41.英雄の救恤(Ⅰ)

黒猫亭の真ん前は人で溢れておりましたとさ。

これ全員、昨日屋台で売ったホルモン焼きが目当てらしいよ。


「おお、やっと屋台が出てきたぞ」「あの屋台がそうなのか?」

「本当に安いんだろうな? 正直不安だぞ……」「お、おい! 押すなよ!」

「何で出来てるか分からない肉らしいが、そこらの死体とかだったりしないのか?」「やめろよ! こんな場所じゃ冗談に聞こえないぞ!」


わいわいがやがや、よー騒いどりますわ。

いやぁ、昨日も大盛況だったけどねぇ? まさか売り出した翌日、屋台も開けてない時間から並ぶほどとは思わないじゃんか。

まぁでも気持ちは分かるよ? 美味しいもんね、ホルモン焼き。甘辛い味付けは老若男女問わず大好きだろうさ。


……だがしかし、ここで集まった皆さんに残念なお知らせがございます。




──本日は謎のお肉ありません! ドリンク販売のみとなっております! ドリンク販売のみです!


俺は大声を張り上げて、集団に向かってそう宣言した。

それを聞いた彼らはたちまちざわめき始めた。まあね、うん。気持ちはわかるよ。


「なんと……」「えぇっ、そんなぁ」「くそぉ、今日はこれで食費を浮かそうと思ってたのに……」

「なんだよ、期待させやがって」「でも酒だけも美味いし安いぞ、ここは」「ツマミぐらいは出してくれるのか?」


密かに拳を構えて暴動を沈める準備をしていたが、どうもそんな空気ではなさそうだ。

彼らはがっくりと肩を落とし、絶望の表情を浮かべている。……何か違和感があるな。

いつものスラムならもっとこう……「ふざけんじゃねえ! 舐めてんのか!?」みたいなキレ方をされるかと思っていたんだが。

そんな疑問を感じつつ様子を伺っていたら、先ほど声を掛けてきた男性が再度近づいてきた。


「あの……肉の販売が無いっていうのは本当ですか……?」


すわ暴動かと思ったが、どうも様子が違うらしい。

男はすがるような目付きでこちらの返答を待っているが……そんな目で見られたってないもんはないしなぁ……。

再度肉の販売が無いことを伝えてやると、聞き捨てならない単語が男の口から出てきた。


「そうですか……困ったなぁ、娘にやっと美味いもんを食わせてやれると思ったのに」


……あんた、娘さんがいるのか?


「えぇ、まだ幼いのが一人いまして……。ここでの稼ぎが全くないせいで、もう何日も満足に食べさせてあげられていないんですよ……」


この男は、表の世界で普通に暮らしているような一般市民だろう。

話し方も落ち着いているし、服装もスラム住人のそれではない。

しかしよく見ると、何日も着替えもせず生活していたかのようなくたびれ具合が伺えた。


……もしかして、王都の方から?


「あ、はい。あの騒動から着の身着のまま逃げ出してきて……。今は手持ちを崩して、何とか食い繋いでいる状態なんです……。そんな折、ここの安くて美味い屋台の噂を聞いたものでして」


なるほど。ここに集まってるのはもしや、そんな境遇の人が多い?


「ええっと、そうですね。見知った顔が多いので……彼らも噂を聞いてやってきたんだと思いますよ」


なるほど、なるほど……。

どうやら彼らは王都事変の被害者のようだ。

エカーテ母子と同じく隣街であるリシアに逃げてきて、今日までずっとスラムでの生活を続けてきたんだろう。

しかも、未だ安定した職にありつけていない有様らしい。


……王都事変から、もう二ヶ月は立つ。

さすがに難民の生活立て直しくらいは進んでいると思っていたのだが……この有様を見る限り、そうではないようだ。

リシアの領主は一体何をやっているんだ?


「何もしていない」


なぜかお嬢様が即答した。

……何もしてない?


「ああ、何もしていない。ここの領主は王都事変が起こってから、何の対応もせず沈黙を貫いている」


お嬢様の声色は無感情だ。

しかし、その内心には怒りが渦巻いているようにも聞こえた。

お嬢様の抱えている問題にも関連しているのやもしれないな。


しかし、そうか。何もしていないのか。

この数の難民を前にして、何も思う所はないらしい。

領主には領主なりの考えがあるのかもしれないが……何の対応も行なっていないのならば、それは怠慢であり悪政だ。


……民を救うのは、人の上に立つ者の務め。

そいつが責任を放棄したというのならば──……。




お嬢様悪いな。今日の熟成ステーキは無しになりそうだ。


「え?」


俺はインベントリから猪肉の塊を引っ張り出し、即座に作った氷の台の上に積み上げた。

突如現れた赤身肉の山に周囲の人々はどよめき、そして俺へと視線が注がれた。


──これより炊き出しを行う!




***




一旦宿へと戻り、屋台の準備中だったエカーテさんたちに事情を説明した。

エカーテさんは驚いていたが、すぐに賛同してくれて手伝ってもらうことに。

そして部屋で研究中だったバレッタちゃんも引っ張り出してきた。ごめんね、手伝ってくだちゃい。


「亭主、本気で彼らに施すつもりか?」


すぐさま屋台に戻ろうとしたら、お嬢様に引き留められてそんなことを言われた。

もう大声で宣言しちゃったしな。表では準備も始まってるだろうし。


「……貴方は軽く考えてるかもしれないが、一度施せば彼らは必ず次を求めるぞ。その後の面倒を全て見る覚悟があるのか?」


ないよそんなもん。俺が与えてやるのは一度きりさ。

図々しく二度目を求めてきたらぶん殴ってやらあ。


「……たった一度の偽善では何も変わらない! 中途半端に手を差し伸べるくらいなら、見て見ぬフリをし続けた方がマシだ!」


偽善か。確かにその通りだな。


「分かっているならっ!」


分かってるさ、お嬢様の言いたい事は。


──たった一度の偽善で命は救われるのか。

俺は、救われると思う。一度きりの救いであっても、とりあえずは次へと繋がる意欲が沸くだろう?

今日はどん詰まりでも、明日は違うかもしれない。未来には無限の可能性が残っているはずさ。

……俺はそう考えてる。


「……」


そんな持論を垂れ流すと、お嬢様は呆気にとられた顔をして黙ってしまった。

いかんな、どうにも年を取ると説教臭くなってしまう。


まぁ、なんだ。俺のは施しとかそんなご大層なもんじゃないんだ。

さっき言ってただろ? 何日も満足に食べさせられてない娘さんがいるって。

そんな話を聞いたら美味いもんを食わせたくなっちまうのさ。

俺は女の子には優しいからな。男はどうでもいいけど。


「……貴方の優しさは、度を越えている。それに救われた私が、言えることではないけれど……」


お嬢様は顔を伏せて、消え入りそうな声でそう呟いた。


「こんな行いを続けていたら、貴方はきっといつか、身を滅ぼす」


忠告を頂いてしまった。まあそれも真理ではある。

英雄ロールプレイのやりすぎは危険なのだ。

祭り上げられては責任を押し付けられ、最後に待ち受けるのは追放か処刑。

行き過ぎた力を危険視されて疎まれるのは、英雄の末路としてありがちであった。

そんな時代もありましたね……。今回はそんなことにならないよう、ほどほどに頑張るとしよう。


さて、心配してくれたお嬢様にはハグをしてあげようね。


「っ!? 私は、本気で、心配をしているのに!」


心配なんかしなくたって大丈夫なのさ。俺の身は燃やしたって滅びやしない。

可愛いお嬢様を置いていくなんてありえないからな。


「……ばか」


ぎゅうと抱き返される感触と共に、そんな愛らしい罵倒が飛んできた。




何かすげぇいい雰囲気だな……。

ただ単に炊き出しをするだけだってのにさ……。

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