第85話 さらなる一手
「ただ今、ばあや……」
さきほどまでジェイドに憑依されていたノアがふらふらになって公爵邸に帰ってきた。
「まあ、坊ちゃま!」
幼いころからノアについていた「ばあや」ことターニャ・ゾルゲンが慌てて、ノアをベッドに寝かせる。そして医者を呼ぼうとしたが、ノアに止められた。
「ちょっと、疲れただけだから……」
「最近は外出されても帰ってから具合が悪くなることもなかったのに……。いったい、何をなさっていたのですか?」
「はは、友人との悪ふざけがすぎてね……」
「確かあの、魔導士のジニアスとかいう者でしょう。坊ちゃまは体が弱いのだから、私からもよくよく……」
「いいよ、僕がはしゃぎ過ぎた。今度から気を付けるから。少し休みたいので一人にしてくれるかい」
ノアの要望に応えばあやは部屋を出た。
ばあやの退出を確認すると、ノアはベッドの上で体を起こしおそらくいるであろうジェイドに語りかけた。
「それでこれからどうするつもりだい、ジェイド? 要警戒はユリウスとリジェンナだが、彼らに動きがなければこちらとしても何もできない」
「ああ、そうだな。ユリウスは引き続き監視。リジェンナは王家が気にしているからそこの動きを注視する。その間に俺はやつらの戦力を削るために動くさ。お前の親父にもちょっと協力してもらうがな」
「いったい何を?」
「とりあえず、近いうちにデュシオン大公と会わせてくれ」
◇ ◇ ◇
「めずらしいな、お前の方から会いたいと言ってくるなんて」
応接室のソファーに深く腰をかけたノアの父、デュシオン大公が言った。
ノアが大公家を訪れるのは秘術が発動された直後以来だ。
「『彼』が父上に話があるらしくてね……」
「『彼』とは?」
一人でやって来た
どういうことか?
「おれだ。ジェイドと言う名を亡きマールベロー公爵から聞いたことあるんじゃないのか」
いきなり口調や物腰ががらりと切り替わった息子を見て大公は目を見張った。
「お前の息子の体を少し借りている。長話は息子の体に負担をかけるから手短に言うぞ」
「あ、ああ……」
マールベロー公爵は死ぬ前に大公にも状況を説明する手紙を送っており、確かにジェイドと言う名には聞き覚えがあった。しかしまさかこんな形で接触を図るとは……。
「あんたの領地から外国に小麦を輸出している業者がいくつかあるだろう。その通行税を値上げしてくれ」
「なんだと!」
「ここ数年は大陸全体で小麦は豊作だが、じきに干ばつで不足気味になり小麦の値段は大幅に値上がりする。まず外国に輸出しにくい状況を作って小麦をできるだけ備蓄しろ。通行税を上げて、外国に輸出するより大公家に売った方が得だと商人たちに思わせるんだ」
「簡単に言うな。税を上げるにはそれなりに名目がいるんだぞ!」
「道路の工事のためとかでどうだ? 大公領からサージュ国他外国に行くための道は舗装されていないところがかなりあるよな」
「干ばつのために備蓄するなら、交易のために道路を舗装するのは今急いでやることじゃないだろ」
「道路の舗装はあくまで名目。そのうえで大公が小麦の備蓄に力を入れていると知ったら理にさとい商人どもは外国ではなく大公殿下に売る」
「穀物の備蓄は王家でも大公家でもすでに十分。いずれ来る干ばつについても心配には及ばぬ」
「いや、俺がやってほしいのは欲深い商人たちが、のちの干ばつによって高騰した小麦で儲けるのを阻んでほしいってことさ。ユーディットやサージュのような大国なら干ばつで不作になっても備蓄もあるしその打撃は限定的だ。だが、大陸には耕作地に適したところが少なく工業や畜産などが中心の小国が多くある。それらの国は自国の生産物を売って主食である小麦を外国から購入している。しかし大陸全土で不作になったらどうなる?」
「手に入れるのが難しくなり民の生活は困窮する」
「そう。豊作の時ならともかく不作となるとどこの国でも自国優先でそれを消費しようとする。他国のことは二の次だ。その状況に乗じて、すでに高騰していた小麦をさらに高値で、困窮している小国に売り払おうとする商人たちの動きを封じたい」
「なるほど。しかし、それをやって私に何の得がある?」
「そうだな、商人から買い付けていた小麦を困窮している小国に従来通りの値段で売るだけでいい。そうすれば商人たちは値段を吊り上げられないし、大陸にはあんたの先見の明と慈悲深さを宣伝することができるってわけさ」
「形ではない、名誉が手にはいるということか」
「ああ、それこそ王族をしのぐほどのな」
「ふむ、私の懐がいたむというわけではないし良いだろう。それにしても、亡き公爵の言っていた『ジェイド』なる人物が、力のない国に思いやりを示す『正義の人』であったとは意外だな。」
「小国への『思いやり』はおまけの産物だけどな」
ジェイドの目的。
前の時間軸ではそれで大儲けをした商人の息子が数名、学園に入学してきた。
羽振りの良くなった親たちがさらに貴族社会の人脈を得るため、息子を高額な学費が必要な学園に入学させたのだ。
その息子たちの何名かがセシルを陥れたオースティン王太子らのグループに属していた。
「今度の時間軸では『学園』にすら入学できないけどな……」
彼らがセシルを陥れるどころか、かかわりすら持つことすらできないような状況にするのが、この計画の肝であった。
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