40.二度目の屋台に向けて

昼下がりとなったところで仕事に出ていたエカーテさんが戻ってきた。

ブラックリスト三人衆もきちんと護衛の命を果たしてきたようである。

果たして無かったら俺がこいつらの命を果たしていたところである。


「お帰りー、ママ」

「ただいま、エウリィ。良い子にしていた?」

「当たり前! わたしがお兄ちゃんの前で悪い子になるわけないじゃない」


お母さん、その子サキュバスになってましたよ。



さて、エカーテさんが戻ってきた訳だが……どうにも浮かない顔をしていた。

訝しんで声を掛けると、困ったような表情を浮かべた。


「あ、いえ……フォンテーヌを辞めるという話をリシュ―さんにしたのですが……」


話を聞くと、辞めると言う話を勤め先のパン屋の店長にしたところ、どうにも話が拗れてしまったらしい。

まぁ確かに、いきなり辞めるという話をされれば焦るのも分かるが。


「奴さん、あんまりにも駄々を捏ねるもんだから、俺らが引き剥がしてきたんだよ」

「アレは少し……ヤバかったですぜ」


あらくれ共も協力してくれたらしい。その点に関してはGJと言っておこう。

それにしてもヤツめ、エカーテさんを困らせるとはけしからん。今度会った時にはクレームを入れてやるぜ。


「少々不安定な状況になってしまいましたが……約束通り、本日からこちらで働かせて頂きますね」


パン屋の仕事を終わらせた後なのに、今日から黒猫亭でも頑張ってくれるつもりらしい。

昨日も似たような感じだったが、エカーテさんは働きすぎな気がする。

しかし本人のやる気を削いでしまうのはよろしくない。無理をしないよう、俺が目を光らせておけば大丈夫だろう。


「今日からよろしくお願いいたしますね、タナカさん」


わざわざ改めての挨拶、ありがたし。

こちらも挨拶を返すと、にこりと微笑んでくれた。

可愛いぜ、一児の母……。



さて、エカーテさんを迎えたところで本日の屋台の準備をしていくぜ。


今回の黒猫亭派出屋台はドリンク販売オンリーである。ジュースとお酒をお手軽価格で叩き売りしていくぜ。

昨日の反省点を生かし、ジョッキ管理は念入りにする予定だ。

ジョッキ返却と洗浄のことを考えてなかったせいで、昨日は俺がてんやわんやになってしまったからな。

最初から準備をしておけば昨日の轍は踏まないだろう。

後、量り売りにすることで持参の杯を持ち込み可とすることにした。これも昨日騒ぎの一因になった要素だ。

冷静に考えれば簡単に改善できていたというのに、今更になって思い付くのは、やはりあの時は忙しさで頭がやられていたのだろう。


飲料水と氷の方は俺の方で準備完了済みである。魔法と剣の力でお手軽に量産できるのであっという間だ。

評判の悪かった氷製ジョッキも一応大量に作っておく。いざ普通のジョッキが足りなくなった時に、これの生成に手が取られるのは避けたいからな。

そしてフレーバーとなるフルーツ果汁も、昨日と同じくジーナとエウリィが協力して果実から絞り出してくれている。

うーむ、少女たちが頑張ってくれている姿は実に良いものだ。

しかしあれだな、こういう手作業もゆくゆくは機械化していきたいところだな。

バレッタが飲料缶を開発してくれたら次に頼んでみるとするか。


諸々の準備を終えると、もう日が落ちかけており、いい時間となっていた。

そろそろ屋台を出そう。力仕事に立候補してくれたお嬢様を引き連れて、裏庭に出る。


「亭主、これを運ぶのか?」


ああ、それで合ってるよ。


「これは、また……。大層な物を作り上げたのだな、ジーナは」


お嬢様がジーナ作の屋台を見て感嘆の声を上げた。

俺も昨日思ったけど、改めて見ても立派な出来だよね。

とても数時間で作り上げたものとは思えないよな。


「有り合わせの材木で作れるような代物ではないぞ、これは……。細部の意匠もさりげなく凝っているし、はっきり言って達人級の腕前だ」


おぉ……お嬢様がそこまで仰るならば間違いないですな。目が肥えてそうだし。


「あっ!? いやっ、私の審美眼など当てになるはずもないがっ! きちんとしたところで鑑定してもらうといいっ!」


わたわたと手を振りながら弁解するお嬢様であった。もうちょっと落ち着いても良いのよ。

しかしまぁ、鑑定か。そこまでするものでもないけどね。売ったら高値で売れそうなのは間違いないが。

ジーナが作ったことでユニークアイテム化しているのは確実だろうし、商売繁盛しそうなバフもかかってそうだ。


その後も何かと照れ隠しを続けるお嬢様を宥め、俺たちは屋台を裏庭から運び出していた。

空はもうすっかり夕焼けに染まっている。

ドリンクを売り終えたら、今日の夜は猪肉の熟成ステーキと洒落込むか。

前回取ったのを丸々残してあるからな。あれは屋台で売るには勿体なさすぎる。

付け合わせはどうするか……。ジーナに考えてもらった方がよさそうか。


そんなことを考えながら屋台を表通りにまで運び……そこで思わぬ光景を目にしてしまった。


「なっ……!?」


一緒に運んでいたお嬢様もその光景を見て絶句していた。

それもそうだろう。


──見渡す限りに人、人、人。

黒猫亭の真ん前の通りが、人の群れで溢れかえっていたのだから。


あれぇー……? 今日なんかお祭りでもやってたっけ……?


「亭主、これは一体……?」


おじさんも分かんないの……。一体なんだろうねぇ……。


などとは言いつつも……薄々理由は察してきている。

俺たちが出てきてから明らかにざわついてるし、どうみてもウチを目当てに来てるっぽいんだよねぇ。

これは……『俺何かやっちゃいました?』パターンでよいのだろうか……。


「あのう……すみません」


そんな事を考えていると、集団の最前にいた男が近づいてきて、俺に声をかけてきた。


「異常に美味くて安い謎の肉を出す屋台があるって聞いたんですが、ここで間違いないですか……?」


うんうん、それはウチに間違いないねぇ……。

そんな怪しいモン売り出す屋台が他にあったら教えてほしいよ。


「ああ、よかった。早くに並んでおいて正解でした」


男は安堵のため息を吐き、集団の先頭へと戻っていった。


ええと、うん、はい。これで確定ですね。

これ全部ウチの屋台目当てらしいっすわ。


「こ、この集団全て!? 全員黒猫亭の屋台を目当てに来ているというのか!?」


そういうことなんだろうねぇ……。

いやぁ参ったな、まさかこんなことになるなんて……。

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