第13話 誘拐

 ──ガタコト、ガタコト……がたっ!!

(……!)

 平穏な日々に、突如として地鳴りが起きたかのような衝撃でアステールは目を覚ました。薄暗い空間。小さな穴が一つ。芝の匂い。蹄の音。手足は紐で縛られた感覚。数度身じろぎをすることで、漸く空間を把握する。

 ここは、人一人が入る箱の中のようだった。アステールは、この箱の中に詰められている。且つこの箱が乗っているのは……馬車、であると推測する。

 先程大きく揺れたのは、大方車輪が石にでも乗り上げた音だろうか。

 箱に空いた小さな穴から、辛うじて箱の外が見えた。当然、明瞭には見えないが……先ほどの男。一、二、三人。

 壁一枚隔ててはいるものの、会話が聞こえてくる。

「上手くいったな」

「星の巫女も、力を使わせなければただの女か」

 奥歯を噛み締める。男の言う通りだ。星の力を使わねばこうも易々攫われる自分に苛立つ。

(スバル様に『自分に構うな』と宣っておきながらこの有様か……)

 しかし後悔している暇もない。何が目的か。何処へ運ばれているのか。自分で探り当てて脱出するのが、今為すべきことだ。

 まずは情報収集。まだアステールが目覚めていないと思っている男たちの、会話に耳を傾けた。

「これで助かったな」

「いや、まだ安心するのは早い……相手は気の強い令嬢様だ。こちらの要望が何処まで通るか……」

「そこはぁ暴力だよ暴力!! 暴力で脅せば全て解決だ!!」

「相変わらず血気盛んだなお前は。令嬢を捉えたとき、一発殴ったりしなかっただろうな?」

「信用ねぇなぁ。ちゃんと睡眠薬で眠らせましたよっと」

 どうやら、このチャラチャラした口振りの男がアステールを眠らせた犯人らしい。殴られていたかもしれない、と考えるとぞっとする。体に痛みはない。言葉は本当のようだが。

「我々がするのは対話だ。スバル様は争いを望まない」

「攫うなんて強硬手段に出ておきながら、言うねぇ」

「スバル様、お怒りにならないだろうか……」

「回り回ってスバル様の為になる。あの方も分かってくれるさ」

 あとの二人は、形容するならば先程からあれこれと不安を滲ませている男と、冷静に場を纏めている男。三人目がリーダー格なのかもしれない。

(目的は分からない……が、この男たちはスバル様の為に動いている?)

 スバルに従属する者たちということか。しかし貴族の者にしては身なりが貧相だ。いかにも「一介の農民」という風貌にしか見えない。

 馬車からも芝の香りがするし、農業用のそれに思える。

(ここから先は、本人たちに直接聞くしかない)

 男たちは、アステールに何か要求を通すつもりだ。即ち、目覚めたと分かったところで直ちに暴力を振るわれるわけではない。男の話を信じるのであれば、手荒なことはされないようだし、利害の交渉であればアステールの得意分野と言える。一先ず話を確かめるのが先決だ。

「ここを開けなさい!」

 叫ぶと、馬車の中が一瞬静まった。

「お目覚めか」とリーダー格の男が呟く。暫く物が擦れる音があったかと思うと、箱の蓋が開けられた。

「おはようございます、ご令嬢」

「早ぇ目覚めだったな」

「手足を拘束して、そんな狭苦しいところですみません……」

 三人の男が次々に口にする。

 アステールは上体を起こした。真っ直ぐと彼らを見据える。口が塞がれていないだけ良い。

 凛々しい態度のアステールに、男が口笛を吹く。

「怖気づいてないねぇ。流石は令嬢サマだ」

「私に何の用か、聞かせてもらおうか」

「おうおう? 自分の立場が分かってねぇのか? そんな態度で良いのか? お?」

「お前が口を開くとややこしくなる。やめろ」

 リーダー格の男が制止した。「へーい」とチャラチャラ男。

「俺だけは名乗ろう。俺はユノー。まずは手荒なことをしてすまなかった」

「謝るくらいならば、しなければ良いと思うが」

「こうしなければ、話を聞いてもらえないと思ったのだ」

 理性的に見えて、思考は粗悪に出来ているらしい。

 口を挟まず、話を先へ促す。男……ユノーは手を組み、膝に肘をついた。

「率直に言おう。アステール嬢。スバル様と婚約を結べ」

「……何?」

 まさか、この男たちの口からそんな話が飛び出すとは思わなかった。

 スバルとの婚約。本人からは散々提案されているが、何故彼らがそんなことを気にするのか。アステールとスバルが婚約することで、彼らにも何かしらの利があるのか。

 それに。

「要求は承諾しかねる。その話は私に利がない」

「……お噂通り、利害の一致で物事を考えるお方だ」

「でも、そんなこと言ってて良いのかねぇ」

「口出しするなって言われたのに……」

 ユノー以外の男の声が加わる。

 アステールは眉を顰めた。

 溜息をついたユノーは、がしがしと後ろ髪を掻く。それからもう一度口を開いた。

「まずなぁアステール嬢。貴女を誘拐するような男たちが、貴女自身の利など気にすると思うか?」

「自覚はあるんだな」

「一応な。だからこの要求は一方通行のモンだよ。貴女がどう考えようが知ったこっちゃない。アンタは俺らの言ったことを飲むだけだ」

「……」

「それになぁ。アステール嬢にとっても悪い話じゃあないと思うが。スバル様、いい方だし」

 アステールは奥歯を噛み締めた。そんなことは、要求に喜んで飛びつく理由になどならない。

 人間とは、移ろうものだ。優しさも情も、何かがあれば揺らいでしまう。結局は利害関係が一番にものを言う。アステールはそのことをよく知っている。

 それに、アステールが安易に婚約を結べないのにはもっと大きな理由がある。

「お前たちは、私が特定の誰かと婚約をすれば、どうなるか分かっているのか?」

「ほう? どうなるっつーんだよ」

「だから、黙っていようよ……すまないユノー」

「さて、どうなるんだか」

「戦争が起きる」

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