから離れていたから、無事だ」


そっか、それなら良かった。

じゃあちょいとこのポーションを負傷者に使ってやってくれないか。

今なら間に合うから。


「承知した! バレッタ、君も手伝ってくれっ!」

「ア、アタシもっ……!? わ、わかったわよっ、もう……!」


レーヴェは俺から渡されたポーションを大事そうに抱えると、バレッタを巻き込んで駆けていった。


さて、俺も早く動かなければ。

まずはあの親子だな。あれで死なれちゃ寝覚めが悪すぎる。


「おとうさんっ! おとうさぁんっ!」

「だいじょうぶですよ。てもくっつきますってば」


おっと、ジーナが既に彼らへ治療を施してくれているようだ。

意識を失った男にジーナが何かを掛けると、途端に傷が塞がっていく。




【ドラゴニックスキル∴ドラゴンブラッド:リザレクション が発動されました。】


【効果対象のHPが回復されました。 効果対象の部位欠損ダメージが修復されました。】




……竜のスキルか。すごいな、自動で腕が生えてきたぞ。

ポーションだと繋いでからぶっ掛けないとダメだから、完全に上位互換だな。


「ん……あ、ぁ……?」


娘の父親が瞼を動かした。

うっすらと開いた目は焦点が定まらず、未だ意識は朦朧としているようだ。

しかし、その目に娘の顔が映り込むと、掠れた声で言葉を紡いだ。


「む、ぅ……メリル……?」

「おとうさんっ!!」


目ぇ覚ましたか。まだあんまり動かないほうがいいぞ。

傷は回復しても、流れた血は消えたままだからな。


「う、ぐ……あ、あなたたちは……。また、助けてくださったのですね……」


喋らなくてもいい、今は休んでろ。

娘をあまり心配させてやるな。


「すみません……。メリル、心配を掛けたな……。父ちゃんは、まだ生きてるぞ……」

「おとうさん……よかったぁ……!」


少女は縋りつくように抱き着き、父親は弱々しくも笑ってみせた。

この親子はこれで大丈夫だろう。



ジーナ、ありがとうな。

わざわざスキルまで使ってくれて。


「……だんなさまのめいれいですから。でも、すこし、つかれました」


その言葉の通り、ジーナは元気SPを大幅に消費していた。あの回復スキルによる消費は相当に激しかったらしい。

……あの父親、かなり重症だったしな。治すのにもかなりエネルギーが必要だったのだろう。

もしかしたら、こいつじゃなけりゃ助けられなかった可能性もあったのやもしれない。


「ハグしてください。ごほうびをもらわないと、やってられません」


はいよ。それくらい、いくらでもやってやるさ。


腕を広げると、ジーナはものすごいスピードで抱き着いてきた。


「……だんなさま。あまり、えいゆうてきなこうどうは、しないでくださいね」


ぎゅうぅっっっと。

まるで命綱にでもしがみ付いてるかのように、大事なものを離すまいとするように、強く。


「だんなさまがえいゆうになってしまったら、なーちゃんは……」


……この程度で英雄になってたまるかってんだ。

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