15.アンタッチャブル・マザー

エウリィの母親、エカーテさんはそれはもう男の目を惹く。

なんせロリ巨乳だ。その上母性に溢れた一児の母だ。男の夢を体現しているような存在なのだ。

母性のあるロリ母って最強だろ? 分からない奴は男じゃねえ。


そして彼女はシングルマザーでもあった。

夫は冒険者だったが、若くしてモンスターの討伐依頼中に命を落としてしまったらしい。

こんな奥さんを残して逝くなんてさぞや夫も無念だったろう。

その後女手一つでエウリィを育ててきたらしく、それだけでも彼女の偉大さが窺える。


しかして彼女、かなーり隙が多い。

ぽややんとしているというか、ちょっと抜けているというか。放っておけないオーラが凄いのだ。

よく今まで男の魔の手に引っかからなかったものだと感心してしまうくらいであった。


そんな彼女がこんなスラムの宿屋に泊まっている理由は……王都から逃げてきたからだ。


このリシアの街を含め、ドランコーニアの世界の中でも最も大きな領土を持つ大国、それがリュグネシア王国である。

その首都である王都アウルムにて、もう先々月ほどになるだろうか、大変な事件が巻き起こった。

この事件の影響により、王都は壊滅的な被害に晒され、エカーテ母子の住む家が焼け落ちてしまったのだという。


これにより、エカーテ母子は王都から近いこの商業都市リシアに避難してきたというわけだ。

リシアに住んでいる知り合いを頼ろうとしたらしいが、しかし残念ながらその知人は行方知れず。

そして途方に暮れていた母娘を俺が保護したという経緯がありましたとさ。




***




渋るベイビーちゃんを必死に説き伏せ、エカーテさんを迎えに行くために飛び出した。

人助けはいいことだからね。仕方がないね。

せっかく作ってくれた料理が冷めない内に、全速力で迎えに行くぜっ。


と、勢いよく扉を開いたところで目的の人物は見つかった。

茶髪のルーズサイドテールが特徴的なトランジスタグラマーのロリ母。

エカーテさんが宿の真ん前で男二人組に絡まれていた。


「ねえねえ君、こんなところに何の用なの? 俺たちもっといいところ泊まってるからさ、こっち来ない?」

「そうそう、俺たち金持ちだからさ。お小遣いとかあげよっか」

「あ、あらあら……その、困っちゃいますねぇ」


オイ、何困らせてんだ若造どもが。


「あぁ? なんだおっさん」

「今取り込み中なんだよ。邪魔すんじゃっごぉっ」


先手必勝であった。ヤると決めた時には既に行動に移ってなきゃな。

右フックで顎を打ち抜き、左ストレートで鼻を叩き潰し、続いてアッパーカットで前歯をへし折った。

これでしばらくは満足に喋れないだろう。


「は……は……? お、おい、なにやって……?」


相方が一瞬でノックアウトされ唖然としているところにサッカーボールキック。金的っ!


「おぐっ!」


股間をおさえたまま泡を吹いて倒れてしまった。へっ、ゴミどもが。

これに懲りたら二度とこの人に近づくんじゃねえぞ。


「た、タナカさんっ! やりすぎですよっ」


はっはっは、スラムではこれぐらい挨拶みたいなもんです。

それにね、貴女に近寄る悪い男は死ぬより酷い目に遭うってのを分からせてやらなきゃいけんのですよ。


「ですけど、これはさすがに……」


もうこのような汚物は見てはいけませんよレディ。

さぁ、俺の宿へ入ってください。

ここだけがスラムで唯一、貴方の身の安全を保障できる場所なのですから。


手が汚れてしまったので、迂闊に彼女に触れない。

彼女からゴミを隠す様に背後に回った。


「……はい。分かりました」


いかんなぁ、ドン引きされてしまったかもしれん。

彼女は血なまぐさいのが苦手なのだから、裏に連れて行ってヤキを入れるべきだったか。

まあいい、とりあえず宿に戻ろう。



彼女もレーヴェ同様、スラムのクリーチャー共にとってはSSR級の女性であろう。

俺がスラムに引き込んだようなものなので、勿論俺が責任を持って保護する義務がある。

職場への送り迎えは必須であり、彼女たちが移り住んできた当初は、それはもう毎回クリーチャーたちの襲撃に遭っていた。

その都度再起不能になるまで叩きのめしてやったおかげで、エカーテさんはスラムにおいてアンタッチャブルな存在として認識されるようになった。


……ハズだったのだが。

多分、さっきのゴミどもは最近スラムにやってきたんだろうな。

彼女がどういう存在であるのか、ここのスラムの住人として知っておくべき最低限の知識すら持ち合わせていなかったのだから。


最近は一人で歩かせても大丈夫だろうと油断していたのが仇となったか。

やっぱり毎回の警護は必要だな。


──それか、俺の宿で働いてもらうか。

……そうだよな、理想を言うならそれが一番いい。

ちゃんと賃金が支払える環境になれば、毎回の送り迎えも必要無くなるし、娘とも一緒に居られるんだ。

これは早急に宿の成り上がり計画を練る必要があるぞ。


……そんなことを考えていたら、触れないようにしていた手をエカーテさんに取られた。


「お手を怪我していませんか?」


何の殺気もないから手を取られるまで全く気付かなかった。

彼女はたまにそういうところがある。


レディ、さっきのゴミどもの体液で汚れてるので汚いですよ。


「気にしませんよ。いつも私たちを助けてくれている、優しい手なんですから」


きゅんっ。おっさんのハートを鷲掴みにされてしまった。

っぱエカーテさんなんだよなぁ……。メインヒロインだ。優勝だよ優勝。


「少しやりすぎなのは、どうかと思いますけれど……。でも、私のために怒ってくれたんですよね」


そりゃあもう。貴女のピンチにはいつだって駆けつけますとも。

俺は貴女の騎士ナイトでありたいのです。


「……もう。あんまりそんなことばかり言っていたら、勘違いしちゃいますよ……?」


ふふ、勘違いではありませんよレディ。

貴女さえよければいつまでもここに居ていいんです。

貴女も、貴女の娘さんも、俺がずっと守ってさしあげますから。


「タナカさん……」


手を取り、見つめ合う二人。潤んだ瞳。赤く染まった頬。

子供のような背丈と童顔ながら、女としての魅力を十二分に兼ね備えたその表情は、どこか背徳的でもあった。


「……っ」


けれど、彼女の目からはポタリと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「あ、違うんです……これはっ……!」


……えっと、ごめんなさい。

泣かせるつもりはなかったんすけど……。


どうしたらいいか分からずオロオロしていると、エカーテさんは慌てて目を拭った。


「本当に、違うんです。あの、夫の事を不意に思い出してしまって……!」


……ああ、クソ。

こんなにも良い人を残して逝くなんて罪深すぎるだろ、旦那さんよぉ……。


「ふふ……あの人とは全然違うのに、不思議ですね?」


そう言って涙を拭って微笑む彼女に、不覚ながらもまたときめいてしまった。

やべぇ、惚れそう。いやもう惚れてるわ。好きっ。

俺がこんな情けないインポテンツじゃなかったら、間違いなく口説いてるのにっ。


「……行きましょうか。今日はタナカさんがお料理なされたんですか?」


ああ、それがですね──……。

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