42.英雄の救恤(Ⅱ)
さて、屋台を出すどころか、炊き出しをする羽目になってしまったぞう。
とりあえず集まった人たちに指示してスペースを開けてもらい、通りの一角を炊き出し場とする。
さて、まずは肉を焼くための鉄板の用意が先だろうか? ……などと考えていたら、いつの間にか近くに居たジーナが話しかけてきた。
「だんなさま。ながいあいだろくなものをたべてないヒトがおおいのなら、しょうかのことをかんがえて、スープにしたほうがいいですよ」
ジーナ大先生からアドバイスをいただいてしまった。
なるほど。肉をひたすら焼こうと考えていたが、そう言われたらその方がいいな。
難民相手じゃ某海賊みたいに『宴だァ~~~』という雰囲気にはならなさそうだし。
ジーナの言う通り、メインメニューはスープに変更しよう。
というか作るもんは任せていい? 材料はここに置いておくんで。
俺はインベントリに残っていた野菜や肉、調味料を適当に取り出してジーナに丸投げした。
「わっ!? もうっ、なーちゃんをてきとうにあつかうんですから!」
おいおい、一番重要なところを任せてるんだぞ?
適当なんかじゃないさ。ジーナを信頼してるんだ。
「もー……わかりましたよ。がんばってみます」
ジーナは少し怒った素振りを見せつつも、承諾してくれた。
高レベルのクラフトスキル持ちのお前が調理してくれた方が一番効率いいからな。
やってくれるのなら非常にありがたい。
とはいえ、ジーナ一人に任せたところで捌ける人数でもないだろう。
うむ、ここは有志に手伝ってもらうとしようか。働かざるもの食うべからずだ。
ということで料理のできる者共を徴収し、鍋と食材を配っていく。
ジーナの作るメニューを真似ても良いし、自らの好きな物を作ってもらっても良いだろう。
さて、エウリィとエカーテさんたちの方は……順調そうだ。
彼女たちにはドリンクの販売を任せている。水は無料、ジュースは子供のみ無料、酒は有料で販売中である。
子供たちはジュースを飲んで笑顔になっておるわ。良き哉良き哉。
そしてジョッキの回収と洗浄はバレッタに一任させてもらった。
水魔法が使えるからね。効率よくジョッキを洗って管理しておくれ。
非常に厳つい目付きで睨まれたが、これも魔晶石をあげた分のお返しと考えてほしい。
許せバレッタ。額をトンとしてあげたら叩かれた。
へへっ。
***
てんてこ舞いであった。
いや、そんな可愛い言葉では済まされないくらいの激務だ。
「これは……中々に重労働だな……」
俺と一緒に各所を巡って雑務をこなしてくれていたお嬢様がポツリと言葉を漏らした。
ごめんね、病み上がりなのに色々手伝ってくれて。疲れたらいつでも休んでくれていいんだぞ?
「大丈夫だ。これくらいで疲れていたら、冒険者などやっていない」
結構重い物も運んでくれたりしてもらってるんだがなぁ。全く頼もしいことよ。
この小さな身体の一体どこからそんなパワーが湧いてくるのだろうか……なんて、ファンタジー世界に野暮なことを言うのは無粋か。
「私はどちらかというと貴方の方が心配だ。いつもならもっとこう……『腰が痛い』とか『しんどい』とか、口癖のように溢していただろうに」
お年寄り扱いされてしまった。今のはグッサリ来たぜ……へ、へへっ……。
おっさんムーブも楽じゃないな……。
そんな予想外のダメージを受けつつも各地を巡っていたら、何やら騒ぎの雰囲気を感じた。
「……亭主、どうやら揉め事みたいだ」
ああ、俺の耳にも聞こえたさ、怒鳴り合いの声が。
喧噪の方に向かうと……やっぱりトラブルみたいだな。
何やら大声で騒ぐ巨漢のデブがいた。
「あぁんっ!? 俺の方が腹減ってるってんだよ! どけっ雑魚共が! テメエらみてえな外から来た奴に食わせる飯なんかねえ!」
分かりやすい奴は好きよ。何も考えずにぶん殴れるからね。
「亭主、ここは私が」
拳を振り上げて駆け出そうとしたら、お嬢様に先を行かれてしまった。
鞘に入れたままの剣を素早く振り抜いて、そのまま一太刀。
「ぉごぐっ!?」
スパァン、と小気味良い音と共に巨漢は沈んだ。ナイスショット。
「何も理解していない愚か者。貴様がこの場で口にできるものなど、何もないと知れ」
倒れた男にそう吐き捨て、お嬢様は颯爽と戻ってきた。
拍手と歓声がまばらに巻き起こる。
いやー、流石だ。カッケーっす。惚れちゃうよお嬢様。
「この程度のことで褒めそやさないでくれ……。……それにしても腹が立つ。一体何のために、亭主がこんなことをしていると思ってるんだ」
お嬢様はご立腹のようだ。プンプン丸である。
そんな姿も非常にお可愛らしいが……この程度のことで心を乱していたら身がもたないぞ?
馬鹿な奴なんてどこにでもいるんだから。
「……貴方が誰彼構わず優しくするから、こんな下衆まで群がってくるんだ。分かっているのか?」
それについてはごめんちゃい。
「別に謝ってほしいわけではない……。むしろ、謝らねばならないのは……私の方で……」
何やらお嬢様はぶつぶつと悩み始めてしまった。ふーむ、悩み多き十代だことで。
……おっと、また騒ぎのようだ。ここからはクリーチャー鎮圧がメインオーダーになってくるっぽいな。
喧噪の方に駆けつけると……ありゃ? 既に解決しているようだ。
見るからに粗暴そうなクリーチャーが地に伏しておるわ。
倒れたクリーチャーの傍らには……剣を帯びた見知らぬ男がいるな。奴もクリーチャーか?
「タナカ殿。我々も助太刀いたします」
その男は駆け付けた俺に気付くと、突然そんなこと言いだした。
誰? どなた?
「
「ええ。我々は盟約に従い、タナカ殿を支援いたします」
お嬢様の問いに剣を帯びた男は頷いた。
なるほど、その方面の奴らね。お礼とか特に出せるものないけどいいの?
「頂くものなど。この剣を振るう場を与えてもらえるだけで十分です」
はぁ、そうかい。
じゃあお言葉に甘えて……間違えてもお前らが騒ぎを起こすなよ?
「無論です」
短く答えて男は去っていった。
どうやら怖いお兄さんたちが協力してくれるようだぞ。やったね。
……さっき炊き出しするのを決めたばかりなのに、どうして奴らにも既に伝わってるんだろうか?
「大方、ガルニとムジンから伝わったのだろう。彼らもどこかにいるんじゃないか?」
まあいるだろうな。あらくれ共は酒が飲める場所ならどこにでもいるから。
*
いた。
「宴だァ~~~!!!」
「「「「「オオォ~~~ッ!!」」」」」
あらくれ1は屋台の上に立って音頭を取っていた。
いつの間にやら宴が始まってしまったようだ。
「何をやっているんだガルニは!」
「何って、そりゃあ宴さ。酒とツマミがありゃあ、どこでも宴会が開けるんだぜ?」
怒髪天を突く勢いのお嬢様に対して、いつのまにやら後ろに立っていた盗賊が淡々と答えた。
酒を煽って上機嫌なようである。
「メルソン! なぜ止めなかった!?」
「おいおい、別に悪いこっちゃないだろう。酒を売るってこたぁ、こうなる可能性だって勿論考えてた筈さ。ねぇ旦那ァ?」
うん、まぁね。
ここにいるのは、なにも難民だけではないのだ。元のスラムの住人だってそりゃあ来るだろう。
なら宴も開かれるに決まってるさ。昨日も宴ってたしね。
「今は! 亭主が! 難民たちのために! 私財を投げ打って炊き出しをしているんだ! その最中に酒盛りなど……!」
「まぁまぁまぁ、そう目くじらを立てなくてもいいだろう。むしろ住み分けした方が、いざこざが減るってもんだぜ?」
まぁ、一理あるな。
酒飲み共は宴スペースに引き込んだ方が炊き出し組も平和になる。
「それによォ、難民つったって、酒飲んでバカ騒ぎして、色んなことを忘れたい奴ぁいるだろう?」
「それにしたって──……!? おい、ムジンが焼いてるのは何だ!」
「ん? ああ、あれかい。あれは肉さな。旦那の出したお肉さ」
「あれは! 炊き出し用の肉だ!!」
なーんか良い匂いがすると思ってたら、屋台の鉄板であらくれ2が肉を焼いていた。
……熟成ステーキだな。一番美味しい調理法だ。
酒飲み共は我先にと群がっているようであった。
「何、奴らからはちゃあんと金は取ってるさ。お祭り料金で割高にしてるから、ちょっとばかしは元が取れるだろうよ。俺達もずっとタダ飯タダ酒ってわけにはいかないんでな」
「好き放題して……! 食材が足りなくなったらどうする気だ!?」
「それもちゃんと考えてるさァ」
ちょっとお嬢様の頭の血管が心配になってきたぞう。落ち着いて落ち着いて。どうどう。
そして盗賊がふらりと足を運んだ先には、竜車が止まっていた。
荷台に乗せてあるのは……食材だ。野菜、肉、乳製品に酒まであるときた。
その竜車を率いているのは、総白髪の老婆だ。
「──話を聞いたときゃあ、なーにバカなことを、と思ってたが……。まさか本当にバカなことをしてるとは思わなかったよ」
馴染みの商人、ボルドー婆さんであった。
「やあ、助かるぜ婆さん。言った通りだろ? 旦那はバカをやるのさ」
「ああ、ここまでバカだとは思わなかったよ。おかげでウチは儲かるけどね」
何やら言われたい放題言われてるし、やりたい放題されているようだ。
盗賊はボルドー婆さんに金を渡して、引き換えに食材の詰まった竜車を譲り受けていた。
そしていつの間にか集まっていた怖いお兄さんたちによって、荷台の食材が難民スペースへと運ばれていく。
えーっと……つまり、肉が別の食材に化けたってことでいいんだろうか。
「……好き放題されているが。いいのか、亭主」
まぁ……いいんじゃないかな。
特に損害はないみたいだし……。
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