第9話 公爵の遺言状(前編)

 セシルが夕食及び入浴を終えベッドに入るとアンジュは静かに彼女の部屋を出た。


 夕食は料理長のペンバートンが気を利かせて、メイドではなく部下のディータに運ばせてきた。メイド長のメイソンには、片付けで忙しいだろうからこちらでやると言っておいたとのことである。


 何度も変な味付けの物を出されてきたせいか、セシルは一口目をとても警戒しながら口に入れるが、普通に美味しいとわかればちゃんと完食する。


 どこが好き嫌いが多いよ。

 本当にそう思っているならデローテさんの目が節穴だわ。


 部屋に戻ると、アンジュは料理長とメイド長にもらったデーターを紙に写し見比べ始めた。


 三人のメイドが変な味変をさせている可能性が高い。

 

 セシルの食事に害をなしたメイドの特定ができそうだと思ったその時、アンジュの部屋をノックする音が聞こえた。


 ドアを開けると執事のヴォルターが立っていた。


「夜遅くにすいません。実は私の手紙の中にアンジュさんあての封書も入っていたので、それをお渡ししようと思いまして」


 ヴォルターは封筒をアンジュに手渡した。


「私にですか?」


「はい、旦那様がお亡くなりになる前に書かれたいわば遺言のようなものです」


「ありがとうございます……」


 戸惑いながらアンジュは封筒を受け取った。


「では、おやすみなさいませ。明日の葬儀は王家が取り仕切ってくれるようなので、セシル様は喪主として棺が神殿に入場するときに一緒に歩くだけでよいそうです。アンジュさんはぜひセシル様のそばについて差し上げてくださいね」


 ヴォルターはそれだけ言うと去っていった。


 わざわざ、彼の封書の中に入れられていたという公爵の遺言。


 普通に考えれば、今後の屋敷内での待遇や弟リアムの伯爵位の相続についてだろうが、それだったらわざわざヴォルターに託す意味が分からない。


 いぶかりながらもアンジュは封筒を開け、手紙を読み始めた。


 そして想像を超えたその内容に息をのんだ。

 

『この手紙を君が読んでいるということは、私はすでに死亡しているということなのだろう』


 どういうこと?

 公爵閣下は自分が死ぬことを前もってわかっていたの?


 確か死因は心臓発作。


 まだ若かった公爵がそんなことを事前に予想できたなんて、いったい?


 アンジュは手紙を読み進めた。

 

 『ヴォルターにこの手紙を託したのは、普通に机に置いておいて侍女長などの手に渡ると都合が悪かったからだ。

 にわかに信じられないだろうが、私は四十年後の世界から舞い戻ってきた。

 王家にはそんな秘術があるのだ。

 その秘術の贄となった私は、舞い戻った後、二十四時間後に死ぬことが決まっている。その限られた時間内に、できるだけ多くの信頼できる者たちに必要な情報を残し後を託す。君はその中の一人だ』


 四十年後?

 王家の秘術?


 四十年後と言えば私も五十歳を超えているじゃない、と、アンジュは考えながらさらに読み進める。


『今から話すのは、私の娘セシルと君の弟リアムがたどったむごたらしい運命だ』


 むごたらしい?

 亡き公爵の強い言葉使いにアンジュは警戒心を強くした。

  

『わが娘セシルはオースティン王太子殿下と婚約するがひどい裏切られ方をする。

 王太子殿下は通っていた学園で出会ったリジェンナ・ブレイという男爵令嬢に夢中になり、目障りとなったセシルに冤罪をかぶせる。

 そして卒業パーティにて断罪した。

 リジェンナという娘は『魅了』で学園中の令息を夢中にさせ、そしてセシルの親友だったオリビア・トゥルーズを『隷属』の術で縛り、セシルに不利な証言をさせたらしい。

 セシルが断罪された卒業パーティでは、リジェンナにのぼせ上った者たちが、セシルをこぞって地下牢へと収監させたがり、そんな狂乱状態の連中から唯一セシルを守ろうとしたのがリアムだ。

 だが、リアムはダンゼル・ブレイズという火炎魔法の使い手に焼殺され、セシルはそのまま地下牢に連行された』


 セシル様が王太子一派に冤罪を着せられ地下牢に!

 リアムは焼殺!


 あまりの出来事にアンジュは息をのんだ。


 セシルが貴族の子弟が通う学園を卒業するのは、今から九年後だ。

 本当にそんなひどいことが……。


 

『その間私がどうしていたかって?

 何もしていなかった。

 今思えば、王家の流れをくむ公爵家の令嬢がそんな理不尽な目にあっていたのだ。

 王家に断固として抗議の意を伝えるか、いや、そうなる前に、何らかの手を打つのが普通だが、私は学園でのセシルにかかわる問題は、すべてユリウスから報告を聞き、ユリウスの話を丸まま信じた』


 いや、それ馬鹿でしょ!

 もともと冷淡な父親だと思っていたが、娘がそこまで理不尽にひどい目にあっているのに何もしていなかった?

 

 ありえないわ!


 この時ばかりはアンジュは、公爵閣下は死んで正解、と、思ってしまった。


 ユリウスとはマールベロー家の親戚筋に当たるインシディウス家の次男。

 セシルと王太子の縁談が持ち上がったときに、別にマールベロー家の後を継ぐ子が必要となるので養子候補に挙がっている子供だ。


 確かセシルと同い年だった。


『単刀直入に言うと、私はずっとそのユリウスに騙されていた。

 ユリウス及びその父親のインシディウス伯爵はセシルがまだ幼かった時から、マールベロー公爵家を乗っ取るべく様々な工作をしていた。

 侍女長カミラ・デローテは彼らに抱きこまれ、セシルの世間での評判を悪くすべく動いていた。

 それは彼女の告白でのちに知ることとなる。

 彼女は自分の部下の侍女たちにもセシルをぞんざいに扱うようそれとなく誘導し、あの娘がそれに反発したらすかさずその態度や口調を非難して追い込むようにしかけていたという。

 そんなことをつゆ知らない私は、わがままで甘えの強い娘が召使たちを困らせている、と、セシルを突き放していた』


 侍女長デローテのどこかセシルを軽んじるような態度の理由が、アンジュにもようやく理解できた。


 デローテの下の侍女たちにしても、着替えの手伝いの際に腕を強く引っ張ったりしてセシルを痛がらせ怒らせている。

 そして、デローテがとがめるのはそんなセシルの態度である。


 紅茶を入れさせれば、セシルの手元にわざとやったようにしか見えないやり方で、熱い紅茶をはねたりこぼしたり、それでも、失敗した侍女をデローテは叱らず、いやな顔をしたセシルを叱る。


 ほとんど虐めよね。

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