第9話 スバルのお願い

 ポータルによって、一瞬でレアディスに到着する。二人の護衛もそれに続いた。

 目の前に広がる景色に、アステールは息を飲む。

 ──そこは、平屋状のお屋敷だった。見たところ、多く見積もっても三階建てと屋根は低く、しかし横に広い。木の柱が際立つように設計された屋敷からは、自然の温かみが感じられた。家に影を落とす茅葺の屋根が、一層それを感じさせているのだろう。大きく構えたその姿には膨大な時間を感じ、この屋敷が長くここに佇んでいることを思わせる。

 端的に言って、アステールの星では見たことのない美しい家だった。

 当然だ。レアディスは長く他の星との交友を絶っていた。誰も写真も噂話もしないため、「初めて」見る光景に驚かされるのだ。

「いやぁ、私の屋敷があるここは田舎にあるのでお恥ずかしい。もう少し都市部に行けば、科学力を感じていただけると思うのですが」

「いいえ……とても素敵ですわ」

 素直にそう告げる。

 するとスバルは照れ臭そうに微笑んだ。

「そう言っていただけると、とても嬉しいです。もっと見せたいところがあるのですよ。少し、失礼」

 一声掛けるが早いか、スバルはアステールの手を取った。

 導かれるように歩いていく。足元の草花はさわわと爽やかに。アステールが通る度に倒れて、まるで避けていくようだ。

 二人と護衛たちは、そのまま屋敷の裏手に回った。裏手に回ると──ここは丘の上だったらしい──目下、広々と自然の広がるレアディスの景色が見渡せた。

 再び息を飲んでしまう。アステール星にもこのような田園風景がないわけではないが、ここまでに見渡せる場所は中々ない。透き通った風が爽やかに、アステールの頬を撫でていく。

「ようこそレアディスへ。貴女をお招き出来て嬉しいです」

「……お招きいただき、光栄ですわ」

 確かにこの景色は、これ以上にない歓迎の風景だ。訪れ、足を止める価値に値する。これがレアディスの、スバルの守り続けてきた風景なのだろう。近年は誰一人として足を踏み入れていない未踏の地。今自分が降り立っていることに、素直に感動を覚えた。

 後ろの護衛も風景には見惚れているようで、言葉もない。

 スバルは再び微笑むと、さらにアステールを手招きする。

「あとこちらへ来ていただけませんか? まだ見せたいものがあるのです。あぁ街の方にもお連れしたいな、きょう一日だけで足りるだろうか……」

「お、落ち着いてくださいまし、スバル様」

 あれこれ一人で想像を膨らませている彼は、頬を興奮気味に上気させている。まるで子どものような無邪気さだ。

「時間は無いのです。急ぎましょう」

「そんなに急がなくとも」

「いいえ急ぎますよ。今日は私がアステール様に『お願い』を聞いてもらう日なのですからね」

 その言い草に口を噤む。婚姻の二文字が過ったが、ふるふると首を横に振った。我ながら早計過ぎだ。

 その証拠に、スバルは。

「あぁ、まだ言っていませんでしたね。今日の目的」

 振り返り、心の底から笑って。

 その「願い」を口に出したのだ。

「今日一日、私とデートしてください。護衛の方無しで」

「……はい?」

「おや、貴女の驚いた顔を見るのは二回目だ」

 スバルは楽しそうに目を細める。

 右の金が、日の光にきらきらと光って美しかった。

「時間を下さいと言っているのです。今日は私に、付き合ってもらいますからね」

「それはすなわち」

 今日一日、スバルと一緒にいればいいということか?

 あまりに小さなお願いに、拍子抜けしてしまった。

「そんなことでよろしいのですか?」

「そんなこととは何ですか。大切なことですよ」

「だって私は、貴女に助けてもらったのですよ」

 驚きの次に、湧いて出てきたのは多少の苛立ちだった。

 それでは等価交換にならない、と思う。自分ばかりが借りを作っているではないか。してもらったことに見合った価値を提供出来なければ、後々の信頼関係にも響く。スバルがアステールに大したことを望まないのは、アステールからすれば「貴女は何も出来ないでしょう」と言われることとほぼ同義だ。

 どういうつもりなのか、と問いただす前に、スバルの方が肩をすくめた。「納得いっていないご様子ですね」。

「アステール様。貴女には分からないかもしれませんが、私にとってアステール様と共にいられることは、それだけで意味あることなのです」

「それにしたって」

「にしても、嬉しいですね。『共にいること』がお礼として『見合っていない』と貴女が感じるということは……アステール様が、それほど私に感謝してくださっているということだ」

 アステールは黙り込んだ。

 それはそうなのだが、改めて言葉にされると何というか、気恥ずかしい。

(スバル様と一緒にいると、調子が狂うな……)

 手が差し伸べられる。助けられたあの夜のように。

 アステールはその手を数秒見つめてから、ゆっくりと手を取った。

 自分の気持ちがどうあれ、それがスバルとの約束を叶えるということになるのなら。

「そういうわけだ。お前たち、どこかレアディスを観光していろ」

「そんな、アステール様と離れるわけには」

「約束を守るためなのだ。大丈夫、私に何かあっても責任を問うことはしない。休暇だと思え」

「ですがアステール様」

「優秀な護衛だね。安心してくれ。私がついているからには、危ない目には合わせない」

 柔らかさの中に、少しの鋭さが混じった声色だった。

 その真剣さを感じ取ったのか、護衛たちは何も言えなくなる。第一アステールとスバル、二人に逆らえるような立場ではないのだ。護衛たちは頷き、踵を返して何処かへ歩いて行った。

「……さて、これで邪魔者はいなくなりました」

「私に何を望むつもりですか?」

「話が早い」

 ぱんっと両手を叩いたスバル。

「今のままでも十分素敵ですが……まずはおめかしといきましょう」

 どうやらスバルは、アステールを困らせることがよっぽど得意らしい。

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