第17話 聞き取り
「どうして今まで食事の味が変なことを言わなかったのですか、セシル様?」
アンジュはまずメイドがやらかしたセシルの食事への味変について、彼女が何も言わなかったことについて質問してみた。
セシルの話はこうである。
おかしな味を出されるようになったのは数か月ほど前。
セシルがそれを口にして顔をしかめた時にデローテがその態度をとがめたのである。
「淑女たるもの、不快な気持ちを表情に表すなどもってのほか、何度も言って聞かせたはずですね!」
セシルが食事の味が変と言っても無駄であった。
「以前も言いましたよね! 何度も同じことを注意するのは、言っている側も疲れることなんですけど!」
セシルのやる気のなさと不出来さをこれでもかと責め立てるだけだった。
それからセシルは、一口食べて変な味のするものには手を付けなくなった。
説明しても無駄だから、理由もはっきり言わず、ただ、いやだ、と、言ってかたくなに口をつけようとしなくなった。
結局、デローテのせいか。
証明できなかったとはいえ、デローテ自身がメイドを買収して味変させた可能性もある。デローテがセシルの偏食を吹聴するようになったのもその頃からだった。
自分でセシルに嫌がらせをしかけておいて彼女をとがめる陰検さ。
アンジュはため息をついた。
「セシル様、デローテさんに言われたことはひとまず忘れてください。多分もうないと思いますが、妙な味がした場合は、どんな風に変なのか、とか、ちゃんと説明してくださればこちらで対処しますからね。他のことでもそうです。侍女が何かセシル様に不都合なことをされた場合はこちらにお知らせください」
「不都合なことって例えば、着替えの時につねられたりしたときとか?」
そんなことまでしていたのか、あの侍女たちは!
以前たまたまアンジュが目にしたセシルの着替えでは、仕え始めて三年以上にもなる侍女たちが、不慣れな侍女でもやらない『失敗』をしているのが目に余って注意したことがある。
そのことは当時の侍女長のデローテにも伝えたが、改善されず、余計にひどくなったというわけだ。
「そんなことをするのが誰かわかりますか?」
心当たりはあるが念のためにアンジュはセシルに尋ねた。
「やらないのはケイティぐらいよ」
それで着替えの際にケイティを指名していたのか。
それにしてもケイティ以外は全員やっていたってこと?
はっきり言って異常事態じゃないの。
次にアンジュは侍女たちと個人面談をすることにした。
そこでだいたい分かったことは、マールベロー家に仕えて五年以上経つ古株に当たる三人の侍女が、他の侍女たちをしきっているということである。
古株と言っても一番年上でも二十代半ばであるが、侍女長であったデローテとの意思疎通もとどこおりなく、しかし、これは悪い意味においてである。彼女たちがセシルの嫌がらせを、他の後輩侍女たちにも圧力をかけてやらせているようなところがあり、デローテはそれをすべて黙認していた。
入ってまだ半年もたたないケイティは、それをやろうとしなかったので、
「あんたが一人いい子ぶったらみんなが悪者になるでしょうが!」
「自分のことだけ考えないでよね!」
と、言った形でつるし上げを食らっていた。
怖がっていやいややっている娘もいるのだろう。
ちなみにケイティにその件について尋ねると、
「その……、私は器用ではないので、ミスしたふりとかができなかっただけです」
と、答えていた。
「そう、でもそれが正解よ。まだもう少し時間がかかるけど、できるだけ早く、いやがらせを強要した連中は排除するようにするわ。それまでは今まで通りお願いね」
アンジュはケイティにそう返答し、主犯の排除の考えについてはしばらく黙っていた。
最後にアンジュはデローテと話をすることにした。
「デローテさんがセシル様の食事がいたずらされていることにすぐに気づかれていたなら、何か月もメイドたちの行為を野放しにすることはなかったんです。そういう意味ではデローテさんは『公爵令嬢傷害罪』の補助をなされたってことをご理解なさっていますか?」
「私は、別に……」
「セシル様が妙な味に気づかれた時に、話をろくに聞かず高圧的にものを言うだけだったそうですね」
「淑女のたしなみをセシル様に身を着けさせるためには!」
「それも大切ですが、それで主人の訴えを聞き逃すようでは本末転倒ですわ。まあ、だから、侍女長から降ろされたのでしょうね」
自分よりはるかに年下の小娘の皮肉にデローテは唇をかんだ。
デローテにはもうしばらく、仕事の引継ぎも含めてここで働いてもらうことになるのであまりプライドを刺激するのは得策ではない、と、アンジュはわかっていたが我慢できなかった。
「それから、部下の侍女たちの仕事の出来なさっぷりもひどいものです。仕えて三年以上になる侍女たちが着替えの介助一つとっても、新人よりひどいミスを何度も繰り返しています。侍従の方々は優秀でインシディウス侯爵も欲しがるような人材がそろっています。しかし、侍女に関しては紹介状に『この者は着替えの介助をさせると主君の腕を強引に引っ張ったり髪をファスナーに挟んだりします。三年経っても上達しません』と、但し書きをしなきゃならないレベルです。デローテさん、今まで彼女たちに何を教えてきたのですか?」
わざとインシディウス侯爵の名も出して、侍女の教育がなってなかったこともアンジュは皮肉った。
「とりあえず明日からセシル様付き侍女について、私がそばで観察して仕事ぶりを見ることにします」
「えっ……? いえ、でも……、アンジュさんは王宮付きの侍女になるためのお勉強が……」
いずれセシルが王太子妃になった時のためにアンジュにも勉強があり、通常の侍女とは仕事内容が違っていた。いくら侍女長に抜擢されたと言っても、アンジュにはその業務もあるので、今まで通り、侍女たちを仕切っていくのは自分に任せてもらえるだろうと思い込んでいたデローテはうろたえた。
「それはしばらくお休みさせていただきます。今そばに仕えている侍女たちの仕事ぶりが目も当てられないくらいひどいので、そうも言ってられませんからね」
「侍女たちは一生懸命やっております。最初からそんな風に決めつけるのは……」
「だからこそそれを自分の目で確かめます。では明日からよろしく」
アンジュは事務的に一礼すると、デローテより先に応接室を出るのだった。
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