06
なるほどね。こんなところで繋がってくるんだ。
佐奈美さん、いや、陽子さんか。陽子さんがアタシを亀傘公園まで呼び出したのはこういう事だったのだろうか。とりあえず本名は分かったけど、代わりに余計な謎がたっぷりくっついてきた。
ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。
すでにアタシが会っているということは、陽子さんはこの世にはもういないということだ。
「へええ。たしかにこりゃ美人だ。まあ、アタシほどじゃないけどさ。」
ふざけてごまかしたが、爺さんには気取られなかっただろうか。
安直に想像してしまうのは、陽子さんが教団から何かくすねたことがバレて「始末」されてしまったというストーリー。
タレコミの件以外はごくシンプルに事態を説明できる。ただ「そのあと」の陽子さんと直接話をしたアタシとしてはなにかしっくりこないかんじもある。
なんにしても、爺さんがどんだけ焦ったところでもう陽子さんを取り戻すことはできない。
かわいそうだけど、生者が死者のために死に急ぐことはない。ここは一旦気持ちを納めてもらわないとね。
「思うんだけどね。あんなとこ行って直接ナシつけようったって上手くはいかないよ。どっちかっていうと余計に話をこじらせるだけ。それよりさっきのタレコミがあるんだったらさ、そっちのほうから辿ってったほうがいいんじゃないかな?」
爺さんは虚を突かれたような不思議な顔をした。
「あー…しかし、あんな封書だけじゃ、誰が置いていったなんてわかるわけも」
「モノは試しだよ。っていうか運がいいよ。アタシ、わりとそういうの得意なんだ。」
口から出まかせなわりには我ながら上出来なんじゃないか。
「とりあえず、それの現物を見せてもらっていいかな?どこに置いてあるの?」
「うちにあるが…ここから四十分くらいかかる」
「おーけー。じゃあおうちへゴーだ。」
爺さんの言葉に被せ気味に急き立てる。
とにかく一回、家に帰って頭冷やさせるのはなんとか上手くいきそうだ。
爺さんの家に行って口八丁手八丁、タレコミの封書と陽子さんの情報を少し手に入れた。
とは言え、これを貰いに行ったのはたんに爺さんを公園から引きはがす口実だ。
爺さんには悪いがこんな紙切れ一枚から何かを割り出す名探偵のような才能はアタシにはない。別の才能のほうを当てにしているアタシは、爺さんと別れたのちようやく公園へ取って返した。
すでにサクラ19の集団は見当たらない。
アタシは諸々の事情を陽子さんから直接聞くつもりだった。
こっちの能力のほうが多分名探偵よりも効率よく迷宮入りの解決が出来るはずだと踏んだのだ。
ところがその後も結局、どこに行っても何度呼んでも陽子さんは出てきてくれなかった。
「陽子さん」なのか「佐奈美さん」なのか、アタシがブレを作ってしまったからかもしれない。
結果論で言うと安易に名前を付けたのは失敗だったのかもね。
さてと。これは困ったことになったが、ここで立ち止まっていてもしょうがない。
気付けば、今から帰ればうちにつく頃にはそろそろ夕暮れ時だし、もしかしたら昨日の道でまた向こうから声をかけてくるかも知れないと思い直し、とりあえず公園からは撤収することにした。その時。
薄紫の作務衣にいきなり道を塞がれた。あらしまった。
アタシが顔面にドロップキックをお見舞いしたおにーさんと、例のガタイのいい奴。
こいつらは二人組のセットなのか?
形相を見ると、ナンパしにきたわけじゃあなさそうだよね。
ちょっと目を配ると、残念、周りには全然他の人の気配がない。
軽くかかとを浮かせて体勢は整えつつ、アタシはドロップキックのおにーさんに手を振ってあげた。
「こんちはー。アタシのファンクラブの人たちかなー?」
「はっ?何ふざけたこと言ってんだこの
かわいそうにおにーさん、右の頬に赤黒くアザが出来ちゃってる。綺麗に入ったからなぁ。そりゃあ怒るのも無理ないか。
「…おまえ、昼間っからフラフラと、学校はどうした?あの爺さんとはどういう関係だ?」
ガタイの良い方が比較的冷静に聞いてくる。アタシが不登校になるに至った経緯を涙ながらに告白してやろうか。いやしねえけども。
「どういう関係って、まさかイヤラしいこと考えてるんじゃないでしょうねおじさん?お年寄りがよってたかっていじめられてたら、助け出すのが国民の勤めってものじゃないですかぁ?」
「ふざけるな!爺さんのほうから喧嘩売ってきたんだぞ!」
うん、たしかにそれも見てたんだけどね。世間はそうは見てくれませんよって話にもっていこうかってところで、アタシはちょっと別なことを思いついた。
「それでおじさんたち、今度はアタシに喧嘩売りにきたってわけ?それよりさ、あのお爺さんの話だけど、おじさんたちも興味ありそうなネタがあるんだけど、話聞く気ない?」
「?」
「あのお爺さんと揉めたのは今日が初めてじゃないんでしょ?ってかあんたらも本当に用があんのはあのお爺さんじゃなくて陽子さんのほうなんだろ?」
「…!?」
二人は怪訝そうな顔でお互いを見合わせている。やっぱりこいつらじゃ話にならないか。それはなんとなく察しがついていたが、とにかく上に繋いで貰わないとね。
「あんたらに話してもなんだから、とりあえず鳴滝さんに繋いでよ。それともここで喧嘩してあとでたっぷりお目玉食らうほうがいいのかな?」
ここで鳴滝の名前を出すのが良い手だとも思えないが、今は他のカードが思いつかない。
「な、鳴滝さんに、お前が、直にお話をしたいというのか。」
ガタイのいいほうの口調が急にロボットみたいになった。二人にとっては、鳴滝の名前は思ったより効果があったみたいだ。
「どうしよっかな。アタシとしては別にあんたたちを通す必要はないんだけど。ただ、喧嘩優先して繋いでくれなかったってなったら、それも当然鳴滝さんに話すことにはなるよねえ。」
二人は落ち着きを失って作戦会議に入った。でもここまで来たら結果は見えてる。
自分達で判断を下すのは極端に苦手なはずだ。新興宗教の信者やってるってことは、つまりそういうことだからな。
アザの方が電話を取り出して誰かと話し出した。どうにも要領を得ない話っぷりだったが、なんとか話はまとまったようだ。
「鳴滝さんが話を聞いてくださるそうだ。今迎えがくるから、来い。」
薄紫の作務衣二人とピンク頭の三人で行列作って公園の駐車場へ向かう。
周りにはどんな珍道中に見えるんだろうと吹き出しそうになったが、誰とすれ違うこともなかった。
一行が到着すると同時に、場に不似合いな黒塗りのリムジンが、クジラみたいな図体をロールさせながら公園の狭い駐車場に入ってきた。
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