第87話 アンジュ・ジェラルディの縁談
王家に次ぐ権力者、デュシオン大公の誕生日を祝うパーティで、アンジュ・ジェラルディは、ひときわ出席者の目を引いた。
世間からは隠れた存在だった大公の庶子ノア・ウィズダムが、マールベロー公爵家の令嬢の婚約者候補の一人に選ばれ、この度初めてデュシオン家の祝いの宴に出席した。
それは噂雀たちの好機の目を引いていたが、その彼の隣にいる令嬢の美しさと気品が下種な好奇心を払しょくした。
「セシル・マールベローの名代として、アンジュ・ジェラルディがお祝いを申し上げます」
「おお、あの時の侍女長さんか。見違えたよ」
大公は相好を崩し、息子ノアの隣にいる令嬢に見惚れた。
光沢のある
アンジュの胸元の大粒のアイスブルーダイヤは会場のシャンデリアに生え、一組の美しい錦絵のようなカップルである。
「ゆっくり楽しんでいってくれ。まあ、今後のことはセシル嬢の意向にもよるが、いかなる結果を出そうと私は助力を惜しまないよ」
「ありがとうございます」
次の人間のあいさつのためにアンジュとノアが大公の元を離れ、会場の中央へと移動していく。
「あやつめ、変なところまでわしと同じになりはしないだろうな……」
他人には聞こえない小さな声で大公はつぶやいた。
◇ ◇ ◇
大公家のパーティに出席したアンジュは、それ以降、貴族社会の結婚市場において、超優良物件のような立場に置かれるようになった。
建国以来の名家ジェラルディ家の令嬢にして、マールベロー公爵家の跡取り娘の腹心、おまけに美人で聡明。
マールベロー家にはアンジュの縁談についての問い合わせの手紙が多く寄せられるようになった。
「いやはや、侯爵家からも問い合わせが来ておりますね。予想はしておりましたが、これほどのことになるとは……」
アンジュに送られた手紙の束を見せながら家令のヴォルターが言う。
「馬子にも衣装効果すげえな」
同席していたアンジュの弟リアムが言う。
「ちょっと、リアム失礼よ! そりゃ公爵家の総力を挙げてアンジュを着飾らせたけど、本来の実力が出ただけでしょう!」
セシルが猛然と反論する。
「アンジュさんが希望されるなら、対面の場を作りますがどういたしましょう?」
ヴォルターが聞く。
アンジュは返答に困り考えこむ。
「アンジュさんがセシル様の筆頭侍女であることは世間でも周知の事実です。つまりここに問い合わせを寄せている家門はみな、マールベロー家との縁も一緒に結びたいを思っているところでしょうな」
「つまり、公爵家の味方と言うことですか?」
ノアも考え込む。
「そうですね。アンジュさんの伴侶となるかたはとりもなおさず、セシル様の後ろ盾にもなりますから」
ヴォルターが答えた。
「では、そういうことも考えてお相手を決めなければならないということですね」
アンジュがぼそりと言う。
「アンジュがそんなこと気にする必要はないわ。家門がどうとかではなく、アンジュが気に入った殿方を……」
セシルがアンジュに言う。
「でも、もし両親が生きていたら、ジェラルディ家に利をもたらすお相手との縁組が決められていたはずですわ」
「ああ、そっちも気にする必要はないよ」
リアムも手をひらひらとふりながらアンジュに言う。
「あら、いいことも言うじゃない」
セシルがからかうような口調で言う。
「俺はいつでもいいことしか言わない」
リアムがどうだというポーズを見せる。
「アンジュは結婚をしたいのですか?」
ノアが不安げな表情で質問する。
「いえ、まだそう言ったことは考えられなくて……」
アンジュが答える。
「しかし、アンジュさんくらいの年齢ならもう婚約者がいてもおかしくはないですね」
ヴォルターが言う。
十歳にならないうちに婚約者(今の時間軸では候補だが)を決めなけえばならないセシルのケースは、あくまで王家に連なる高位貴族の特殊例。しかし、伯爵クラスの家門でも、アンジュのような十代半ばの令嬢ならそろそろ相手が決まってもおかしくない。
「まあ、いいわ。これはジェラルディ家が話し合うことだしね。あとはご姉弟でごゆっくり。私は部屋に戻るわ。ノア兄さま、エスコートしてくださる?」
ツンとした表情でセシルは言い、ノアに手を差し出した。
「そ、そうですね……。じゃあ、部屋までご案内しましょう」
困惑しながらもノアはセシルの手を取り一緒に部屋を出て入った。
「ふむ、セシル様はすっかりノア様と打ち解けられているようですな。ただ、今の段階では、結婚相手というより年の離れた兄君のような……」
二人が出て入った後の部屋でヴォルターが感想をもらした。
「セシル様にはごきょうだいもおられず、ご両親との触れ合いも少なかったお寂しい境遇。年が離れているからこそ、お兄様のような形で慕ってらっしゃるのかもしれませんね」
アンジュも答えた。
◇ ◇ ◇
「いい、アンジュの結婚相手は私が認めた相手でなきゃだめよ!」
昨日はジェラルディ家に任せると言っていたセシルが、なぜか手のひらを返して、アンジュの結婚話に口をはさんできた。
「あの、ご心配なく。当分結婚する気はありませんし……」
「そうね、アンジュは結婚しちゃダメ、私のそばにいなきゃ! どうしてもっていうのなら連れてきなさい。私が吟味してあげるから!」
この転換ぶりに首をかしげながら、これも甘えの一種なのかな、と、推測するヴォルターであった。
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