第18話 給料泥棒、装飾品泥棒、そして……
次の日の朝、アンジュは朝一でセシルの部屋を訪れた。
マールベロー公爵がなくなった日の朝はともかく、アンジュがこの時間にセシルの部屋を訪れるのは珍しいことで、着替えの補助をしていた侍女たちは驚いた。
「ああ、そのままで。今日から数日、皆様のご様子を見るためにセシル様に付いて回ることになりました。私のことは置物か何かだと思っていただいて、いつもの通り仕事をしてください」
アンジュはにこやかに侍女たちに伝えた。
アンジュのことが気になりつつも、侍女たちはセシルの着替えを手伝った。
「ちょっとあなた!」
アンジュがセシルの腕をつかんでいた古株の一人に声をかけた。
「今セシル様の腕を変な方向にねじろうとしたわよね」
「……」
古株侍女のトーリエは返事をせずアンジュをにらみつけた。
「セシル様。彼女たちの行為に少しでも違和感や痛みなど感じることがありましたら、すぐお知らせください。そもそも五年以上も侍女をやっていながら、主人の着替え一つ満足に手伝えないなんて、給料泥棒とはこういうことを言うのかもしれません」
「なんですって!」
「ほんとうのことでしょう。あなた、今のような着替えの介助を別の御屋敷で行って通用すると思っているの?」
「……っ!」
古株の侍女は自分より年下のアンジュのことを正直なめていた。
いくら侍女長に抜擢されたと言っても、自分の方がマールベロー家に長くいるし、デローテを差し置いて勝手なことはできないとたかをくくっていた。
その後も侍女たちの仕事ぶりに対してのアンジュの指摘は続く。
「熱湯がセシル様のところにはねているじゃない、紅茶もまともに入れられないの?」
さらにセシルの私物に関しても問題が発生。
「セシル様の装飾品については、ヴォルターさんにいちど目録をもらってチェックしたほうがよさそうね」
この発言に顔をひきつらせた侍女が何名かいた。
アンジュはすぐさま、屋敷の侍従やヴォルターを呼び、侍女たちが勝手に動かないよう見張りを頼んだのち、部屋の私物を検査する許可をヴォルターに求めた。
「そうですね。侍従たちにも行ったことですし、侍女の方々にもそうすべきかもしれません」
家令ヴォルターの許可を得て、侍女の私物検査が行われ、二十代半ばの古株のシオリーをはじめ、二十歳前の侍女二人がセシルの装飾品とおぼしきものを私室に隠し持っていたのがわかった。
「これは……、セシル様が私にくれるっておっしゃったのです。そうですわね、セシル様」
シオリーがぬけぬけと言い、他の二名もすがるようにセシルを見た。
「私は侍女にアクセサリーをプレゼントしたことはないわ。そもそも、そんなアクセサリーを持っていたことすら知らなかった……」
セシルは戸惑いながらはっきり答えた。
「セシル様はまだ九歳ですので、ご自身で装飾品を購入したことはございません。セシル様の装飾品のほとんどは母上様の形見です。それらはすべて元侍女長のデローテさんに管理をお願いしていたはずですが?」
「私が……、いえ、そんな……」
「目録も確か渡したはずですよね」
ヴォルターの追及にデローテは返答に窮した。
「まさか、あなたが彼女たちに装飾品を渡したのではないでしょうね。そうだとしたら横領ですよ」
「いえ、そんなまさか!」
「確かに。見苦しくもセシル様に頂いたなどと見え透いた嘘を言うくらいです。デローテさんにもらったならはっきりそう言うはずですね。それにしても管理不行き届きです。今から目録と合わせて、ちゃんと全部そろっているか確認してください。それから警察も読んでいただきます」
ヴォルターの指示で警察の通報が行われ、三人の侍女たちは連行されていった。
「シオリー子爵令嬢は公爵家傘下の貴族だったので、ずいぶん大きな顔をしていたようだけど、泥棒までしでかしたとなればクビにしても文句は言われないでしょうね」
警察が帰って後、アンジュがつぶやく。
ガンとなっている古株侍女一人排除。
あとは先ほどアンジュに反発したトーリエとさらにもう一人リンヴィ。
どちらも五年以上勤めているうえに公爵家傘下の貴族の出でもあったので、他の侍女たちを牛耳ることができていたし、その態度にデローテも文句を言わなかった。
よほど正当な理由がないと辞めさせることができないだろうけど、あのお粗末な仕事ぶりと言い、つっこむ点はいくらでもあるだろう。
「家門のつながりを重んじて、その子弟を希望のまま雇い入れておりましたが、ここまで公爵家やその令嬢に対して悪意に満ちた行為をされるなら、解雇もいたしかたのないことでしょう。シオリー子爵をはじめ三名の侍女たちの親には私が話をつけておきます。もっとも、泥棒として罪に問われた女に今後まともな雇い先や縁談があるかどうかは疑問ですが……」
それは私たちが気にする必要のないことですけどね、と、ヴォルターは言い捨ててアンジュに再び侍女たちの監視を任せて部屋を出た。
「トーリエさん。あなたは五年以上も務めているのに着替えの介助、お茶入れ、そのほかもろもろの業務に関してお粗末なうえ、下の子たちがまじめであなたより上手に仕事をこなすと文句を言うそうですね」
アンジュは再び先ほど反発したトーリエに声をかける。
「……っ」
「下の子より仕事が下手なことを恥じるならまだともかく、まじめにやっている子を複数で嫌がらせをして、マールベロー家侍女の仕事のレベルを落とすなんて。その件に関してはあなたのご実家に余すところなくお知らせします」
「ちょっと、どうして親が……」
「親御さんに頼まれ、家政専門学園を卒業したあなたを雇い入れたのですから当然でしょう。でも残念ながら今までの仕事っぷりでしたら、今後のマールベロー家が要求する基準を満たすことができないと思います。他にも何名かそういう方がいらっしゃるようなので、そちらの方もヴォルターさんに頼んで親御さんにお知らせしていただきますから」
アンジュの厳しい宣告に侍女たちは息をのみ、今後のことに不安を感じるのだった。
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