05
舞踏集団にしてみればだいぶ理不尽なトラブルかもしれない。ただ公園で踊っていたら難癖をつけてくる爺さんが登場、と思ったら、続けて出てきた美少女がいきなり飛び蹴りかましてきたんだ。パニくるのも仕方ない。
アタシはあっけにとられている集団の一瞬の隙をついて爺さんの奪取に成功した。
「逃げるぞ!爺さん!!」
脚がもつれる爺さんを構わず引きずって逃走する。
アタシが飛び蹴りくらわせた男をガタイのいいのが助け起こし、こちらに向かって怒声をあげる。メガネが諫めているのがちらっと聞こえた。
一気に距離を空けたおかげか、本気で追いかけてまではこないのを確認しつつ、アタシは速力を緩めず公園を飛び出して住宅街に紛れた。
「たっ…とっ…とっ…止まってくれぇ。も、もう、限界ぃ…。」
走るのに夢中で爺さんのことをすっかり忘れていた。
いやあ、食後の運動は爽快爽快。お腹ん中でコーラが暴れてるけどね。
アタシの俊足に付き合わされちゃあこの爺さんもあっち側に逝きかねないな。
自販機でお茶を買ってやり、住宅街の隙間の小さな駐車場に二人して座り込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、 …脚、速いんだねえ、お嬢さん。」
ちょっと間延びした口調。ガミガミ頑固ジジイだと思ってたけど、怒っていなけりゃ穏やかなお爺ちゃんなのかもな。
「そりゃまあ、若さ弾ける花のJKだし。そっちこそずいぶん威勢がいいじゃんよ。喧嘩売るにしてももうちょっとスマートにやるのが年の功ってもんじゃないの?」
「あぁ、いや、あれは…。」
「ま、いいけどさ。どんな理由か知んないけど、とりあえず身体は大切にしなよ。」
アタシはいつの間にか、自分のジイちゃんとダブらせてしまっていたらしい。
ジイちゃんもだいぶ無茶なひとだからな。
「怪我は、別に大丈夫だよな?頭打ったりしてないよな?ちゃんと家帰れるよな?」
お節介もここまで。アタシもアタシの本分に帰らないと。
「いやあ、すまんかった。お嬢さん。だがの、ワシもいつまでも紳士的な話し合いで済ませるわけにはいかんのだ。陽子の、孫の命がかかっておるんでな。老いぼれがどうなろうと、退くわけにはいかんのだよ。」
…それはちょっと穏やかじゃないね。
爺さんの眼の光を見れば、嘘や冗談で言っているのではないことくらいわかる。このまま別れても、結局またあの集団のところへ行って喧嘩の続きを始めるだけだろう。
それにアタシにしても、今公園に戻ったところで、まだ連中が残っていたら面倒と言えば面倒だ。こんな美少女、あっさり忘れてくれるわけもないだろうしな。
しばらく爺さんの話を聞いてみることにした。
「お孫さんとあの人たち、なんかあったのかい?」
「やつらはな、【サクラ
爺さんの話を要約すると、サクラ19に入信したお孫さんは、熱心な活動を経て短期間で組織の結構なポジションまで上がっていたらしい。ところがどんな組織でもそういう人間は敵を生むみたいで、爺さん曰く教団内の対立派閥、つまりさっきの連中がお孫さんを幽閉しているということだ。
爺さんがどうやってそんな内部事情を調べ上げたのかいささか疑問が残るが、すでに3ヵ月以上お孫さんが音信不通なのは事実っぽい。
「そこまで分かってるならちゃんと警察に行って事情を話したほうがいいよ。あんなとこで喧嘩してどうかなる問題じゃない。」
「警察!警察なんざなんの当てになるものか。やつらろくに調べもせずに陽子が勝手に失踪したことにしよった。それもあろうことか連中から何やら盗み出して逃げたということになっとる。全部連中の用意した筋立てだ。そんなもの鵜呑みにする警察が信用できるわけなかろう!」
あらら。すでに随分とこじれた話になっているようですね。
というか本当に大丈夫かこの爺さん。
今のところ一方的に爺さんの言い分だけを聞いているアタシにコトの真相はわからない。ただ、警察が鵜呑みにしたというそっちの筋立ての方が分かりやすいのは確かだよね。
身内が犯罪者だってのは、特にそれがかわいい孫だったりすると受け入れがたいものはあるだろう。
「だったらさぁ。なおのこと、あんなことしてどうこうなるとは思えないけど。それよりまずお孫さんの居場所を本気になって探す方が先じゃないの?幽閉されてるって情報はどこまで掴めてるの?」
なんとなくそのあたりから爺さんの思い込みが暴走している気がする。
「うちにな、匿名でタレコミがあった。おそらく教団内部、陽子と親しい人のものだろう。」
「タレコミ?」
「無記名の封書にな、陽子は教団の本部に囚われていると。誰かが直接うちのポストに投函しておった。そんなことイタズラでするわけがなかろう。」
爺さんも、アタシが話を疑ってかかっているのは勘付いたっぽい。
「ほれ、これがそれだ。」
爺さんがスマホの写真を見せてきた。飾り気のないただの白封筒と、真ん中に
陽子さんはサクラ19の本部ビルに囚われています。鳴滝に気を付けて。
とだけプリントされたコピー用紙。
「鳴滝というのがさっきのメガネを掛けた背の高い男よ。」
とすると爺さんはこのタレコミ主の警告を台無しにしたような気がするが、今からそこをほじくり返してもしょうがないだろう。
「うーん、そっか。あ、ところで、陽子さんの写真ってあるかな?」
何の気なしに聞いてみた。
「おお、そうだな、まずそっちが先か。ほれ。美人だろ。ワシとは似ても似つかん。」
爺さんが不器用にスマホを繰って写真を出してきた。
どんな孫でも可愛く見えるものだろうが、そういう欲目抜きにしても確かに美人だ。
花が咲いたように明るい、晴れやかな笑顔がアタシの第一印象とはだいぶ違うが、間違いない。
そこに映っているのは佐奈美さんだった。
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