第14話 やはり、そうだった

 ──ガタコト、ガタコト……。

 車輪の音が。四人の中心に渦巻いた。まるで事の深刻さを切々と心に訴えかけるように。沈黙は、アステールの味方だった。誰も声を発さない空間こそ、深刻さを増す。

 しかしユノーたちは、興味深そうな顔をするだけだった。ただ一人、心配性な男はあわあわと口を塞いでいるけれど。

「私を娶るとは、『星の巫女の力を手に入れる』ということに等しい。私は今、様々な星と提携を結び、何かの利を与えてもらう代わりに等しくこの力を貸している。それが何処か一つ特定の星のものになったら、どうだ? 一部の者は『力を贔屓して分け与えるのでは』と考えるはずだ。そうなったら戦争が起こる。私の持つ星の巫女の力とは、そういうものなのだ。世界を揺るがすものなのだよ」

 だからこそ、婚約には慎重にならなければならないし。

 生涯孤独に過ごす覚悟さえ、アステールは持っていた。

 こんな誘拐「如き」で、スバルとの婚姻を認めるわけにはいかない。

 男たちの反応は、窺い知れない。何を考えているのか、分からない表情だった。

「……随分と、自分の力に自覚的だ。その価値を分かっている」

「当たり前だ。何年この力に振り回されたと思っている」

「苦労もさせられてきたってか? 泣けるねぇ」

「確かに戦争は望まない……が。それが目的だから仕方ない……よな。ユノー?」

「……何?」

 それが目的。ユノーの顔を見やる。

 リーダー格の男はしっかりと頷いた。

「そうだ。我々はスバル様とアステール嬢が婚姻関係となることで、その星の巫女の力を手に入れることを目的にしている」

「……結局この力が目的か」

 昔からこの力を巡っては色々なことに巻き込まれた。慣れてはいるが、流石にうんざりする。

 星の巫女の力をレアディスのものにしようと目論んでいるわけだ。

 それがスバルの為になると見込んで。スバルに黙って。わざわざ爆発でスバルの気を逸らし、その隙にアステールを攫ってまで。あまりの身勝手さに怒りを通り越して呆れてくる。

「しっかしスバル様も甘いよなぁ。こんな女、無理矢理にでも婚約しちまえばいいのに。ご丁寧に恋愛の手順踏んじまってさ」

「何だって?」

「おい黙っていろ」

「分かんねぇのか? 令嬢サマ。スバル様だって星の力欲しさにアンタに近付いたんだよ!! そりゃあ俺たちのやり方は手荒だったさ? でもそりゃあスバル様のやり方が回りくどかったからってだ、け、だ。こうして脅した方が早いからやってんだ。スバル様の為にやってんだよ」

「全部喋ってるよ……」

「はぁ、まったく……まぁ、そういうことだ」

「…………」

 言葉も、出なかった。

 世界が昼から急激に夜へ変貌したかのように。視界が暗く。音は遠く。肌の表面には冷ややかさが纏わりついていく。ユノーが「あぁ、ちなみにアステール様の護衛二人も予め人質に取ってある。拒否権はない」などと言っているが、そんな声も、今は遠かった。

 手足から、指先の感覚が無くなっていく。肉体という皮を脱ぎ、精神だけが離脱して浮遊してしまったかのように。

 何も、感じられない。

(……やはり、そうだったのだな)

 スバルの目的は、アステールの力だった。

 レアディスには星の力など要らないと言っておきながら。

 ただ一緒にいる時間が欲しいと、無垢な顔を見せておきながら。

 アステールの海のように深く青い眼が、深海に沈んでいく。

(これだから、人など信頼するべきではないのだ)

 胸が痛む。心臓の中の、何処か。「ここ」と指し示すことの出来ない部分が、じんじんと痛い。何故だろう。何故目元まで熱くなるのだろう。自分は何に期待していたのだろう。

「話は以上だ。目的地に着くまで、大人しくしていろ」

 言われなくとも大人しくなったアステールにユノーは言い放ち、それきり三人は黙ってしまった。

 アステールは俯く。考えなければ。ここから脱出する術を。しかし頭に薄靄がかかったように何も考えられない。自分はこんなに無能だったか。

 星に導いてもらおう。と、考えて瞼を閉じる。……が、こちらも上手く行かない。集中できなかった。


 ──『貴女は星の巫女としてのみ、生きていくのですよ。星の巫女であることそれのみが、貴女の価値なのですからね』


 頭の中で、星の呼び掛けの代わりに母の声がする。

 その呪いじみた言葉が、アステールに「今のお前に価値は全く無い」と吐き捨てた。

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