22.迷宮デート(前)
近場の迷宮──アルゼット迷宮へとたどり着いた。
ここはアルゼット大森林のとある一帯が迷宮へと変化したもので、階層も浅く初心者向けとして人気のスポットである。
出現する魔物もゴブリンやコボルトなどといった低級なモンスターばかり。
俺の狙いは無論食材として使える兎に鳥に猪、それと迷宮内に自生している野菜や果物などだ。
『ほえー、ここがめいきゅうですか。”やみのつかさ”さまのマナでいっぱいです』
もちろん、ジーナもしっかりと俺の腕にくっ付いて一緒である。
門番に問い詰められることもなく、無事に迷宮内部へと入ることができていた。
そのカラクリは……何とこいつ、透明化するスキルを持ってやがった。
そういう便利なスキルがあるなら早めに言ってほしかったな……。
ちなみにこの迷宮へと向かうのに、ジーナは大いに役立ってくれた。
初日に街へ飛んだ時と同じく、俺を連れてアルゼット迷宮まで飛んだのだ。
透明化のスキルは俺にも掛けられるらしく、空を飛んでいるところを見られないように隠蔽工作もばっちりであった。
別に魔法とかスキルで普通に飛んでる奴らもいるんだけどね、この世界。悪目立ちはしたくないからね。
竜車と比べても段違いに速い移動速度だったので、かなりの時間を短縮できた。
これならば日が落ちる前に帰る事も可能だろうな。
改めて思うが、こいつの能力は凄まじい。
チート種族にふさわしい性能と言えるだろう。
……いや、こいつ本当、なんでもありすぎやしないか?
『さあ、いきましょう! めいきゅうデートへしゅっぱつですっ!』
デートではない。
食材調達である。
*
『えへへっ♪ デートたのしいですねっ♪』
俺の右腕にぴっとりと張り付いたジーナは非常に楽しそうであった。
うん、楽しそうなのはいい。昨日のしおらしい姿を見ているだけに尚更そう感じる。
俺も悪い気はしない。腕に当たる柔らかい感触がハッピーだ。
『なーちゃんてきには、ヒトのまちよりもいごこちがよいですね。リラックスします』
モンスター的にはそう感じるんだろうな。
ここには
──迷宮というのは、この世界に自然発生する現象の一つだ。
運営AIの一機──闇の龍が発生させる
迷宮となり得る空間は、大地に空いた穴や洞窟、鬱蒼とした森林、果ては海や山と言った場所までが対象となる。
迷宮化すると、変質する前の面積を明らかに超えた空間が内部に形成され、その名の通り迷路のように入り組んだ構造になる。
そして迷宮の中には、闇の
非常に危険な場所であることは間違いないが、その分見返りもある。
迷宮の中で自然発生する宝箱、植物類、そして迷宮の中でしか現れないモンスターたち。
それらから得られる素材は、この世界ではいずれも貴重な資源なのだ。
……俺たち向けに分かりやすく言うと、シ ンやトル コといったローグライクゲーのダンジョンに近い。
まあ、あれらの作品とは違って、一旦できた迷宮の構造が変更されることは無いんだが。
モンスターも無限ポップ仕様ではなく、リポップには一日待たねばならない。
非常に手抜き感満載のダンジョン仕様なのであった。
運営はもうちょっと仕事しろ。
こんなクソ仕様にもかかわらず、宝箱や素材を求め、冒険者となり迷宮に挑む若者は後を絶たない。
この世界では冒険者はいつまで経っても若者に人気の職業なのである。
今も何人かの冒険者とすれ違ったが、全員十代前半から半ばくらいの少年少女のパーティであった。
三人組の若い女の子パーティなんてのもいるな。……なんか、こっちを見て笑われたんだが。
『なーちゃんたち、ほほえましいカップルだとおもわれているのかもしれませんね!』
お前の姿は見えてねーだろうが。
どう考えてもいい年したおっさんが一人身で迷宮を探索してるのを見て笑ってんだよ。
『ひとりだとわらわれるんですか? どうして?』
そりゃあお前、冒険者なんてのは大概パーティを組むもんだからな。
ソロで潜ってる奴なんて、超できる奴か、パーティを組むことすらできないはぐれ者のどっちかに決まってる。
なんで、俺は後者だと思われて笑われたんだろうよ。
『なんですかそれ! なーちゃんのだんなさまをばかにするなんてゆるせませんよ!?』
こらこら、たまたま笑いたくなっただけかもしれんでしょうが。
お前は何もせんでいい。というか絶対何もするな。
ややこしくなるから。
『ぶーっ』
ありありと不満げな鳴き声が出てきた。
ちなみに今の俺たちは音声チャット機能で会話をしており、俺とジーナの二人の間だけにしか聞こえていない。
これはユーザー向けの機能だった故に久しく使ってなかったのだが、まさかこいつが使えるとは思ってなかった。
……昔の記憶が頭に過ぎり、少しばかり感傷的な気分になってしまうな。
『あっ、だんなさまみてください。あそこのくさむらになにかいますよ?』
ジーナが指差した先には、緑色の肌をした小鬼のような生物がいた。
ゴブリンである。
雑魚モンスターの代名詞とも言えるような存在だ。
ちなみにこの世界のゴブリンは、女を犯して孕ませるようなことはしない。
どこぞのエロゲーやダークファンタジーではないので、他種族の雌で繁殖するようなモンスターはいないのだ。
大変に健全な世界である。
まぁ、人間を襲って食い物にするようなモンスターであるのは同じなのだが。
弱肉強食という観点では実に自然なことである。
「……ギャッ!?」
ゴブリンは俺たちに気付くと、叫び声を上げて……なんと腰を抜かした。
ずりずりと手の動きだけで何とか後ずさる哀愁漂う姿がそこにあった。
えっ……なんか……かわいそう……。
……というか、この世界のモンスターに、相手の力量を察して逃げるなどというコマンドはなかったはずなんだが。
『なーちゃんのオーラにかんぜんにビビってますね! どうですかだんなさま! なーちゃんすごいでしょう? ほめてくれてもいいんですよ!?』
ジーナがドヤ顔で胸を張っている姿を幻視する。
どうもモンスターがビビっているのはこいつのせいらしい。
まあ仮にもこいつはモンスターの頂点に立つドラゴンだものな……。
……それはそれとして。
アホかお前は。
食材にするって言ってんだろうが。
逃げさせてどうすんだよ。
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