14.ハーレムは男の夢なので

喧嘩の後のセックスが気持ちいい理由は、より強い安心感と興奮の二つを得られるからだそうだ。

喧嘩をした、という大きな脅威を乗り越えて克服したと感じると、男女共に快感が増すらしい。


というわけでお嬢様とは喧嘩ックスプレイを定期的にやっている。

突っかかって怒らせた後に優しくするのが特にいい。

ックス部分はできないが、いっぱい抱きしめてラブを注入してあげれば機嫌もメンタルも治る。


「……そろそろ行こう。あまり皆に不審に思われたくない」


もうメシも出来上がっている頃だろう。よし、行くか。

俺はお嬢様をお姫様抱っこで連れていくことにした。


「ひゃっ!? おい亭主!? 何をっ!?」


いいからいいから。

お嬢様の体重なんて羽みたいに軽いもんだ。


「ば、バカっ! こんなの皆に見られたら……!」


違う違う、逆だよ、逆。

今のまま行ってもお嬢様はしおらしいままだからな。

こうして俺が誑し込んだことにすれば全部俺が悪いことになるだろ?


「う、うぅ~~~っ!!」


真っ赤になって唸ってしまった。

俺に負担を掛けるのが嫌だけど、皆の好奇の目に晒されるのにも耐えられない。

そんなところだろう。けれど生真面目な子だから、きっと俺に負担を掛けることを選ばない。

だからこうして了承を得る前にダッシュだっ。


「ま、待ってっ!? まだ心の準備が……!」


問答無用で皆に俺の可愛いお嬢様を見せびらかしに行くぜっ。



ベイビーちゃんに噛みつかれた。

はっはっは、痛い痛い。


「なんでおまえはすぐほかのおんなにてをだすんですかっ!」


グルルッ、と肉食獣のような唸り声を上げながら俺を離そうとしない。

全く愛が重くて困るんだぜ。


「うわきものっ! なーちゃんというおよめさんがいながらっ!」


おいおい、俺の愛は皆に平等に与えられるんだ。

平等なら浮気じゃないだろ?

ほらベイビーちゃんにだってお姫様抱っこしちゃうっ。


「あっこらっ! はなしをそらすんじゃありません!」


逸らしてないもーん。

戦略的見地に基づく合理的判断だもーん。


所詮ベイビーちゃんなのであやしておけばすぐに大人しくなってくれるだろう。

ふっチョロい奴め……。


向こうのテーブルの方ではレーヴェがエウリィに詰められていた。


「レーヴェちゃんってそういうところあるよね。なんだかんだ言ってお兄ちゃん大好きなのに素直になれなくて、でも構って貰いたくてつい意固地になっちゃったりして」

「違うぅ……違うんだぁ……!」

「うんうん、素直に認めよ? わたしはレーヴェちゃんなら一緒にお兄ちゃんの内縁の妻になってもいいって思ってるから」


なぜ内縁の妻。俺が誰とも結婚しないって言ったからか?

そしてお姫様抱っこで登場した意味はあまりなかったようである。南無三。


「旦那ァ、今日のメシはまた豪勢じゃねぇですか」

「おおっ、結構珍しいパターンじゃないの」


もはや俺のやる事を無視することに決めたらしいブラックリスト三人衆は、今日の晩飯を見て驚いていた。

フフ、そうだろうそうだろう。


二人に任せて出来上がったものはオーブン料理であった。

メインのローストチキンを始め、季節の焼き野菜がずらりと並ぶ。

そしてたっぷりのチーズとじゃがいもが入ったシンプルなグラタンだ。

どれもオーブンに入れっぱなしで出来上がる手間のかからない一品である。

うちのどこにあったのかもわからん大皿に盛りつけられ、もはやパーティの雰囲気であった。

もうね、今日は奮発して良いお酒も出しちゃうっ。


「これは……この子が作ったんですかい?」


既に食べ始めていた巨漢のあらくれ2がそんなことを尋ねてきた。

ああそうだよ、今日のはベイビーちゃんたちに任せたんだ。最高だろ?


「シンプルな料理ながらも……実に奥深い味わいがありますぜ。さぞ名のある料理人に師事していたのでは?」


こいつはなぜか料理に一家言持っていて毎回口出ししてきやがる。

そんな図体で繊細な味の違いとかが分かるとは思えんのだが。


まぁ、この子はワケありなんだよ。

……そうだ、改めて皆にも紹介しておこうか。

お姫様抱っこであやしているベイビーちゃんを皆に見せびらかした。


今日からこの子はうちで正式に従業員として雇うことになったんだ。

能力がべらぼうに高いから、これからは色んな仕事を手伝ってもらおうと思ってる。

どうかよろしく頼むぜ、皆。


「へぇ……旦那ァ、従業員として雇うってことは、ようやく宿を営業させる気になったんですかい?」


ああ、ベイビーちゃんの料理の腕は中々に高い。

これからは料理を活かした方向性で売っていこうかと考えてるんだ。


「するってぇと、酒場宿とかみたいな感じですかい? タナカの兄貴ぃ」


そういうこった。

まぁ、まずは料理の宣伝からでも始めようかとでも思ってる。

弁当なんかを売るのがセオリーかな。


「なるほど……しかし、そうなると色々と準備が必要になりますぜ」


ああ分かってる。

ぱっと思い浮かぶだけでも足りないもんは山ほどあるな。

まぁ明日からゆっくり取り掛かっていくさ。


「おいおい、水臭いぜ旦那ァ。あっしたちにも手伝わせてくださいよ」

「おうとも。遠慮なく言いつけてくだせえ」

「料理方面でしたらアドバイスできますぜ」


おうおう、頼りになるな。無銭飲食者共が。


こいつらは金は滅多に払わんが、その分こういった時に働いてくれる。

力仕事やら何かしら頼みたい時はこいつらに頼めば大抵何とかしてくれるんだ。


「お兄ちゃん、わたしも頑張るからね!」


エウリィもやる気満々のようだ。

いずれは彼女も正式な従業員として雇ってあげねばなるまい。

宿泊料や食事代からの値引きではなく、ちゃんとした賃金を支払ってやれるような仕組みを考えなければな。


「亭主……その、私も、何か手伝えることがあれば言ってくれ」


お嬢様も控えめに手伝いを申し出てくれた。

その心遣いは嬉しいけれど、彼女には彼女の事情がある。

働ける場を必要としていたエウリィと違って、ただの宿泊客である彼女に無理を言うつもりはない。


そうだな、片手間でできるような仕事があればお願いしようかな。


「ああ、ちゃんと恩義は返させてもらう」


律儀なお嬢様だ。

全く、全員この宿の宿泊客なのか従業員なのか、分からなくなるな。


「おまえはやさしいですからね。やさしさはめぐりめぐってじぶんにかえってくるんですよ」


ベイビーちゃんがなぜかドヤ顔だ。

俺って優しい? ねぇ皆俺って優しい? 褒めていいよ。


無視された。



今日はちょっとしたパーティである。

昨日は何やかんやでドタバタしていたし、これをベイビーちゃんが宿に来た歓迎会とすることにした。

冷蔵庫に残っていた酒のつまみ類も全部お出しする勢いだ。


「ねえお兄ちゃん、まだママが帰ってきてないみたい。また揉め事かも」


何ぃ? ……確かにエカーテさんの姿が見当たらない。

またか。最近は無くなってきたと思ってたんだが。


「やれやれ、まァたエカーテさんに惹かれた男どもがちょっかいを出してきたか」

「おいらのエカーテさんに手を出そうとするとは……許せん!」

「エカーテさんは……俺が守りますぜ」


ブラックリスト三人衆がおもむろに立ち上がった。やる気満々のようだ。

エカーテさんはこの宿のアイドル的存在だからな。

無論俺も彼女に何かあったら全力を以て臨むぞ。


おいテメエら、俺が行くから引っ込んでろ。


「旦那と言えどその役目は譲れませんなァ!」

「死んでくれやタナカの兄貴ぃ!」

「負けると分かっていても……俺は戦いますぜ!」


アァン!? ンダコラァ! 上等じゃねぇか! やんのかゴラァ!!


ガシッ! ボカッ!

奴らは沈んだ。アーメン。

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