第10話 貴女の価値は

 どうしてこうなった、と思う。

 そのあとアケボシ家の屋敷に連れ込まれたアステールの目の前に広がったのは、豪華絢爛な色をしたドレスの数々。「この中から選んで着替えてきてほしいのだ」という。

 しかしそれはアステールの見たことのないドレスの形だった。

 何と形容したら良いのか……そう、まるで一枚布なのである。両腕の袖口がかろうじて縫われている一枚布を体に巻き、それから帯で胸元の下あたりを締める。コルセットの経験はあるが、それとはまた違った圧迫感だった。

「帯を失礼いたします」

「胸を張って前を見ていてくださいな」

 あれよあれよとアケボシ家の侍女に着付けを為される。それからはあっという間だった。鏡の前に、普段と違う赤い服を纏ったアステールがいる。それは自分自身で見ても新鮮な光景だった。

「あら素敵!」

「スバル様もきっとお喜びになりますわ!」

「……ありがとう」

 笑い合いながら、賑やかな。アケボシ家の侍女たちに少々戸惑う。無表情で淡々と仕事を熟していくスピカ家とは大違いだ。いや、そうしたのはアステールなのだが。

 終わりかと思えば今度は髪の毛を弄られる。最初は遠慮をしたのだが、押されるがままに髪を結われ、それから髪留めを施された。

(押しが強いのはこの星の人間の特徴なのか……?)

 諸々の身支度が終わった頃には、全く様変わりした──しかし疲弊した──アステールの完成だ。

「あぁ、とっても似合っております。アステール様」

「スバル様……これに一体何の意味がありますの?」

「我儘の一環だと思ってくれて構わないですよ。レアディスの正装に身を包んだ貴女を見てみたかっただけさ」

 どうやらこれは着物という正装らしい。なるほど美しいが、これは心なしか歩きづらい。よたよた歩くアステールの歩幅に合わせ、スバルが手で導いてくれた。

 知らない道を行く。その道は段々と、花の香りが濃くなっていった。方々から身を包む甘い香りに、自然とふわり、心は落ち着いた。香りだけでなく、その姿も視界に移り始める。道に沿うように利口に並んでいるのはツツジの花だろうか。桃色や白色、葉の緑色。目にも優しいそれらはきらきらと、雨上がりの露に濡れ美しさを増していた。

 それから次第に花の種類が増していく。小ぶりのサクラソウ、丁寧に手入れされているであろうバラ、名も知らぬ花まで。そうして極めつけに見えてきたのは花のアーチだ。左右はもちろん、頭上まで囲まれた彩りの景色に思わず息を飲んだ。花に遮られた日陰の中、まるで、この世界にスバルと二人きりのような気がしてくる……なんて考えた自分に、頭を横に振った。

 どうにもおかしい。知らない土地、知らない服、美しい風景に、些か心が浮ついているようだ。

「私が貴女を本当にお連れしたかったのはこちらです……ようこそ私の、秘密の花園へ」

 アーチが開ける。

 そこには、小さな白い机が一つ。向かい合うように置かれている椅子が二つ。机上には同じく二つ分のティーセットが置かれていた。三百六十度、花に守られた。まさに「秘密の花園」と呼ぶべき場所。

「ここで二人お茶会……よろしいですか?」

 優しく問うてくる男に、アステールはふいと小さく目を逸らした。

「よろしいも何も。私は貴方の約束を守るためにここにいるのです。何でもお付き合いいたしますわよ」

「ふふ、対応はつれないですが、嬉しいですね」

 仮にも令嬢に「つれない」などと。事実だが、本当にスバルは不思議な男だ。

 席を勧められ、アステールは席を下ろす。その向かい側に、スバルが着席してお茶会は始まった。何だか、ここに来るまで本当に至れり尽くせりである。

 これではおかしい。アステールばかりが施しを受けているではないか。彼自身は「アステールとの時間」こそが重要というが、本当にそうだろうか。ここで疑ってしまうのが、悲しい哉、一国を治める令嬢の性だった。いや、令嬢である以前に、一人の人間であった。


 ──『貴女は星の巫女としてのみ、生きていくのですよ。星の巫女であることそれのみが、貴女の価値なのですからね』


 もう、あんな思いをするのは懲り懲りだから。

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