第21話 信用に値する
***
馬車が止まる。どうやら目的地についたようだ。
「ついたぞ、降りろ」
ひとまず、言われるがままに行動することにする。手足が縛られていて上手く動くことが出来ない。するとそれを見かねたらしい臆病な男が、馬車から降りる上で手を貸してくれた。
「……感謝する」
「あ、え、いやぁ誘拐しているのはこちら側ですし……はは」
「何だぁ? お前、プリンス様気取りか」
「そんなんじゃないよ……!」
何か言い合っている男たちを横目に、アステールは前へと小股で進み出る。
先程まで存在していた焦りも、それなりにあった不安も、今は凪いでいる。不思議だ。スバルがやはり自分を利用しようとしていた……それだけの事実で、こんなにも心が冷めている。
しかしこの移動時間に混乱も落ち着いたのは僥倖だった。今なら星の力を存分に振るうことが出来る。どうこの場を打開するか。アステールの頭の中は考えを巡らせていた。
連れてこられたのは、どうやら農場の片隅と思しき場所。家畜小屋と見られる建物と建物の隙間。視界は薄暗く、いつしか訪ねたことのあるスラム街の路地裏に似ていた。
目の前には、目隠しをされ拘束されている二人の男……アステールと共にやってきた護衛だ。アステールは眉を顰める。
(今いる実行犯三人は、風貌、連れて来たこの場所を見るに一般農民だ。それが、スピカ家の護衛を倒し、拘束するに至るものなのか?)
あり得ない、と思う。
普段はスピカ家を守っている、選ばれし騎士なのだ。実力はアステールも認めている。一般農民に負ける可能性は皆無と言ってもいい。彼らは独断で行動しており、この件に関してスバルが関わっているとは考えにくい。ではなぜか? 何か護衛に勝てる隠し種でもなければ……。
(まさか、協力者がいるのか?)
しかし、護衛をねじ伏せるとは相当な実力者。一般農民に加担する動機とは何だろうか。
(……そこは利害の一致、か)
アステールが一番によく知っている動機だ。
恐らくはこの「星の巫女」の力を狙っているに違いない。三人は明確に「アステールの星の力を欲している」と口にしたのだから。
「さて、状況はお分かりいただけただろうか」
黙り込んでいるアステールに、ユノーが声を掛ける。
言外に、潜んでいる。「こちらには人質が二人いるのだから、拒否権はない」、という言葉が。
「……スバル様と婚約をしろ、という話だったか」
「そうだ」
「断れば?」
「その選択肢があると思っているのか?」
ちらり。見やるは二人の哀れな人質。
彼らが護衛に何か手を出す素振りはない。どこかで見ている「協力者」が手をかける算段なのだろうか。
沈黙が流れる。じり、じり。三人から放たれる空気はアステールに答えを迫る。早く、早く答えを出せと。
三人は分かっているのだろう。アステールが護衛二人を見捨てることはないと。
その通りだ。
それは何も人情から来るものではない。アステールにそんなものは存在しないのだから。令嬢の中にあるのは「二人の騎士を失うのは惜しい」「ここで見捨てたとしたら、家の人間からの信頼に関わる」という、ただそれだけ。
けれど騎士二人を守りながらこの場を切り抜けるのは合理的ではない。
(一度私がここを離れてから後で助けるか……いや、その間に護衛が何かされるかもしれない)
「スバル様の意に添わず独断で実行しているという話だったな。それは処罰の対象にはならないのか?」
(彼らに星の加護を掛け、それから一度離れる手が得策か)
「さっきの会話を聞いていただろう。これは結果的に、スバル様のためになることだ。きっとあの方も分かってくださる」
(星に祈っている間は私も無防備になる。私と護衛、まずは一気に三人へ加護の力を)
「随分とお優しいんだな。君たちの統治者は。何がそんなに、信頼に値するというんだ?」
時間稼ぎだ。
会話の隙間、作戦を練る。
「何が信頼に値するか、だって? 決まっているじゃないか」
ユノーはアステールを鼻で笑い、告げた。
「信頼に理由などない。あの方が私たちにしてくれたこと。掛けてくださった情。その全てが信用に値する」
「……」
あぁ。
やっていることはさておき、彼ら三人もアステールには少々眩しすぎるようだ。否、羨ましくはないけれど。どこまでも甘い。それは弱みにもなるから。
「ではその執心のスバル様を、こちらは人質に取ろうではないか」
拘束された状態の両手を組む。祈るように。
その体勢を見て、三人が顔色を変えた。
「まさか、遠隔でスバル様に何かする気か!?」
「おいおい令嬢サマってのも卑怯だなぁ。星の力を使って人を呪おうってのか」
「君たちとやっていることは同じだと思うが?」
ハッタリだった。
星の巫女の力に人へ危害を加える効力などない。実行犯が慌てている間に、実際は自分と護衛の三人に星の加護を掛けて守りの力を高める。「スバルが人質に取られている」と思わせることが出来れば、あちらも簡単に護衛に手を出すことはしないだろう。
──祈る。目を瞑る。閉じた瞼の向こう、広がる宇宙を手の平に込める。この世界に覆い被さる青空、その向こうに広がる宇宙に思いを馳せるように。
目の奥が、熱い。ぱち、ぱち。火花のように散った光たちは星。ビー玉のような大きさから、塩の結晶ほどの大きさのものまで。様々に零したビーズのようなそれらへ、力を貸してほしいと手を伸ばす。指先、触れる。ころんと弾ける。淡い光が溶けて、アステールを包む……この瞬間が、星から力を借りる瞬間だ。
しかし。
ふっ。
(!?)
刹那。アステールを包んだはずの光は煙のように霧散してしまった。
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