08

いい気分で外を眺めていたのだが、軽いモーター音とともに窓にカーテンがかけられてしまった。

「おーい。ちょっとー。いい景色なんだから開けといてくれよ。」

声をかけたが、浅田も東条も白々しく目を逸らした。少し、緊張しているようにも見える。ふん。多分こいつらもどこに連れていかれるのか知らないんだな。

ただの宗教団体と言うには異常な用心深さ、もしくは鳴滝の秘密主義か。

映画で見たFBI捜査官の真似をして曲がった回数と進んだ秒数を記憶してみようかとやってみたが、角みっつくらいで諦めた。覚えてらんない。

 それでもおそらくは余計な回り道をしているのだろう、短いスパンで右左折を繰り返すと、急勾配を降りる気配。地下駐車場に入ったんだな。歪な螺旋降下の後にリムジンは停まり、勝手にドアロックが上がった。


「よし、降りろ。悪いがドアマンはいないぞ。」東条が言う。

「なんだかな。レディの扱いには慣れてないねキミたち。」

言ってるアタシもレディじゃあるまいし、開けてもらうのを待たずに車を降りた。

 なんか勝手に想像していたより狭い、十台分くらいの殺風景な駐車場。なんの代わり映えもしない…けど、なぜか違和感を覚える空気。気にしすぎか。東条が無言で手招きするちいさなエレベーターに乗り込み、上のフロアに向かう。

「東条さん、もしかして、鳴滝さん苦手?」

狭い空間の気まずい空気を破るためだけに聞いてみた。

「そういうことではない。おまえが鳴滝さんを軽くみすぎているだけだ。」

またロボットみたいになってる。えーそんなに用心しなきゃならんやつだったのか鳴滝さん。

「うぃー…。」なんか無意味な声を出してしまったが、ちょうどエレベーターがついたので聞かれずにすんだ、かな?


 扉が開くと、そのままぶち抜きワンフロアの応接室っぽい部屋に出た。三十畳くらいか?無機質ともハイテクとも豪勢ともとれるかんじの、シンプルだけど金掛かってそうな部屋だ。というか、リムジンに乗せられてからなんか自分の目線がそこらじゅうのものを値踏みしてるのに気がついた。いかんいかん。


「…ようこそ、いらっしゃいませ。神宮さん。」


 奥のソファで英字新聞を読んでいた鳴滝が立ち上がって振り向いた。

昼間のおかしな作務衣から、仕立ての良いスーツに着替えていた。如才ない切れ者、を絵に描いたような所作だ。なるほどね。東条が緊張するのもわかる。

てか、アタシも少々、腰が引けてきた。ちょっと無計画すぎたかないきなりここにくるのは。と言うても、しゃあないよね来るには来ちゃったんだから。よし。


「昼間はどうも。鳴滝さん。自己紹介省いていいのは助かるね。」

当然、さっきの車のなかの会話を全部聞いていたのだろう。

それを隠すつもりもないのは気に入った。

「さっきも言ったけど、いきなり飛び蹴りは確かにまずかっ…

「いえ、こちらこそあんなところで醜態をお見せして失礼しました。立ち話もなんですから、どうぞこちらへ。お飲み物は?」

あくまでスマートに、こちらの話を遮ってイニシアチブをとってくるやり方。

ふふーん。ま、今はとりあえず張り合うのは控えるか。

 アタシは勧められたソファにどっかりと腰を下ろすと

「じゃ、コーラください。」とふんぞり返る。

身を沈めるってのはこういうやつだな。柔らかいながらもしっかり身体を支えて包んでくるソファの感触。いやーやっぱり高級品は、って、いかんな。

ついでにさりげなく部屋をぐるっと見回したら、いつのまにか浅田と東条が消えていた。どこから出てったんだ。


「では失礼して私はこちらで。」

鳴滝は洒落たグラスに注がれたコーラをアタシの前に置きながら自分の手のグラスを当てて勝手に乾杯をする。

丸い氷の入った澄んだ茶色の宝石みたいなやつは、ブランデーってやつかな?いちおう未成年のアタシにはよくわからん。

わからんけどよく映画で見るような光景だよね。ギャング映画で。

「…これでグランドピアノでもあればばっちりだな。」

つい、独り言が口に出てしまった。

「ああ、私楽器は苦手なもので。無意味なインテリアにしては場所を取りすぎるので先日片付けてしまいました。神宮さんはピアノがご趣味で?」

「いやぁ言ってみただけ。アタシもそういうのは聞く専門だよ。」

 マジで置いてあったのかよ。鳴滝の視線がアタシのハーフフィンガーグローブ嵌めたままの手を見透かすように一瞥する。かんじわるいね。

こっちにしても気になることがないじゃない。

鳴滝にまとわりついている、そのインテリっぽい雰囲気にはそぐわない陰惨な影だ。

「そのあたりのお話も何れ出来ればと思いますが、まずは本題から片付けてしまいましょう。神宮さん、単刀直入に、私からの依頼を聞いていただけますか?」

「は?」またしても先手をとられて思わずマヌケな返事をしてしまった。いやそもそもアタシが話があるつって乗り込んできたハズだったんだけどな。


「陽子さんについて、あのご老人、鷹沼征二さんからいろいろとお話を伺っているかと思いますが、正直、彼はこちらを誤解されているところが多分にありまして。推察ですがうちの施設から陽子さんを救い出すようにといった依頼を受けたかと存じますが、彼女を探しているという点では我々も同じ立場なのです。ですから我々からもあらためて、陽子さんの捜索にご協力を願えないかと。」

 アタシは口を挟む隙も貰えず一気に攻め込まれてしまった。見た目通り油断出来ないやつだなこいつは。いや、アタシがあまりにも無策で来たのが悪いのか。とにかくこうまでこちらの出方がバレているなら、上手いこと探りを入れるってのはもう出来ない相談だな。ただまあ。


 アタシだって別にどちらかのサイドに立たなきゃいけないわけじゃない。わざわざ鳴滝と張り合う必要もないわけだ。つまりこれは、願ってもない好都合が降って湧いたと思えばいい。へへ、ラッキー。


「…オッケー。了解した。って、二つ返事で言いたいとこなんだけどさ、その前にちょっと確認させてほしいことがいくつかあるんだけど、いいかな?」

鳴滝は視線だけで同意を示してきた。

「まず、陽子さんが盗んだって言われてるものの詳細を教えて欲しい。爺さ…鷹沼さんは頭っからそれを信じてないんでまるで情報がないんだ。それと一通り、このビルの中は見学させてほしい。鷹沼さんの主張が誤解だって点は確認しておかないとなんで。それから」

鳴滝の表情を見逃さないよう一度言葉を切った。

「陽子さんの無事が確認できて、そのブツを回収できたら、お互い痛み分けってことでこの件は終わりにしてほしい。鷹沼さんにも、陽子さんにも、報復とか制裁とかはナシだ。これを確約してほしい。」

 鳴滝の視線には何一つ変化が現れなかったが、表情はほんのわずか、柔和になったように思えた。

「オッケー、了解です。神宮さん。あなたが聡明で優しい方で良かった。」

こういうことを真顔で言えるやつは信用できないけど、まあ悪い気はしない。


 「陽子さんが失踪したのと同じ頃、本部講堂のモニュメントから木製の鳩の像がなくなりました。このくらいの小さなもので、金銭的な価値は無いに等しい飾りですが…。我々のリーダーがソサエティを立ち上げた時の、いわばシンボルだったものなので、一部の会員たちが騒ぎましてね。陽子さんの失踪と結びつけた噂が警察の方々にも伝わってしまって。ですが我々としては陽子さんの件とは無関係、盗難とも思っていませんし遺恨もありません。純粋に陽子さんの安否が気掛かりなのです。司さんがご心配されているようなことにはなりません。次に、見学の件ですが…もちろんお断りはしませんが、正直、大きなビルです。我々が本気で隠しているとしたら、おひとりでの捜索は無意味な徒労かと。一度警察の方々にも見ていただきましたし、そこは信頼していただいて良いかと存じます。」

まあな。ビルの見学は実際どうでもいいんだ。アタシが知りたかったのは、「陽子さんの無事が確認できて」と言った時の鳴滝の反応。


今の返事で、鳴滝も陽子さんがすでに亡くなっていることは知らないと、アタシには確信できた。こいつ相当な役者っぽいが、そこはアタシも一応人を見る目はあると信じている。

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