第22話 呪いの解除
思わず手を伸ばすも、悪戯に浮遊して消えてしまう。
思わず目を開いた瞬間に入ってきたのは、ユノーの薄ら笑いだった。
「無駄だよ。アステール嬢。貴女には星の巫女としての力を使えなくさせてもらった」
「……何だって?」
一般人に星の力を縛ることなど不可能。
瞬時に脳裏を過ったのは、立食パーティの日に現れた謎の男の声だった。
『ドアには、星の力を封じ込める呪いをかけておきました。』
そう言って、いとも容易くアステールを部屋に閉じ込めた男。
(まさか協力者というのは、その男だとでも言うのか?)
目的は分からないが、彼らは間違いなく結託している。
あの時はスバルが助けてくれたけれど。
(……もう期待しない)
アステールは数秒俯いた。
それから拳を、強く握る。
(こんな状況に屈する、星の巫女ではない!)
アステールは再び両手を組んだ。
閉じた瞼の向こう、宇宙が広がる寸前に男たちの嘲笑が聞こえるが、構わない。
「無謀なことをなさる」
「マジで嫌なんだなぁ、笑えるわ」
「む、無理をしないで言うことを聞いた方がいいですよ!」
無視をする。
彼らはアステールの行動を楽観視しているのか、傍観している。好都合だ。祈りに集中出来る。
──もう一度、星たちに手を伸ばす……ぱちん。弾かれる。阻んだそれの正体に目を凝らす。段々と、その呪いの輪郭を掴むことが出来る。
それは、ロープと蛇の形をしていた。ロープはアステールの指先を雁字搦めに。蛇は星に何か液を吐いている。イメージは毒液だろうか、液を吐き掛けられた星は次々に光を失っていった。そうしてアステールと星の光が触れ合わないよう邪魔をしていた。
(……邪魔は、させない!!)
呪いと、星の巫女の力比べだった。
呪いの形が分かれば、多少は解除への道筋も立てやすい。
アステールはまず、指先に絡まったロープへと集中した。右手指先の闇色のロープ。星の力そのものを縛り付けるようなそれを。縛られていない左手を添えて、解くように動かした。
(無理に解くことは出来ないな)
寧ろ無理矢理に呪いを解こうとすれば、こちらに後遺症が残ってしまう。
ロープの端を見つけて、掴む。一つずつ。少しずつ絡まったロープを解いていく。頑なな固結びを暴いていくように。
するり。するり。
着実に外していくにつれ、自分の肌が露わになった。星へ伸ばした指先。完全にロープから解放されて。自らの内側から熱が高まっていくのを感じる。これは、力の波動だ。
(あとは蛇を何とかするのみっ……!!)
「おい、何をしているんだ?」
そこでユノーが、勘を働かせたらしい。
閉じた視界の向こうで、何やら焦ったような声がする。リーダー格の男の焦りは伝染し、残りの二人もやんやと言い始めた。
「星の力使ってんじゃねぇだろーな。止めろ!!」
「可哀想だけど……殴って、止めよう!」
物騒なセリフが耳を掠めた、と同時。
ひゅん!
棒状のモノが空を切る音。
恐らくはアステールに向けて振り翳されたものだろう。だが。
(……無駄だ)
バチィッ!! と弾かれる音と、男の小さな悲鳴。
一度微かに目を開く……推測通り、棍棒を持った臆病な男が目の前で座り込んでいた。唇をわなわな震わせ、アステールを指差す。
「な……何で。何で殴れないんだ……!?」
「……忘れたか。私は星の巫女だぞ。力を使わずとも、元々星の加護がこの全身を巡っている。血のようにな……多少の暴力であれば、私には通用しない」
「そん、な。化け物じゃあないか!」
ひどい言い草だ。
もちろん元々の加護は万能ではない。唐突な襲撃──今回簡単に攫われてしまったように──には対応しきれないこともある。だが目の前の三人に注意を向けている今の状況であれば。棍棒での暴力など防ぎきれる。
(近くに潜んでいるであろう協力者に出しゃばられると困るが)
だからこそ、呪いの解除を急がなければ。
再び目を瞑り、蛇の方を何とかしようと力を注ぐ。蛇はこちらに気付いたのか、口を開けて威嚇してきた。ロープと同じ、闇色の蛇。さてどうしたものか。相手が星の力を「奪う」存在である以上、こちらの力は通用しない。
ならばロープの時と同じように。
(行くなら……素手で!)
蛇は身を守るよう、アステールにも液体を吐いてくる。構わず、その闇色へと手を伸ばした。これが毒液であったとて、加護のあるアステールには通用しない。加えてあくまで彼は「呪い」を掛けやすくするが為に形を与えられたものに過ぎない。毒液は本物ではないだろう。
シャアアア!!!!
威嚇する蛇。伸ばす腕。躊躇はしない。
体の中盤辺りをわしっと掴む。相手は体をくねらせた。この身が咬まれようとする前に、もう片方の手で頭の方を掴む。
シャア、シャアア!!
捕らえた。これで星を飲み込む存在はいなくなる。
しかし蛇もやられっ放しでは終わらなかった。刹那、無理に頭の方向を変えた蛇が、アステールの柔肌に牙を立てる。ちりっと走った痛みに顔を顰めながら。
「頼む、力を貸してくれ!!」
自然と口に出して叫んでいる。
瞬間、煌めきが全身を覆うような感覚に包まれた。手の平の中にある蛇が、粒となり粉となり。光に包まれ消えていく。……呪いが完全に、解けた。
ざわり。アステールを纏う空気が変わる。それを男たちも察したようだ。
「人質がどうなってもいいのか!!」
「“魔女様”! お願いします。どうかこの令嬢を止めてください!!」
(……『魔女様』?)
引っ掛かったが、今は優先するべき事項がある。
星に祈り、護衛と自分の加護の力を引き上げた。それから星に尋ねる。この周辺にいる人影は。逃げる上で選択すべき道筋は。
「魔女様、何とかしてください!」
「オイ魔女サマよ、いねぇのか!?」
何やらとく分からないが、向こうも緊急事態であるらしい。呼応しない「魔女様」のおかげで、人質に手を出されずに済んでいる。
(! こちらに近付いてくる人影が一人。悪しき雰囲気はない。私が逃げるべきルートは……こっちだ!)
アステールが駆け出そうとしたその時。
『諦めろ。今回はお前たちの敗北だ』
頭の中に直接響くような声が、した。
誰だ? と思わず足を止めると、男たちが声をあげる。「そんな!」
声は男のようだが、どこかで聞いた覚えがある。手繰り寄せると、すぐにその正体が分かった。あの声だ。立食パーティの日、アステールが聞いたあの扉越しの声。
(やはりあの日私を閉じ込めた人間が協力者だったか)
ついでだ。この声の主が何処にいるのか、両手を組む……しかしこの近辺にはいないらしい。それらしき影は見当たらなかった。依然としてここに向かってくる人物が一人。
「魔女様が何とかしてくだされば、打開出来るはずです!」
「スバル様のために協力するっつー話だったじゃねぇか!!」
『私は負け戦はしない主義だ』
男の声であるにも関わらず、「魔女」と呼ばれるこの男。一体何者なのだろう。
『また会いましょう、星の巫女』
その言葉を最後に、もう声は響かなくなった。
けれど違和感がある。何故魔女は早々に諦めた? 男たちの言う通り、まだアステールをねじ伏せる機会はあったはず。それこそ人質への危害を引き合いに出されたら、アステールは身動きが取れない……。
(私が星の力を封じる呪いを、自ら解除したから?)
しかし魔女が諦めた理由を、その一瞬後に理解することになる。
「お前たち、そこに膝を付け」
その、晴れた日の凪いだ水面のような。
それでいて嵐の前の静けさであるような。
今日何度も聞いた声が、その場に響き渡ったから。
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