03
翌日、朝イチでアタシは「ミラ・ドンナ」に電話をかけ、今日はバイトを休ませてほしいと願い出た。
アタシが普段どれだけミラ・ドンナでのバイトに執着しているか知っている店長は、勝手になにかを察して多くを聞かずに快諾してくれた。ほんといい人。
外は快晴で、ピンクパンプキン号もすこぶるご機嫌だった。
アタシも上機嫌で、近場で一番大きな公立図書館へ向かった。
夕べのうちに調べた限りでは、「みつがいけ」という地名は見つからなかった。ネットでなんでも調べられる時代って認識はまだまだ甘い。
ありきたりで表層的な情報が劣化コピーされて氾濫してるだけ。
ていうかアタシにはとりあえず外で調べものするほうが向いている。
開館したての図書館のひんやりした静謐な空気はとても心地よかった。
司書のひとの視線もこころなしか冷たいけど。
こういうとこで昼寝していくプータローなんかも多いんだろうね。
アタシは構わず、地方史地域史自治体史なんかをまとめた地味で人気なさそうなコーナーへ向かう。それでも、全部調べるには二日三日じゃとても追っつかないくらいの資料の山だ。アタシはとにかく古くてマイナーでどうでもよさそうな資料に目を付けて抜き出した。ネットで一切見つからないということは、それだけ古くてマイナーでどうでもいい情報だろうってのが手掛かりだ。
一時間半ほどで、アタシはようやく「みつがいけ」を発見した。
公園の整備事業計画書のなかに「ボート池(旧:見栂池)」と小さく書かれたマップがあった。予想よりはだいぶ最近のことだったので手こずってしまった。
とりたてて由緒もない旧称を記してくれた役人さんの気まぐれに感謝しつつ、アタシは公園の場所をスマホに入れてナビをセットすると図書館を後にした。
旧:見栂池のある亀傘公園はピンクパンプキン号で三十分くらいのところにあった。そこそこ大きな公園だ。平日の昼前、散歩するお年寄りと講義をサボってデート中の大学生らしきカップルが見えるだけ。のどかだ。
池を中央で横切る橋のたもとに小さな売店を見つけた。ここで貸しボートも扱っていたっぽいが、今はやっていないようだ。これは多分、東屋とは言わないな。
売店でホットドッグと団子とコーラを買い込んで、ちょっと早めのランチとしゃれこむことにした。
そのへんの芝生で食べるのも気持ちよさそうだったが、目的を見失いそうだったので橋を渡りながら東屋を探してみる。
橋の真ん中あたりで改めて公園全体をぐるり見渡してみると、東屋、と呼べそうなものが三つばかり目に入った。おいおい、どれだよ佐奈美ちゃん。
考えて答えが出るわけでもなし、とりあえずルートに目星をつけて手近なとこから当たってみることにする。まずは橋を渡った先の高さ8メートルほどの小さな山の上の東屋から。一番見晴らしもよさそうなとこだ。ランチをいただくにもちょうどいいと思ったんだが、案の定。イチャイチャカップルの先客がいた。
黒のロングセーターを着たナヨっとした男とパステルカラーのブラウスにゆるフワパーマの超量産型女だ。
女のほうが男にしなだれかかりながら(こっちくんな、去ね)と敵意剥き出しの視線を送ってくる。かっちーん。なんだこらタココラやんのかコラ。
なーんて態度、アタシはおくびにも出さない。
アタシはニコニコと隣のベンチに腰を下ろすと、ていねいにホットドッグ、お団子、コーラを並べて置きながら鼻歌を歌い出した。
「ホ~~~~~ドンミ~~~♪今すぐ~抱いて~~~♪」
鼻歌と言うにはちょっとあからさまに声が大きかったかな?
言っとくけどちゃんと歌えばこんな音痴じゃないぞアタシは。
「ホ~~~~~~~~~~~ミタァ~~~~~~ィ♪」
さすがにイラッとしたのか、彼氏がごにょごにょ何か言いかけたので
「よろしかったら、おひとついかがですかぁ?お・ダ・ン・ゴ。」と被せてやった。
「い…いや、結構ですよ。」
関わり合いにならないほうがいいと悟った彼氏が撤収をはじめる。
彼女のほうは視線だけでアタシを殺せるのか挑戦しだした。
「今すぐ~~~ここで~~~抱い~~~~て~~~~~ぇん♪」
思い切りセクシーに歌い上げてやると彼氏我慢できずに噴き出した。
悟られまいと彼女の肩を抱いてそそくさと東屋を後にする。
「えっ頭おかしいんじゃないのあの女、えっケイタの知り合い?まさか」
「いいから、ほっとけって。知らないよ。」
去り際に聞えよがしにグチグチ言ってる背中に向かってちいさく
「抱いて~~~~~ケイタ~~~~♪」とトドメを刺してやった。
これであのカップルは破局間違いなかろう。
亀傘公園でデートしたカップルは必ず別れるという都市伝説を、今アタシが証明してやった。そんなんあるか知らんが。
公衆の面前で破廉恥な行為を展開する輩には断固たる態度で臨むのがアタシのポリシーだ。うん、これでおいしくランチがいただけますね。
ちょっと冷めてしまったホットドッグからパクつきながら、アタシは本来の目的に立ち返った。佐奈美さんは「見栂池の公園の東屋に…そこから…」と言っていた。
そこから、なんだろう。
そこから東に20歩、とか続けるつもりだったんだろうか。一番それっぽいけどその続きをこちらで推測するのは無理がある。ちょっとおいとこう。
そこから○○を掘り出して…?アタシゃここ掘れワンワンか。でも霊が強く思念を残す場合そうした
そこから…○○が見える?見晴らしの良いここからなら結構なところまで見渡せる。でもわざわざここを指定するってことはここからじゃなきゃ見えないってことか。まずご指定の東屋がこれだとしての話だがな。
いくつかの可能性を念頭に置きつつ、でもやっぱり佐奈美さん本人から直接聞くのが一番手っ取り早いだろうな、と。
そのために少々強引だけど名前を決めたわけだし。
現世との繋がりが曖昧な境界の向こう側にいる浮遊霊を呼び出すためには、本人の思念が強く残っている場所と、本人と結びつくための名前が重要だとアタシは思っている。このお膳立てをしないで好きに呼び出せるほど、アタシと佐奈美さんの結びつきはまだまだ強くない。
だからって別に、怪しげな香を焚いたり、数珠を振り回して呪文唱えたりするわけじゃないよ。
アタシはお団子のクシを無造作に振りながら
「…佐奈美さーん。今お話しできますかー?」とさりげなく宙にささやくように呼び掛けてみた。
「佐奈美さん、聞こえますか?佐奈美さーん?」
調子が良い時には、「境界」がシャボン玉の虹色の膜のように見えてくる。
けど、ここは外れだったかな。
佐奈美さんが現れる気配はない。昨日あんだけ強引にきたんだからもうちょっとレスポンス良いと嬉しいんだが、こればっかりは言ってもしょうがないか。
アタシもべつにあの世のシステムを熟知しているわけじゃない。
どういう事情で出てきたりこれなかったりするかはわからないんだ。
お団子を全部平らげるまで佐奈美さんに声を掛け続けたけど、結果は空振りだった。
次を当たるか。
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