23.迷宮デート(後)

なあ、一つ質問なんだが、ジーナってもしや人間と同じような食事がいらなかったりするのか?


『しょくじはとくにひつようとしませんね。ドラゴンであるなーちゃんは、マナをえられればじゅうぶんなので』


やっぱりか。

俺と料理を作った時も、なんやかんや言って手を付けていなかったし。


『あやしまれるので、だれかがいるときはいちおうたべてますが……ヒトのしょくじはあまりなーちゃんのこのみではありませんね』


それは……せっかく人の姿をしているのに、もったいないな。

本当に好みの味とか、料理とかはないのか?


『うーん……さがしたらあるかもしれませんが、いまはだんなさまとくっついてるだけで、おなかがいっぱいになっちゃいますよ』


……んー?

それは、精神的な意味での話か?


『ぶつりてきです。なーちゃんはひととあいしあいたいよくぼうからうまれたドラゴンです。なので、こうしてラブにあふれたふれあいをすることで、マナのほきゅうとどうとうのちからをえることができるのですっ!』


……マジで言ってんだろうなぁ、こいつ。

だからこんなにベタベタしてくるわけか。


はー、そっかー。……そうかー。

そりゃこんな性格にもなるわな。

愛することが補給行為になるんだもんな。


『ただでさえなーちゃんのマナのけいとうはほきゅうがむずかしい、きしょうなものなのです。なのでいままではむだなしょうひをしないように、ほとんどねむりっぱなしだったのですが……いまはこんなにも、しあわせでみちあふれていますっ♪』


ぎゅっ、と腕に抱きつく力が強くなった。

屈託のない笑顔を向けられて……ああもう。

こんな話ばっかり聞かされたら、ますますこいつのことを邪険にできなくなっちまうじゃねえか。




***




『それにしても、なかなかてきとそうぐうしませんね?』


その通りであった。

さっきのゴブリン以来、一匹もモンスターと遭遇していない。

まぁ、もう昼過ぎなので迷宮探索の時間帯としては遅い方だ。

なんせモンスターと宝箱のリポップは日を跨がないといけないのだから、早く入った方がお得なのである。

なので冒険者は朝が早い職業なのだ。


それはそれとして、お前ちゃんと気配は消してるんだろうな?


『けしてますよう。というか、そもそもこのばしょにモンスターのけはいがあんまりかんじられませんね』


やっぱり狩られ尽くされてるか。

うーむ……依頼用の素材とか、食料用の野菜は結構収穫できたが、やっぱり肉が欲しいんだべな。

一応最深部まで潜ってみるか。


『さいしんぶにはモンスターがいるんですか?』


迷宮主ってのがいるな。最深部の大きいフロアに陣取ってる、いわゆるボスモンスターだ。

こいつは初心者にはちっとばかし荷が重いから、もしかしたら倒されてないやもしれん。


『なるほどです。そいつはしょくざいになるのですか?』


見てみるまでわからん。

迷宮主ってのは、迷宮に生息する雑魚モンスターのいずれかがランダムで選ばれ、強化される仕様だ。

なんで選ばれたモンスター次第だな。ゴブリンとかコボルトだったら最悪だ。

いや、食えないこともないが、全く美味しくはない。

当たりは兎か鳥か猪だな。



最深部に続く階段の手前から、剣戟の音が聞こえてきた。

どうやら先客がいたようだ。

様子を伺うと──……。


「だめっ、皆逃げて!」

「メウが足やられてる! 私が時間を稼ぐから、抱えて逃げてっ!」

「バカッ! 私を置いていきなさいッ!」


三人組の女の子の冒険者パーティが苦戦中の様子であった。

あれは……さっき俺を見て笑っていたパーティの子たちだな。


戦況はどうみても危うい。

剣士が足をやられて立ち上がれず、それを弓使いがタゲを取って必死に庇っている。

後衛の魔術師はパニクって何もできずにいた。


「PUGIIIII!!」


迷宮主は……殺人猪であった。ラッキーだ、こいつは美味いぞ。

ちなみに正式名称は知らん。一々モンスターの名前なんざ覚えてらんない。

人を殺す猪のモンスターだから殺人猪だ。


『……どうするんですか? たすけますか?』


あたぼうよ。


本来なら迷宮主と戦う権利は先着順であり、他のパーティが戦ってるところに乱入は許されない。

だが、どう見ても戦線は崩壊してるし、あの新人たちは明らかにレベルが足りてない。

ここで見捨てるのは寝覚めが悪いってもんだ。


俺はインベントリを開いて、そのまま剣を射出した。

それは寸分違わず殺人猪の首へ吸い込まれ────通過した。


「PUGI……?」


ずるりと首が落ちる。

何が起こったのか理解できていない様子の殺人猪の頭部が、パクパクと口を動かしていた。

残った身体が足をもつれさせて……やがて倒れ伏す。


殺人猪を討伐したぞ。テッテレー


「……え?」


何が起こったのか分かっていない様子の少女たちを尻目に、フロアへと足を進める。

突然現れた俺の姿を認識すると、少女たちは目を丸くさせていた。

ふむ、中々の美少女たちだ。


怪我の様子はっと……足の切り傷だけか。またパックリいってるな。

殺人猪の牙はそこらの店売りの剣よりも鋭い。振り回されるだけでも厄介なのだ。


怪我してるのは剣士の君だけか? とりあえず回復薬を渡そう。

それでもダメそうなら外まで運んでやるから言ってくれ。


「えっ、あっ、あの」


迷宮主に挑むなら、君たちがもう少し強くなってからにした方がいい。

俺が言わなくても分かってるだろうけどね。


そう言うと、弓使いの子がギリッと歯を食いしばって俺を睨んでいた。

おほほ、良い目でおじゃるぞ。気の強さが実によろしい。

取り合えず俺に当たる若さが眩しいぜ。


さて、この子たちはもうどうでもよい。

本題は食料調達だ。つまり今はこいつの後処理が先である。

血抜きは早い内がいいからな。後冷やすのも大切。

味に関わる大切なことなので迅速にこなしていくぜ。


まずは剣の力で氷を生成し、いつものように簡易な解体台を作った。

猪の足を凍らせ解体台に宙ずりさせて、放血を促進させる。

水の魔法でよく身体を洗浄しておくことも忘れない。じゃばじゃば。


水の魔法って便利よな。飲み水の心配はいらないし、手洗いもそうだし、お風呂だっていつでもどこでも入れる。

キャラクリの時に水属性を選んでおいて本当に正解だった。水の魔法がなければこんな世界生きていけないぜ。


「あの……何してるんですか?」


剣士ちゃんが傷の手当も忘れて話しかけてきた。


何って、解体してるんだよ。

おじさんの用事は食料調達なんでね。

あ、迷宮主倒した報酬が欲しいなら持って行っていいよ?


「いらないわよ! っていうか、あんた! 他のパーティがボス部屋を攻略中に横入りするのはマナー違反だって知らないの!?」


おっと、弓使いの子に突っかかられてしまった。気が強いね君。


「ちょ、ちょっとサエハ……! 助けてもらったんだから、そんな言い方は」

「ヴィリアは黙ってて!」


ふむ、気の強い弓使いの子がサエハちゃんで、おどおどした魔術師の子はヴィリアちゃんね。

覚えておこう。


それで、マナーの話ね。知ってるよ。

でも君たちがやられそうだったから助けた。

理由はそれじゃダメかい?


「わ、私たちはまだ大丈夫だった! あなたが勝手に首を突っ込んできただけでしょ!」

「サエハ、やめて」

「メウ、だって」

「サエハ」

「……~~~ッ!」


ふむ、剣士のメウちゃんがパーティのリーダーであるようだ。

サエハも彼女には逆らえないみたいだし。


「あの、助けてくださって、ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げられた。礼儀正しくて結構結構。

でも先にその怪我治さない? 回復薬使お?


「ですけど報酬はいりません。倒してもいないのに報酬を受け取るのは、冒険者としての誇りが許しませんから」


そうかい。若いのに立派だねぇ。

まぁ、好きにするといいさ。



女子三人パーティは退却していき、ボス部屋には俺とジーナだけとなった。


『なんなんですかあいつら! イラッとします! ムカつきます!』


近くの地面がバフンバフンと砂埃を立てている。

じだんだを踏んでいるのは察するまでもない。


『だんなさまにたすけられておきながらっ! なんですかあのたいどはっ!』


お怒りであるな。まあ、若いとああいう事も言いたくなるものさ。

若者特有の万能感とでもいうのか、傍から見て無謀なことでも自分ならできると思いがちだ。

それに目を覚ませるかどうかが、大人と子供の境界線なんじゃないか、なっと。

猪の皮の間にナイフを入れ、一気に皮をこそぎ落す。


『……なーちゃんはうまれたばかりですが、ヒトのようにおとなやこどもというくべつはありません。なので、ヒトのこどものことはわかりかねます』


そうかぁ? お前も同じようなもんだと思うが。

あっ、胆のうは絶対潰すなよ?


『わかってます! ……はぁ、こんなちみどろなんて。せっかくのデートがだいなしですよ、もう』


最初から食材調達だって言ってんだろ。

しかしお前、解体も上手いなんて本当になんでもありだな。


『だんなさまによろこんでもらうためのスキルは、たくさんよういしてきましたから、ね!』


ぶちゅるっ、と、あまり形容したくない音を立てながら、ジーナが一気にモツを引きずり出した。

豪快である。猪解体できるお嫁さんとか勇ましすぎるな。いや、俺は嬉しいけども。


解体用のナイフを殺人猪へと突き刺してパーツごとに分割していく。

解体スキルがあるのでオートで作業が進むのがありがたい。

そしてジーナは俺以上に手際よく解体を進めていた。悔しみっ。

このサイズの獣の解体は、解体スキルで短縮できるとはいえ、普通なら三十分ほどは掛かっていたところだ。

それが五分も掛からずあっという間に終わってしまう。ジーナがいるだけで効率が段違いであった。


『おわりですか? あーもう、ちとあぶらでよごれちゃいましたよう』


おっと。すまん、せっかく買った服を汚しちまったか?


『ふくはぬいでたからもんだいありませんよ』


……お前、見えてないからってなぁ……。


いや、もう何も言うまい。

パーツ分けした肉とモツを生成したバットに入れ、インベントリに突っ込んだら解体作業はお終いだ。

さぁ撤収だべ。


ちなみにボス部屋には、入り口へと転移するクリスタルなど置いていない。

ここから徒歩で地上まで戻らないとダメなのであった。

クソ運営がよ……。

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