第3話 先の戦


王城の制圧は簡単なものでした。平時、城に詰めている衛兵、近衛騎士は合わせて百人ほどです。


今はそれよりも使用人の方が多いぐらい。結婚式を明日に控えていることもあって少なくとも通常の倍の二百人は働いていたことでしょう。


ジャンの手によって捕らえられた王侯貴族たちが謁見の間に集められて来ました。ブリンケン王を筆頭に、ラウール王太子と王家の方々、そして、結婚を控えて事前に城入りしていたボドワン・ワトー伯爵とその一派。もちろん、マリエット・ワトーも。


彼らはお父様の仕業だと思っていたようです。男装の私を見た途端、青ざめていました。


お父様ならどこかで折り合いを付けられる。命までは取られない。ですが、私は別です。常識的に考えれば、私は刺し違えるつもりでここにいる。


ジャンはラウール王太子の襟首を掴んで私の前に引き出しました。私がジャンに首をねよと命じればジャンは躊躇なくそれを実行するでしょう。ラウール王太子はひざをつき、神にでも祈るかのように両手を握り、私に許しを乞うています。


マリエットは私と目を合わそうとはしません。大人しく目立たずに小さくなっている。こんなこと絶対に上手くいかないとお思いなのでしょう。その証拠に間違ってもラウール王太子のせいにして命乞いはしない。生き残った後を考えている。


「地下牢に」


色々と言いたいことがありましたが、彼らを前にして思い付く言葉はその一言だけでした。


ジャンらは全員を引っ立てて行きました。ブリンケン王はお怒りのようです。我が十万の兵が黙っていないと啖呵たんかを切った上で、私を口汚く罵り、貴様の手足を切り取り、絶対に平民の前でギロチンにかけてやると廊下の奥までしつこく叫んでいました。


流石は腐っても王様です。十万とはよく言ったもので、私たちがブリンケン王らを人質にして王城に立て籠もること二か月。


今はブリンケン王がおっしゃった通り将兵諸侯合わせて十万の兵がこの王都にいて、この城を囲んでいます。


私は日々、城壁から外を眺めていました。彼らは私たちがブリンケン王を握っているからおいそれとは攻撃出来ない。


彼らからも私の姿は見えていることでしょう。私が王や王太子を殺すことに躊躇しないと彼らは思っている。今のところ交渉人が堀の前で叫ぶだけ。私がまだ誰も手にかけていないことからそれは当分続けられるのでしょう。


といっても、彼らとて悠長に構えてられない。そんなに長くはここに留まることは出来ないのです。彼らの兵は十万。兵站へいたんはいつか尽きるものなのです。


王都の市街地ではすでに兵による略奪も行われていました。こちらとしてはまだ全然余裕がある。城の備蓄に加え、ワトー卿が娘の結婚式のために運び込んだ食糧。それに私たちが持ち込んだ物もある。


それは彼らも分かっているはずです。私たちが将兵諸侯の食糧が尽きるのを待っている。城から討って出る可能性は微塵もない。


「準備は整いました」


ジャンが私にそう報告しました。私たちは彼らの心の隙を突いてこの囲みから脱出する。


言うまでもなく、私は実戦を経験したことがない。先のいくさ、敵国ジドとの戦いもアルナルディ領内のカストから戦場のお父様に助言を送っていただけのこと。戦場に立つことはなかった。


ジド国との国境はマイ河に沿って引かれています。それは南から北へ流れる大河なのですが、河上から河に沿って五つ都市がある。山岳地のテベ、そしてラミ、パト、ザマ、河口のシオ。それらはほぼ均等の間隔で位置しています。


距離にしてそれぞれ四百キロ前後といったところでしょうか。テベとシオの間でいうと約千六百キロとなります。


ジド国の侵攻はそのマイ河の両端の都市、水源でもあるテベと肥沃な土地シオの二方面で行われました。敵兵力はそれぞれ五万。南北合わせると動員されれた兵は十万となります。


対して私たちリア国もテベとシオに五万ずつ。お父様のアルナルディ公は三万の手勢を率い、シオ方面軍に加わっていました。


お父様たちリア軍がジド軍と河を挟んで対峙してから三週間。山岳地のテベ方面軍から報がもたらされました。


テベでの戦いで敗戦し、ジド軍の渡河を許した。


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