43.英雄の救恤(Ⅲ)

とりあえずレーヴェは口八丁で言いくるめて、バレッタちゃんのサポートに向かわせた。

ストレス耐性低めだし、この場に置きっぱなしにしておくと頭の血管をはち切れさせそうで心配だからね。


「旦那ァ。こういうのやるときゃ、先に言っといてくれたらよかったぜ。そしたらもっと色々準備できたってもんさ」


盗賊がジョッキをグイっと煽りながらそんなことを言ってきた。


だって決めたのついさっきだし。

お前の方こそ、よくこの短時間で色々と手を回せたな。


「へへっ、あっしはそれが仕事みてェなもんですからねェ。……しっかし、一体どういう風の吹き回しだい? 今更になって難民に肩入れするなんて」


今更になってこの有様に気付いたからな。

女の子が困っているなら、俺としては手を差し出さずにはいられないんだよ。


「……はっはっは! 旦那らしいや。でもまァ、悪くないんじゃあないか? こうして宿の名前も売れることだし」


それは……どうだろうな。

この難民たちは王都に帰してやった方がいいと思ってんだ。宿の売上には繋がらないだろうよ。


「──ふむ。……そこまでしてやるのかい、旦那は」


ここの領主はクソだって聞いたからな。王都も大変だろうが、ここよりはマシだろ?


「違ェねえ。ここに居たって難民たちに明日はねえさ。……それこそ、旦那のような方が手を貸さん限りはな」


別に俺じゃなくったって、きっと誰かが手を貸していただろうさ。

人ってのはカッコつけたい生き物だからな。




***




「だんなさま!」


ベイビーちゃんが器を手にして走ってきた。

はじめてのおつかいを見てる気分だ……。こ、コケるなよ……?


「? どうしたんですか、アワアワして。それよりも、スープはいわれたとおりつくってきましたよ。これはだんなさまのぶんです」


危なげなく俺の元までやってきたジーナに安堵し、器を受け取った。

中身は……白濁してるな。猪肉と野菜、米まで入ってる。

雑炊……というより、クッパだろうか。もう匂いだけで美味いというのが分かる。

白いのは牛乳でも入れたのだろうか?


「ほねからだしをとったのでしろいんですよ。あつあつだからフーフーしてあげますね」


なるほどぉ、勉強になります先生。


「ふぅー、ふぅー……。はい、あーんですよ」


あーん、んむ、んむ。

うむ、うんめぇ。スープが濃厚だぁ……。


「よかったです。……ほかのヒトのくちにあうかどうかは、わかりませんが」


いやあ、反応を見る限りそれはないだろ。

どいつもこいつも感無量って顔してやがるぜ。


「うまい、うまい……!」「おいしい……なんて濃厚さだ……!」「こんな食べ物があったなんて……!」

「う、ウメぇ……! 口の中が蕩けちまいそうだぜ……」「おかわりっ! このスープのおかわりをくれっ!」


うむうむ、ISEKAI料理モノにありがちな反応だな。

心温まる光景である。俺ももっと食っちゃおう。はむっ。うめぇ。


「……。どうして、だんなさまは……」


何やら神妙な様子のベイビーちゃんが言葉を漏らした。しかし続く言葉は中々出てこない。

どうしたのだろうかと気になったが、ジーナへと声を掛ける前に、別の声が割り込んできた。


「──あぁ、やっと見つけた。ほら、あの人がこの料理を恵んでくださったんだ。お礼を言いに行こう」


何やら、ついさっき聞いたような男の声だ。

振り返ると……確か、炊き出しを始める前に、列の最前で声を掛けてきた男だろう。傍らには幼い少女の姿もある。

あれが娘さんか。へっ、可愛いじゃねえか。


「すみません、何とお礼を言っていいものやら……! この通り、娘に美味しいものを腹一杯食べさせてやれました。本当にありがとうございます!」


男は俺に深く頭を下げ、感謝の言葉を述べた。

手を繋いだ娘さんも慌ててぺこりと頭を下げてくれる。きゃわいい~。


「ほら、お前もお礼を言いなさい」

「ごちそうさまでしたっ」

「こ、こらっ。ありがとうございました、でいいんだ!」


ンンッ! ギャワイッ!


……おほん。おそまつさまでした。

飯は美味かったかいお嬢ちゃん。


「うんっ! おいしかった!」


花丸笑顔100点満点頂きましたァン!

よしよし、こっちのお姉ちゃんにも礼を言ってくれ。こいつが料理を作ってくれたんだ。


「ありがとうっおねえちゃん!」

「い、いいえ。なーちゃんは、たいしたことをしてませんので……」


……なんだぁ? 照れてやがんのかこいつめ。

謙遜なんかせずにもっと威張ると思ってたんだが……まぁいいや。


お嬢ちゃん、あっちでジュースは貰ったか?

まだなら早く行った方がいい。甘くて美味しいから子供たちが取り合いしてるぞ。


「ほんとう!? おとうさん、はやくいこっ!」

「あっ、こらっ! ああもう、すみません……。あの、本当に、ありがとうございました」


なに、娘さんの笑顔を守ってやっただけさ。あんた一人だったらどうとも思ってなかったしな。

ほら早く行ってやれ。娘さんの手を離すなよ。


「はいっ、この御恩は一生忘れません! では、失礼します」

「ばいばーいっ」




彼らは手を振りながら離れていった。

その後ろ姿を眺めていると、ジーナがポツリと呟いた。


「だんなさまは、さっきのこをたすけようとして、こんなことをしているんですか?」


ん? まぁきっかけとしてはそうだな。あの子が腹空かせてるって聞いたもんだから。

それに、他にも困ってそうな女の子たちは一杯いるだろ? 男共はどうでもいいけど。


「……それなら、いいんですけど……」


なんだいなんだい、歯切れが悪いねこの子は。

疑問に思ったことがあるならキチンと言っといた方がいいよ。そういうのって大抵後から問題になるんだから。


ジーナは目線を下げて、しばし言いよどんでいたが……やがて静かに語り出した。




「……だんなさまは、えいゆうとよばれるヒトに、とてもにています」


……なんだって?


「えいゆう、です。……おおいなるぶゆう──なーちゃんをたおすほどのちからをもっていて」


「すぐれたさいちでおおくのいのちをすくう、こうけつなたましいをもったヒト」


「……だんなさまは、えいゆう……なのですか?」


英雄。

何だか凄くふわっとした概念を持ち出してきたが、さて……。

もし俺が仮に何らかの英雄だったとしたら、お前に何か不都合でもあるのか?


「…………なーちゃんは、”そらのていおう”さまに、えいゆうとのけっこんをきんじられているのです」


なんじゃそら。なんで?


「りゆうはおしえてもらえませんでした……。でも、ぜったいにえいゆうとはけっこんしないようにと、きつくいいきかされているのです。だから……だんなさまがえいゆうだったら、きっと”そらのていおう”さまは、なーちゃんのけっこんをゆるしてくれません……」


……う~~~ん、なんだろう。

例えるとこう……『付き合ったばかりなのに、親に挨拶行かせる気満々な良家のお嬢様』みたいな感じ?

いや、付き合ってすらないんだけどもね。


さあてどっから突っ込んだものか……。

そもそもお前の言う英雄というのがよく分からんのだが。そんな種族やジョブなんかないし、それは単なる称号だ。

勝手に呼ばれてなるもんだろう、英雄・・なんてのは。

自分を英雄だと証明できるものなんざないし、聞かれても違うって言えばいいんじゃね?


「いいえ、きっと”そらのていおう”さまにはわかってしまいます。だから、なーちゃんはしんぱいなんです……」


……うーむ、管理AIどもの考えることは分からんが……。

データを参照して、そういう称号があるかどうか確認でもしているのだろうか?

仮にそうだとしても、残念ながら俺には無関係だろうな。


俺に結婚などというシステムは永遠に利用できないのだから。


「ねえだんなさま? だんなさまは、たんにおんなのこがすきなだけなんですよね? だから、たすけたんですよね?」


……ああうん、そうだよ。

俺は女の子が好きだから助けてやったのさ。男はついでだ。


「ですよね! よかったです!」


……自分からそういう理由にしておいてなんだけど、いざ他人からそう決めつけられると割と傷付く心があるの……。

人間って不思議ね。


それにしても……。

今まで何となく流してきたが、こいつは特大の爆弾要素持ちだということを改めて実感してしまう。

なんせドラゴンだ。ドラゴンらしき威厳はゼロに近しいが。

こいつの言う結婚・・というのも、恐らく言葉通りのものじゃないだろう。きっとシステム的な何かが伴うはずだ。

婿探しがステラクエストに関わっているとか、恐らくそういう類の。


……改めて思うと、かみに関係があるってのは、とんでもなく厄介だ。

仮にもし奴らが出張ってくるのだとしたら……今の生活などあっという間に吹き飛んでしまうだろう。

なんせ話など通じないのだから。……まぁ、そのへんの問題は今考えても仕方ないか。


「~♪」


とりあえず今は……こいつが幸せそうにしているのなら、それでいいだろう。

問題など起こってから対処すればいいのである。未来の俺に投げ捨てよ。

がんばれ、未来の俺。

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