第16話 遺品泥棒と今後の方針

「ヴォルターさん、ものは相談ですが、公爵がなくなったことで侍従がこちらの家では余るのではないですか? 実はうちでは息子たちの成長に伴って侍従を増やしたいと思っているのですが、先ほどの事例でも分かる通り、ちゃんとした人物かどうかを見分けるのは本当に難しい。その点、長らく公爵家に仕えていた人材なら信頼できるのではと……」


 デローテから離れた侯爵は次に新家令に近づき語りかけた。


「つまりうちの侍従を何名か引き抜きたいということですか?」

 

 ヴォルターは問い返した。


「まあ、そういうことです」


「そうですね。旦那様が亡くなられたことで仕事量は減るでしょうし、侯爵殿がこれはと思う人物に声をかけられるのはかまいせん。ただもう数日待っていただけますか? 実は旦那様が私物をそれぞれの侍従に譲る旨を事細かく書いて私に託されたのです。その分配が終わってからなら……」


「なるほどそういうことでしたらお待ちいたしましょう」


 侯爵はそう言ってヴォルターから離れ、その日はすんなりと帰宅した。


 ヴォルターと侯爵の会話を耳にした侍従たちの間には動揺が広がった。

  

 そして、その夜、皆が寝静まった頃、亡き公爵の私室に侵入する人影があった。


 日中の侯爵とヴォルターの会話を耳にし、コッソリ拝借した亡き公爵の私物をもともとあった位置に返そうとした侍従である。


 部屋に忍び入り公爵の私物をもとの位置に戻そうとした瞬間、


「あなたでしたか」


 家令ヴォルターの声量を落とした声が聞こえた。


「旦那様の遺体をお運びしてから、この部屋の鍵は私が預かっていましたから、誰も入れない状態でした。空き時間に確認したら旦那様の私物がいくつかなくなっていました。遺体発見のどさくさに紛れて誰かが勝手に持って行ったとしか考えられなかったので、その場にいた侍従たちにわざと侯爵との会話を聞かせたのですが、案の定、戻しに来る輩がいたとは」


 部屋の中にはヴォルターのほかに帰ったと思われていた警察関係者も何名か一緒に潜んでいた。


 嵌められたことを察した若い侍従はがっくりと膝をついた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日の午後、ヴォルターは自身の執務室にアンジュを招いていた。


「それで、その侍従はどうなったのですか?」


 アンジュは出された紅茶を一口味わったのち、ヴォルターに質問した。


「今回捕まった侍従はその場だけの出来心だったみたいです。実は旦那様は私物の管理に少々大まかなところがあったのです。細々としたものをしょっちゅう無くされていたのですが、今回の件で侍従の中に常習的に旦那様の私物を盗んでいる者がいるのではと疑い罠を張ったのですが、彼は違ったみたいです」


 アンジュは、へえ、と、相槌を打った。

 ヴォルターは話を続ける。


「でも、それを理由に侍従すべての持ち物検査をすることができまして、やはりいましたよ、常習的に旦那様の物を拝借していた手癖の悪いやつが」


「つまり、旦那様の遺体発見の混乱に乗じて出来心で一回だけ盗みを働いた者と、それ以前に常習的に盗みを働いた者が、それぞれいたというわけですか」


「ええ、情けないことに……」


「それで処分は?」


「常習犯は警察に突き出すことにしました。出来心の男は条件を付けました。インシディウス侯爵の引き抜きを受けてあちらに移るのなら、あの家の情報をこちらに渡すのを条件に今回の盗みには目をつぶると」


「その者を侯爵邸のスパイとして送り込む気ですか?」


「ええ。とはいっても新参者になるので、知りうることはたかが知れているでしょう。でも、ないよりはましです。そもそも侯爵の方がこちらの情報を得たいがためにうちの侍従を引き抜こうとしてましたからね。他の者にもうちで得た情報をよそに漏らさないよう念書をかかせました」


「なるほど」


 アンジュはヴォルターの抜け目のなさに舌を巻いた。

 これが長年高位貴族のそば近く仕えていた男の賢さなのだなと。


 仕えられていた当のマールベロー公爵は、そういった賢い家臣たちに頼り切って、自分は勝手気ままに生きていても何とかなると人生たかをくくった、甘あまの人間だった。

 その結果、娘のセシルを劣悪な環境で生育させ、それが悲惨な運命をたどらせる遠因となり、自身も家臣や親しい者の裏切りによってすべてを失い落ちぶれていった。


「メイドに侍従、二つの役職で警察沙汰になる不祥事を出して人数を減らしてしまいました」


 ヴォルターがため息をついた。


「新たな人間を雇い入れることは?」


「旦那様が亡くなられたので侍従の方は増やす必要ありませんが、メイドの方はやはり補充が必要です。もう家政ギルドに頼んでいますよ。今まで人を雇うのはカニングに任せっきりでしたが、今度のメイドの採用は自分も面接に立ち会いたいとメイソンさんがおっしゃるので了承しました」


「カニングさん自身があれでしたから、メイドの質も……」


「ええ、メイソンさんもそう思っての要望なのでしょうね。ところで侍女の方ですが、今までの長がデローテさんでは、侍女の方にも問題ありそうな者が何名かいそうですね」


「正直言って……、多分そうですね……」


 アンジュはたまたま自分が居合わせた時に目撃した、セシルへのぞんざいな扱いや加害行為を思い浮かべた。


「ただ、長が変われば変わってくるかもしれないし、十日ほど様子を見ようかと。それぞれの侍女とも改めて面談をしてみて判断してみます」


「わかりました。それでお願いたします、アンジュさん」


 ヴォルターは、自分以外に王家の秘術の巻戻りの件を知っている唯一の同士、アンジュに深々と頭を下げた。


「は、はい。お任せください!」


「ただ、マールベロー家内部は私たちの努力で何とかセシル様をお支えできるよう、環境を整えることができますが、九年後セシル様を陥れるという王太子殿下のことは、立場的に私たちには何とも……、旦那様はどう考えておられるのでしょうね。遺言にはそれも手を打ったと書いておられたのですが」


「えっ、そうなのですか? 私の方の手紙には何も?」


「ああ、アンジュさんには弟のリアム君の死も伝えねばならなかったので、それを受け止めるだけでも大変だろう、と、旦那様も気を使われたのかもしれませんね」


 いずれにせよ、その件についての遺言公開も十日後に迫っている。


 マールベロー公爵の遺言を知る二人は、それまでにやることをやっておこうということで意思を固めた。

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