第86話 パーティ出席準備
「じゃあ、俺はそろそろ抜けるわ」
そう言った瞬間、さっきまで鋭かったまなざしがノア本来の穏やかなものに変わった。そして少し苦し気に背中を丸めた。
「すいません。憑依をされると体力の消耗が激しくて……」
「おお、そうか。なら少し休むと良い。床を用意させよう」
「いえ、もう帰ります。ありがとうございました」
「そうか……」
結局息子との会話をほとんどできず、大公は少し寂しそうな顔をした。
「ところで、今年の私の生誕パーティには参加できるのか? お前は毎年欠席だったが……」
帰り際に大公はノアに声をかける。
庶子であることをはばかり、ノアは体調を言い訳にしてパーティは毎年欠席であった。しかし今年は、晴れてマールベロー家の令嬢の婚約者候補の一人として選ばれた。貴族社会への顔見世も行うには、父親の生誕パーティは絶好の機会だ。
「そうですね。出た方がいいでしょうね」
状況を推察しノアは返事をする。
「マールベロー家宛てに招待状を送ろう」
◇ ◇ ◇
「大公殿下の生誕パーティですか? セシル様はまだ社交界デビューを果たしておられませんし、政治的にも難しいかも……」
大公生誕パーティの同伴者についてだが、ヴォルター他、マールベロー家の人間は頭を悩ませてる。
婚約者候補であるセシルが一緒に出席するのが一番筋は通っているが、王太子との婚約を辞退しているうえで大公家のパーティに出席したら、それこそ政治的な立場を疑われかねない。
ここは社交界デビューを果たしていないということで、欠席する方が無難である。
「お気遣いなく、僕が一人で行ってきますので」
ノアは丁重に断った。
しかし、国のナンバー2的な立場の人物を祝う大々的なパーティに一人で参加するというのも、周囲には少々わびしく映る。公爵家の令嬢の婚約者候補になったゆえ改めて招待したいという父の心遣いを、ボッチで参加では無にしてしまうというもの。
「あの、私の名代としてアンジュに一緒に行ってもらうというのはどうかしら?」
セシルが提案をした。
「えっ、私ですか?」
セシルの言葉にアンジュが困惑する。
「なるほど、それは妙案です。アンジュさんはセシル様の筆頭侍女ですから『名代』と言う立場は不自然ではありませんし、しかも名門ジェラルディ家の令嬢でもあるのですから、大きなパーティでも決して見劣りする立場ではありません」
ヴォルターが手を打って賛同した。
「まあまあ、坊ちゃまお一人では、もしお体の具合が悪くなったら、と、心配しておりましたが、アンジュさんがご一緒なら安心ですわ」
ばあやも賛同する。
「え、あの……」
アンジュは周囲の人間を見渡した。
「ねえ、ダメかな、アンジュ? あなたに頼むのが一番うまく収まるのだけど?」
セシルが近づいてアンジュに懇願する。
「セシル様がそうおっしゃるなら……。でも、ノア様は……?」
「アンジュ殿さえよければ……。あの、僕はパーティに出席したことがなくて、エスコートとかいろいろ不手際があるかもしれないけど……」
ノアがおずおずとアンジュに申し出る。
「そうなのですか? 実は私もパーティなるものは幼いころに両親に連れられて行った経験しか……。もっと慣れた方を同伴者にお願いしたほうが……」
アンジュが遠慮がちに言う。
「おお、それではアンジュさんにとってもデビュタントになるわけですな」
しかし、逆にヴォルターが盛り上げるように言った。
「では、ドレスを新調ね。『パレ・フルール』に明日にでも来てもらいましょう」
セシルが自分事のようにはしゃいだ。
「そんな……、私ごときがセシル様と同じ公爵家御用達の店のドレスを……」
アンジュはうろたえる。
「私の名代としていくのだから当然よ。お金も公爵家で払うから心配しないで。ノア様、一緒に行かれるのだからあなたのも同じ店で仕立てます。お揃いの方が様になりますものね」
「わかりました。でもお金の方はそれでしたら僕が出します。支度金も父からもらっていますし……」
「いいえ、マールベロー家の名を出した方がいろいろと便宜も図ってくれるし、サービスもしてくれるから、ここはどちらもうちが払わせてもらうわ。そういうことで、ヴォルター、お願いね」
「かしこまりました」
ヴォルターが返事をする。
「ふふ、楽しみ」
出席予定の二人が困惑しているのとは対照的に、出席しないセシルはなぜかとても楽しそうである。
「どんなドレスがいいかしら? アンジュ、デビュタントでどうしても着たい色とかデザインはある? アクセサリーはそうね、ノア様の瞳の色に合わせた石がいいかしら?」
「セシル様、私がノア様に会わせては後々変なことに……」
はしゃぐセシルをアンジュは抑えようとする。
「そうかしら? アイスブルーダイヤモンドだったら、クセがないし長く使えるわよ」
「そんな高価なものを……」
「いいじゃない、さっきも言ったでしょう」
パーティ用の衣装とアクセサリーを考えるセシルの想像が止まらない。
「でしたら、そのアイスブルーダイヤモンドは僕の方が贈ります。先ほども言った通り父からも支度金はもらいましたし、同伴してくれるお礼もしたいです。セシルはドレスの方の用意を」
「えぇっ、両方ともマールベロー家でするわよ!」
「いやいや、せめて一部だけでもアンジュ殿の御仕度は……」
「あの……、お二人とも!」
兄妹けんかのような言い合いをするセシルとノアを抑えるのは、アンジュでもできそうになかった。
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