16.ドラゴン少女の歓迎会(前)

ようし全員揃ったところで始めるぞ。

ジーナちゃんの歓迎会だっ! 乾杯っ!


カァンッ! と杯を鳴らし、ぐいっとキンキンに冷えたラガーを煽る。

カァーッうめぇ! やっぱこれだよこれ。やっすいエールなんかとは比べ物になんねぇぜ!

日本人の舌にはラガービールが刻み付けられてんだよな!

ちなみにラガーはエールの二倍ほどの値段だ。クソ高ェ。


しかし飲まずにはいられない! この喉越し! 炭酸の刺激! ホップの香り!

そしてこの一杯のために生きているという実感!

酒の味だけは向こうと比べて遜色ないのが救いだ……!


「おまえ、さけばかりたのしんでないでりょうりもたべてください。ほら、あーん」

「ちょっと! 何抜け駆けしてんのよジーナ!」


やれやれ、子猫ちゃんたちが俺を巡って争ってしまった。

これはもう二人から食べさせて貰うしかないな。

ほらほら二人とも左右に座って仲良く俺にあーんしてさしあげろ。


「ほら、まだあつあつのグラタンですよ」

「お兄ちゃん、こっちはわたしが作ったチキンだよ!」

「こむすめがやったのはなーちゃんがこしらえたチキンをオーブンにいれただけですよね!?」

「手伝ったんならそれはもうわたしが作ったのと同じなのっ!」


はいはい喧嘩しない喧嘩しない。

まずは先に出されたグラタンの方からいただくか。

あーん。んーっ、あつっ、いや熱いな!?

まだアッツアツじゃねえか!

結構時間経ってるのにこの熱さはおかしくない?


「およめさんパワーのおかげですよ。いつでもだんなさまにできたてりょうりをおとどけできますからねっ」


なんじゃそりゃ、無駄なチート能力だな……。

いや、いつでも出来立てで食えるのはありがたいんだが。


あーん、あつっ。うん、チキンもウマーイ。

ソースが複数あるのがいいな。今のはハニーマスタードか。

こっちはサルサに、チーズソース、和風のにんにく醬油まであると来た。

飽きさせない工夫が嬉しい。

焼き野菜に付けてもバッチリだし、これならいくらでもいけそうだ。

皆も気に入ったみたいで、それぞれ自分好みの味を楽しんでいた。


「あっしはこっちの辛いのが好きだなァ」

「おいらは”しょうゆ”に大蒜がバッチリ効いたヤツがしっくりくるな」

「これは……からしに甘み……? 妙にクセになる味わいですぜ」

「こちらのチーズ味のソースも美味しいですねぇ」


うんうん、こっちの住人の皆様にも好評なようで何よりだ。

もう随分長いことこの世界に居るけど、未だにどういう料理が存在していて、何が無いのかまでは正確に把握しきれてなかったりするんだよな。

このソース類は皆にとって未知の味付けらしかった。


「チーズソースと、亭主謹製の”しょうゆ”がベースのものは分かるが、他はほぼ初めての味だな。これはマスタードだと思うが、甘みがある。新鮮な味わいだ」


お嬢様が非常に上品な所作で料理を口に運んでいた。

お嬢様は(多分)貴族なので、舌も相応に肥えてるんだろう。


ちなみにこの世界は貧富の差が結構激しい。食文化にも大きな差がある。

下級層じゃまずこんなもんすら食えないほどに貧乏ってことだ。元の世界もそりゃあ格差はあったが、ここまでではない。

未だに中世的な空気感の抜けないこの世界じゃ、貧民たちの救済措置制度すら碌に機能していないのだ。

なのでこの世界のあらゆる街にはスラムが必ず存在し、孤児や浮浪者、身売りをする人らなどで溢れている。


けれど……それも、モンスターという人類の敵が存在する明確な違いがある故に、文明の発展がうまく進んでいないからだ。

斯様にして平和という言葉とは程遠い世界であるため、人々は生きることだけに必死であり、生活は荒んでいる。


近代文明に慣れ親しんだ俺がこんな世界に閉じ込められた時には、それはもう絶望したものだ。

もう慣れてしまったが。


「ねえ、何でジーナはこんなに料理が上手いの? どこかで習ったりしたの?」

「なーちゃんのもつぎじゅつはうまれつきのものですよ。こうてんてきにしゅうとくしたものじゃありません」

「……?」


エウリィが何言ってるのコイツみたいな目で俺を見てきた。

まさか本当に生まれつき持ってる知識のおかげだとは思えないだろうな。


さて、何と説明すべきか。

……記憶喪失、というていでいくか。


ジーナは失われた記憶を探して旅をしていた子でな。

唯一覚えていた料理の腕だけを頼りに、この年ながらなんとか生きてきたんだよ。

そこを俺が保護して連れてきたってわけだ。


話ながらベイビーちゃんにアイコンタクトを送った。

コクリと首肯したのでそれで押し通してくれるのだろう。


「まぁ……。そんな年で大変な人生送ってきたのね、ジーナちゃんは……」

「ええ。ですがもうだんなさまをみつけたので、こんごはあんたいなのです」


ぴとっ、と腕に抱き着いてきたベイビーちゃん。

旦那様ではないけどね。


「毎度思うんですが、一体どこからこんな子を見つけてくるんですかい?」


いや、俺だって見つけようと思って見つけてるわけじゃないんだが。


「またまたァ。ここにいる女全員旦那が拾ってきてるでしょうが。まったく罪なお人ですぜ、旦那は」


そう言われてもな……。

俺は別に誰でも彼でも拾ってくるような男では断じて無い。

今回はちょっと色々あって成り行きでそうなっただけだ。


「タナカさんはお優しい人ですから。きっと困っている人がいれば見過ごせないんですよ」


エヘヘそりゃもう、エカーテさんのような美人が相手なら特にあいったァ!?

腕つねんないでっ!


「おまえ……つまのめのまえでほかのおんなにデレデレするとはいいどきょうですね?」


結婚してないっ! ったくもうなんでそんなに嫉妬深いんだいこの子は!

ほらもうおじさんのお膝に座って大人しくしてなちゃい!


「むぅーっ! もうおまえはなーちゃんしかみてはいけませんよ! ほかのおんなをみてはダメです!」


そんな殺生な。


「今度の子はまた大分毛色が違うなぁ。タナカの兄貴は小さい子ならなんでも食っちまうのかい?」

「タナカの兄貴は……悪食ですぜ」


人聞きが悪すぎる。

何も食ったことのない聖人に対して何て言い草だ。


「お兄ちゃんがどんなに度し難い性癖を持ってたとしても、わたしは何でも受け入れてあげるからね?」


エウリィ……その年にしてなんて覚悟を決めているんだ……。

だがしかし、俺はそんな度し難い性癖など持ち合わせていないのであった。


「やいこむすめ。なーちゃんがだんなさまのすべてをうけとめるので、こむすめのでばんはありませんよ」

「あんたこそ出番がないわよ。お兄ちゃんに暴力を振るうような子が夜に呼ばれるはずないもの」

「なーちゃんはずっとだんなさまといるのでよるもいっしょですよ。こむすめのようにしのびこまずとも、だんなさまはいつでもなーちゃんのそばにいてくれるのです」

「お兄ちゃん!? この子が良いんならわたしだって一緒に寝ていいよね!?」

「いけませんよおまえ! ふたりのあいのすはなーちゃんとだんなさまだけでじゅうぶんですよ!」


おいおい君たち、仲良く喧嘩しなさい。

エウリィもベイビーちゃんも平等に愛してやろうじゃないか。

俺の愛は両腕じゃ収まらないくらい大きいんだ。だから安心するといい。


「亭主……看過できない言葉を聞いた気がするのだが」


ずっと眉間にシワを寄せて黙っていたお嬢様がとうとう口を開いてしまわれた。

あらら、あんなに発散させてやったのにもう溜まっちゃったのか。

これだから真面目ちゃんはいけない。もっと肩の力を抜いて楽に生きたほうがいいよ。


「まさか昨日、この子と亭主は同衾したのか?」

「そーですよ。なーちゃんはおよめさんなので、だんなさまとねるのはあたりまえです」


えへへっと笑いながらベイビーちゃんが答えた。

笑顔は可愛いけど、君はお嫁さんでも俺は旦那様でもないんだよ。

お嬢様がひくりと頬を引き攣らせた。


「ジーナと言ったな。亭主は君と婚姻を結んでいないと言ってるが、どうしてそんなことをした?」

「なーちゃんはだんなさまとけっこんしてますもん。そもそもこむすめになにかかんけいあるんですか?」


ピキリと空気が凍り付いた。お嬢様の額に青筋が浮かぶ。

いかん、こういう話の通じない奴にお嬢様は耐性が無いのだ。

この世界に匿名掲示板とかあったら顔真っ赤にされるタイプなのである。


「レーヴェちゃんもお兄ちゃんのこと大好きだから嫉妬してるんだよ。ちょっとは察してあげなさい」

「おまえもどろぼうねこですか! そういえばさっきもおひめさまだっこされてよろこんでましたね!?」

「ちがあああぁうッ! 私は亭主のことなど好きではないッ! 勘違いをするな!」


ツンデレのテンプレみたいなこと言っとる。そして顔真っ赤であった。

お嬢様はもうちょっと感情を抑える術を身につけるべきだと思う。

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