第83話 錯乱の炎
ダンゼルは母に呼び出され、家族が集まる居間で母と向かい合って座っていた。
ステラやコリンが家を出てから、ダンゼルはいら立ちをどこにぶつければいいのかわからなくなっていた。今までなら彼らと争った時、母が必ず自分の側についてくれるのを心強く感じていた。
しかし、今は母に話しかけられることすら疎ましい。
◇ ◇ ◇
ダンゼルは前の時間軸の記憶で、どうしても納得のできないことがあった。
父が引退して後、ブレイズ家の家督を相続した彼は騎士団の中で順調に地位を上げ騎士団長の地位に就く。そしてそれだけにとどまらず、得意の火炎魔法で隣の小国から領土を割譲させ、王太子の妃として王女を人質に取るなどの手柄を立て、やがて王国軍全体をまとめ上げる『将軍』の地位にまで昇りつめた。
なつかしいひとの面影を宿した『彼』が訪ねてきたのは、将軍の任について間もなくのことであった。
「目は王家のコーンフラワーブルーだが、髪や顔立ちはリジーそっくりだな」
ダンゼルは『彼』の中に感じ取れる愛しい女性の面影に目を細める。
だが『彼』は顔をしかめて言った。
「僕はずっとこの姿かたちが疎ましかった。敵ともいえる奴らの……」
「敵? ああ、そうか。私もリジーを見殺しにした王太子殿下には多少思うところがある。ただ、殿下よりももっと憎むべき『敵』は他にいる。そいつらにいつか目にもの見せてやるために私は戦っている」
そう語ったが『彼』は顔を歪ませうつむいた。
ダンゼルは言葉を続ける。
「本来なら王太子となっていたはずの君があの事件のせいで王家を出され、それ以降、いろんなことがあったのだろう。でも、父親への恨みと本当の敵とを混同してはだめだ」
諭すようにダンゼルは『彼』に言った。
だが『彼』には通じなかった。
せせら笑うように自分の主張を終えた『彼』はダンゼルに『隷属』の技をかけた。
「君はっ! この技が禁忌と分かってっ!」
「ああ、その禁忌の技を使って他人を陥れた女を『女神』だなんて思いこんでいるヤツにはぴったりだろう。存分に味わえよ」
「くっ!」
「お前が炎魔法を使うたびに鎖は反応する。鎖に『水鏡』の術を絡ませたから、お前が放った炎の技を反射するんだ。お前が今まで技で他人に与えた苦しみを、今後は同じように味わうといい!」
そう言い捨てて『彼』は出て入った。
試しに技を使ってみたが、炎の大きさと威力に正比例して彼自身の体も焼けるような苦しみを味わうようになる。
ブレイズ将軍が炎魔法が使えなくなったと他国に知られれば、緊張状態にあったすべての国がユーディットに牙をむくかもしれない。今まで焼き殺してきた敵兵の数だけ、憎しみはユーディット国やダンゼル自身に向かうかもしれない。
彼は背筋が寒くなった。
ただ、そのことが知られる前に時間が逆行し、ダンゼルは九歳に戻った。
◇ ◇ ◇
まだ子供ゆえ彼の魔法の被害は、将軍にまでなった前の時間軸に比べれば軽微なものですんでいる。それでもその報復にダンゼルは音を上げ、騎士団にすら通わなくなってしまった。
『隷属』の鎖は魔道協会の会長クラスの魔法使いなら解けるということを、ダンゼルはすでに前の時間軸で知っている。
何とかできないわけではないだろうに。
しかし、父はもう魔法が使えないことを前提にダンゼルを諭しにかかる。
今さら、一から剣の腕を磨いてられるか!
すでに騎士団の子供たちの憎しみを受け、ダンゼルの人望は地に落ちている。
そのいばらの道を歩くことをダンゼルは激しく拒絶した。
「技を使うと痛いと言っていたけど、思い切って使ってみれば耐えられるようになるんじゃないの?」
母はおずおずとダンゼルに語りかける。
早く元に戻るようにとせっつくような口調。
気遣っているように見えて、どこか能力を失った彼を、彼以上に『無価値』だと判断しているように見える。
「うるさい! だったらどんな『痛み』か自分で味わってみたらいいだろう!」
ダンゼルは母に向かって炎魔法を放った。
「ぎゃああぁっ! 熱いっ!」
母カティアは叫び声を上げる。
その声を聞いてダンゼルは我に返った。
カッとしてつい炎を放ってしまった。
今までも威嚇で軽く火傷するくらいの炎を人に向かって放ったことはある。
ただ、しばらく術を使ってなかったうえに、使った瞬間、自身も痛みを感じるゆえに加減がわからず、かなり威力のある炎を放ってしまった。
「熱いわ、ダンゼルっ!」
カティアは叫びながら息子に助けを求めるが、息子自身、同等の痛みを感じ転げまわる。
カティアを包んだ炎が部屋のあちこちに引火した。
ダンゼルも錯乱状態になりさらに別の炎を放つ。
◇ ◇ ◇
「これは一体どういうことだ!」
自宅の異変を聞き早退したブレイズ卿が屋敷に戻ったときには、炎は館全体に広がっていた。
「申し訳ございません、旦那様。セレナさまをお連れするのがやっとで……」
避難した使用人たちがブレイズ卿に状況を説明する。
赤ん坊のセレナだけが乳母に連れられて屋敷から避難できたようだ。
「火元は奥さまと坊ちゃまがいらっしゃっていた部屋で、私たちが発見したときはもう……」
二人でじっくり話したい、と、いって
それもあだとなり、使用人たちが異変に気付いた時には炎は手が付けられな状態だった。
「これが、人を超える力の末路なのか……」
焼け落ちる館を見つめながら、ブレイズ卿は力なくつぶやいた。
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