12.お嫁さんバトル
うちの宿は、昼間はほぼ誰も居ない。
皆大抵仕事やらなんやらで出払っているのである。
そんな中で唯一宿に残っているのは、シンママの娘であるエウリィぐらいだ。
彼女はその空いた時間で宿の受付や掃除、洗濯なんかの仕事を手伝ってくれている。本当によくできた子である。
ちなみに受付に関してはほぼ誰も来ないので、帰ってくる俺たちの出迎え専用フロントガールになっている。
子供であるエウリィ一人に店を任せるのもどうかと思われるだろうが、ブラックリスト三人衆が時々交代で見回りに来てくれている。
あいつらはあいつらなりに顔と腕が立つし、俺の評判の悪さも相まってこの宿にちょっかいを出す奴はほぼいない。
いたとしても自衛できる仕組みは教えている。スラムの中ではうちの宿が最も安全といってもいいだろう。
シンママも安心して稼ぎに行けるというわけだ。
*
「お兄ちゃんなんなのこいつ!」
さて、エウリィがなぜこんなにも怒っているのかと言うと、少しばかり時を遡る。
今日は例外的に昼間から宿に居ることになった俺とベイビーちゃん。
雇用の話からベイビーちゃんの適性能力を図るため、宿の様々な業務を試させていたのであった。
料理、給仕、洗濯、掃除、ベッドメイク、接客……。
全てにおいてベイビーちゃんは有能であり、その働きぶりはあまりにも優れていた。
そしてそんなベイビーちゃんを見て、エウリィは当然の如く敵対心を剥き出しにしたのだった。
途中から競うようにベイビーちゃんの仕事に追従してきたエウリィだったが、とうとう心折れてしまったようだ。
もちろんエウリィは人並以上に上手くこなして、年齢以上の働きをしてくれている。
しかしベイビーちゃんはそもそも人ではないので、比べてはいけなかったのだ。
「なんでこんなポッと出の子にわたしが負けるの……! こんなの絶対おかしいよ……!」
マジ泣きしちゃったよ……。
泣かないでくれ……この子がちょっとおかしいだけなんだ。
君は十分以上によくやってくれているよ。
「こ、こんな……こんな差を見せられて納得できるはずないよっ! どうして……こんなアホっぽい喋り方をする奴なのに……!」
「さらっとしつれいですね! なーちゃんそんなにへんなしゃべりかたをしてますか!?」
舌ったらずだから……喋ってること全部ひらがなで聞こえるんだよな……。
これはこれで可愛いけど、確かにアホっぽい印象は免れない。
ベイビーちゃんだしこれから成長していけばいいさ。
「む~っ! もうちょっとげんごきのうをあっぷでーとしなくては……!」
でも成長したらしたで前の喋り方が恋しくなるんだよな。
「ねぇお兄ちゃん、本当にこの子を雇うの? そんなの、わたしのお仕事が無くなっちゃうよ……」
おっと、そんな心配をしてたのか。
大丈夫だ、君も今まで通りのお仕事をしてもらうだけで十分助かるよ。
この子を雇っても仕事が不足することは無いだろうから。
「……本当? 本当にわたしを捨てない?」
今まで気付かなかったけど、この子はちょっとメンヘラ気質なところがあるな……。
対応に失敗したらバッドエンド直行の気配を感じるぜ。
ここはギャルゲエロゲで培ったフラグ管理技術の見せ所である。
無言で抱き寄せて頭を撫でてやる。
言葉ではなく行動で示せばいいのだ。
「あっ、お兄ちゃん……♡ えへ、えへ、えへへ……♡」
ふぅ、これでよし。
「こ、こらっ! つまのめのまえでなんてことをしてるんですか!!」
嫁ドラゴンがキレてしまった。
全く世話の焼ける子猫ちゃんたちだぜっ!
両腕で二人を抱きしめてやらねばならぬ。
「きゃっ!? もうっ、だまされませんよ!? なーちゃんいがいをだくなんてゆるしませんからっ!」
お前たちが俺の翼だっ!
抱えて飛んじゃうぜ! ほらぐるんぐるん。
「わぁっ! なにしてるんですかっ」
「きゃっ♡ お兄ちゃん力持ちっ♡」
わっはっは、割とキツイ。
流石にティーンの少女二人を片腕で抱えるのは無理があったかもしれん。
*
ふぅーっ、女の子と戯れるのも楽じゃないぜ。
俺は床に倒れていた。そして少女二人に馬乗りにされていた。
「……お兄ちゃんが許すのなら、わたしもあんたがここで働くことを許してあげるわ。ねぇ、名前を教えなさいよ」
「こむすめのきょかはひつようないし、なーちゃんはすでになのったはずですが……。まぁいいでしょう。なーちゃんはめりゅじーなといいます」
ジーナって呼んであげてね。
……真名で呼ばせると後々面倒臭いことになりそうだからな。
「ジーナ、ね。わたしはエウリィ。よろしく」
「……いいでしょう。なーちゃんはかんだいなこころでライバルをうけいれてあげます。せいぜいがんばってください」
何とか和解に成功したようである。
ええことや。そのまま仲良くなって百合百合してくれるともっと良い。
「ふん、別にあんたを認めたわけじゃないから。お兄ちゃんの一番はわたしだから」
「こむすめがなめたくちをききますね。おろかなもうそうはそこまでにしておきなさい」
「なによ!」
「なんですか!」
二人は俺の上で取っ組み合いを始めた。
やれやれ、喧嘩ップルというわけか。
お兄ちゃんも混ーぜてっ。
……ふと横から視線を感じた。
「旦那ァ……流石に引くわ……」
「タナカの兄貴はいつか捕まるんじゃないかって心配になるよな……」
「偶々捕まってないだけの犯罪者な気がしますぜ」
いつの間にか帰っていたブラックリスト三人衆に、一部始終を見られていたようである。
なんだテメエら人の憩いの時間を邪魔しやがって。
見せもんじゃねえぞ見せもんじゃ。
見たかったら金払え。見なくとも金を払え。
「亭主……」
おっと、お嬢様までお早いお帰りですね。
今日はギルドの依頼を受けなかったんですかい?
「……そんなことはどうでもいい。今朝私が言ったことは何にも覚えていないようだな……!」
嫌だなぁ。俺がお嬢様の言葉を忘れるはずないだろ?
一言一句間違えずに暗唱できるぜ。
「では、なぜまた懲りずにそんな状況に身を任せている?」
そんな状況とは? ロリ二人に跨られてる俺の姿のことか?
おいおい、ただ遊んでやってるだけさ。
お嬢様に怒られるようなことは何もしていないんだぜ。
それにしても最近のガキ共はお尻の肉付きが良くて困るな。
「…………この変態が」
ひえっ、何て冷たい目をするんだ……!
お嬢様、一体どうしてそんな蔑むような視線を向けるんです?
「どうしてだと……! 自分の胸に手を当てて聞いてみろ!」
胴体はベイビーちゃんに占拠されていた。
やれやれ、仕方がないな。
ベイビーちゃんたち、ちょっと退いてくれないか?
「やーです。このこむすめをさきにどかせたらかんがえてあげます」
「お兄ちゃんこいつから先にどかしてっ!」
ぐりぐりとエウリィに下半身を刺激された。
おい待てェお尻で変な動きをするんじゃないよ。
「き、き、き……貴様ら……!」
お嬢様はひどく赤面した。
いかんな。
怒らせないと誓ったばかりなのに早速怒らせてしまった。
「このっ、馬鹿者どもがあああぁぁぁぁっ!!!」
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