第84話 ブレイズ邸炎上の余波

「『ブレイズ邸炎上』か……」


 新聞の見出しをノアが小さい声で読む。


「『夫人と嫡男のダンゼルは焼死。逃げ出せたのは次女でまだ赤ん坊だったセレナ嬢のみ。長女と次男は別宅にいたので難を逃れた』か。これは君の仕業じゃないだろうね、ジェイド?」


 ノアについてタクト邸までやって来たジェイドにジニアスが質問する。


「俺は何もやっちゃいないぜ。少なくともこの時間軸ではな」


 ノアの体から出たジェイドが不敵に答える。


「『この時間軸では』か」


 ジニアスがうつむいた。


「あの炎魔法の攻撃力は脅威だったからな」


「「……」」


「でも、ユリウス・インシディウスがまだいる。ユリウスの最終的な目的は公爵家の乗っ取りだ。リジェンナについても前の時間軸で処刑された恨みがどこに向かうかわからない。死んだことが確実に確認されたならともかく、そうでないなら油断は禁物だ」


 ジェイドは改めて現状を述べる。


「『魅了女』については師匠が対処しただけで俺は直接は見ていないからな。魔法という観点から言わせてもらうと問題は『魅了』という能力そのものではなく、それを扱う人の性根だ。ダンゼルも常人離れした能力を持っていたが、使い方を間違えて自滅した」


 ジニアスが言う。


「そうだな。そしてあの女の性根は腐りきっている」


「自分の産みの母親をずいぶんな言いようだな」


 ジニアスの言葉にジェイドの目はキッとなった。

 

 いや、ジニアスの目にはジェイドの姿はおぼろげにしか見えないが、そうに違いない雰囲気が伝わって来た。


 生みの親の話はジェイドにとっての地雷だ。

 前の時間軸の時からそうだった。

 わかっちゃいるが、カマをかけずにはいられないのがジニアスの性格だ。

 

「なあ、ノアさん、あんた……」


 ジニアスはノアの方に話しかけた。


「じゃあ、俺は帰るわ、またな」


 しかし、その瞬間、ジェイドが憑依し、ノアの体がきびすを返して部屋を出て入った。


「くそ、またごまかされたか」


 いつも憑依されているノアなら何か知っているのかもしれない。

 いくら親に捨てられたも同然と言っても、彼らへの憎しみの深さやセシルへの思い入れの深さは、ジニアスには理解できなかった。


「確かにやつらがろくでもないことをしでかしたことは確かなんだけどな……」


 一人取り残された部屋でジニアスはつぶやいた。



◇ ◇ ◇


「まさか、ダンゼルがあっさり死んでしまうとは……」


 新聞を読みながらユリウスは思わず声を漏らした。


「どうした、ユリウス?」


 少なからず動揺が見えたのだろう。

 父のインシディウス侯爵が息子のユリウスに声をかける。


「あ、いえ、この火事の記事ですが、騎士団長の屋敷ですよね。死んだ者の中に僕と同い年の子がいたものですから……」


「ああ、炎魔法の天才児として名高かった子だな。しかし、その子供が火事で焼け死ぬとは。評判は高かったが噂されるほどではなかったのかな」


 侯爵は答えた。


「部屋で勉強してきます」


 ユリウスは立ち上がり部屋を出ようとする。


「あぁ、ユリウス。時にセシル嬢との関係はどうなのだ?」


 少しもったいぶった言い方で侯爵は息子に尋ねた。


「どうと言われましても、お茶を飲みながらいろいろなことを語らっているだけですので……」


「そうか」


「失礼します」


 ユリウスは一礼して部屋を出た。


 馬鹿か、あの男は!

 まだ十歳にも満たない子供同士の間柄について、互いの意志で結婚に向かうような状況が、普通に考えれば起こるはずもないだろう。

 まあ、こちらは見た目通りの子供ではないがな。


 ユリウスはいら立ち、自室に戻ると腹立ちまぎれに手に持っていた新聞を投げつけた。


 ダンゼルが消えたのはユリウスにとっては痛恨の極みだった。

 リジェンナの『魅了』とダンゼルの『炎』

 この二つのけた外れにすさまじい能力は、人々の怨嗟の声を誘発し、他国を蹂躙するのに非常に都合が良かった。


 この国の内側をまずリジェンナの魅了で操り、他国をも場合によっては思い通りにする。この計画はタロンティーレ会長によって阻まれたが、それは同時にダンゼルの周辺諸国への憎しみをあおることができた。

 周辺の弱国を蹂躙し、王女を『妃』という名目で人質にとることもできた。


 そしてさらに次のステージへ移ろうとした矢先の逆行。


「公爵が死ぬ前にいろいろ手を打ったとはいえ、今回はセシルを中心に公爵家がまとまりすぎている。いったい誰が絵を描いているのか?」


 前の時間軸では、公爵家の一人娘にして王太子の婚約者であったセシルの味方は数えるほどであった。

 

 何もかも手に入れているように見える彼女への『嫉妬』もあったのだろう。

 思いあがった性格の悪い公爵令嬢と言うレッテル張りに人々は飛びつき、婚約者である王太子ですらそれを信じた。王太子やその周辺の人々とのもめごとはセシルの方にも原因がある、と、父である公爵に吹き込むのは自分の役割だった。

 当時侍女長だったデローテも讒言に協力してくれたし、家令のカニングにはひそかな報酬を約束すれば、うまく公爵を誘導してくれた。

 それですべてがうまく回っていたのだ。


 しかし、今回はインシディウス家、引いてはユリウスのために都合よく動いてくれる人間が早々に排除され、公爵家は数少なかったセシルの味方で回りが固められ体制が整えられている。


「状況によっては、少し強硬な手段を使わざるを得なくなるかもな」

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