第12話 不覚
「!」
「!? 何事ですの?」
スバルは勢いよく立ち上がり、アステールは無意識に呟く。
続いて爆発音がもう一つ、鳴る。音の遠さから推測するに、この屋敷周辺の爆発ではないが、それにしても一大事には違いないだろう。事故か故意による事件か。
スバルを見やる。彼の双眸は心配と凛々しさを湛えていた。何が起こったかという不安、しかし一国を背負う立場としての落ち着き。器がきちんと成っている、とそんな場合ではないが感心した。
「スバル様」
「ご心配なさらず、アステール様。こちらですぐ何とか致します」
「そうではなく。……現場へ行かれては?」
アステールの提案に、スバルは大きく目を見開いた。
「それは、貴女の下を離れることになってしまう。私は護衛の方から貴女の身の安全を託された身。行くわけにはいきません」
「私を誰と心得ておりますの? 星の巫女アステール・スピカ。自分の身くらい自分で守ることが出来ます。勿論、貴女に責任などありません」
「しかし、私が騎士たちに現場へ向かうよう要請すれば良いだけのこと」
「何より、貴方の顔が言っています。……『向かいたい』、と」
そこまで告げると、彼は口を噤んだ。静寂が、図星であると告げている。
そうなのだ。スバルからはずっと、すぐにでも駆け付けたいという気持ちが溢れている。それは確実に、国民を案じるが故の感情だった。
彼は、アステールのように利害で物事を考える男ではない。「土地や民が失われては損失である」という考えではなく、純粋に、民を心配しているのだろう。そんな人間を引き留めるほど、アステールも冷酷ではない。
今もなお響いている爆発音。音は小さいが、断続的だ。いつ鳴り止むのかも分からない。
「向かわれてください。私のことは構わず」
数秒の逡巡があった。否、一瞬だったかもしれない。
もう一度首を横に振ろうとする気配があって、けれどアステールの青い視線に射止められる。その決意を受け取ったのか、すぐに彼の顔は引き締まった。
「感謝します。この埋め合わせは必ず」
秘密の花園を駆けた背中が、すぐに小さくなっていく。
アステールは小さく息をついて、椅子に深く腰掛けた。
護衛を呼び戻したいが、ここで勝手にその場を動くのは得策でない。スバルの余計な心労を増やしてしまうことになるからだ。星の力は連絡方法には成り得ない。あくまで治癒や、アステールを導く占星の力であり、万能ではないからだ。
せめて、と瞼を閉じる。星の力を周囲に巡らせ、こちらに近づいてくる不審な人影や危険が無いかを「見」る──。
(……? こちらに近付いてくる人影が、二人?)
目を閉じたまま、眉を潜めた。
人影は、あくまで「影」としてアステールに示されている。誰かまでは判別が付かなかった。二人の護衛を、スバルが呼び戻してくれたのだろうか。
その可能性はある。ここはアケボシ家内の秘密の花園。この場所を知っている人間自体が少ないだろう。
警戒は怠らない。人影をもっと明確に見るため、アステールは集中の色を濃くした。注視する。その間にも、人影は近付いてくる。逃げた方が良いか。このまま見るべきか。巡る。頭を、様々な選択肢が。
(! 見えた)
瞬間、顔がはっきりと、頭に浮かぶように映し出された。
それは……アステールの、知らない顔だった。
スバルが送り込んだ別の騎士か。しかしその考えはすぐに打ち消される。
纏う空気が、煙のようにおどろおどろしい。
アステールの判断は早かった。席を立ち、男たちの来るのとは逆の方向へ小走りに駆ける。動きにくい服装だ。裾を踏まないように留意しながら、草陰に隠れるようにして飛び込む。
男たちが姿を見せたのは、その数秒後だった。
「あの令嬢がいない」
「何? ここから出てきたのはスバル様ただ一人だったというのに……」
(……一体何者だ?)
男二人は、自分を探している。
アステールは息を潜めて耳をそばだてた。出来ればもっと彼らから距離を取りたい……が、動いてしまっては忽ち、草花がさわりとアステールの居場所を知らせてしまうだろう。
逃げ出すのが遅かった。行動に慎重になっていたとはいえ、そう思わざるを得ない。
「相手は星の巫女だ……勘付かれたかもしれないな」
「スバル様があの令嬢をこの星に連れ込んだ。今回が唯一のチャンスだ。まだ探すぞ」
連れ込んだ。チャンス。何のことだろう。
あの男たちとスバルは、何か関係があるのだろうか。
とにかく見つかるべきではない。それが分かるだけで十分だ。
アステールはゆっくり。ゆっくりと体の方向を変える。その場から離れようとして。
背後にいた、もう一人の男と目が合った。
(しまった、もう一人……!)
前の二人に気を取られていて気付けなかった。正規の入り口でない場所から来るとは。
男はにぃっと薄い笑みを浮かべる。
「見つけた」
口元が塞がれる。甘い香りを嗅いだ瞬間、アステールの意識は落ちた。
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