第10話 公爵の遺言状(中編)

 インシディウス家を利するためにセシルを虐待するデローテは論外だ。


 ただ、父親である公爵が、娘のセシルを気にかけているそぶりをちゃんと見せていれば、彼女になめた真似をする使用人など出てこなかった。


 他の侍女やおそらくメイドたちも、公爵がセシルに対して無関心だから、セシルに多少妙な真似をしても大丈夫だとタカをくくっている。


『臣籍降下した王弟を父に持つ公爵家の嫡男だった私にとって、面倒なことはすべて他人がやってくれることであり、その中には娘のセシルのことも入っていた』


 ろくでもない父親だわ!


 両親亡きあと私たち姉弟を引き取って教育を施してくれている恩人だけど、親としては最低最悪!


 そんな人がいまさら何を?


『そんな私だったから、家令のカニングが横領を繰り返していたのも気づかなかった。知ったのは、ユリウスが私を公爵邸から追い出す直前、帳簿を見せて嘲笑うように説明したからだ』


 ただうかつだっただけじゃないの。


『その記憶があったから、今回の時間軸ではヤツの横領の証拠を集め、警察に告発することができた。逃げたとしてもヤツがつかまるのは時間の問題だろう』


 ああ、それで警察が公爵邸に押しかけたのね。


 アンジュは日中の出来事に合点がいった。


『話をセシルのことに戻そう。

 セシルは地下牢に収監されて二年後、冤罪が晴れてマールベロー家に帰ってきたが、すでに廃人同然だった。

 セシルの友人のオリビアが外国で、リジェンナ王太子妃がかけた『隷属』の術を解いてもらい、王太子一派がセシルに行った非道な行いを世界各国の報道機関を通じて

訴え、それで各国の指導者が動いた。

 リジェンナの使った『魅了』や『隷属』は、他国の指導者たちにとっては要警戒対象のシロモノであったからだ。

 禁忌の術を使って自国の高位貴族の令嬢、しかも王太子の婚約者だった娘を排斥した王家に対し、周辺諸国は非難の言葉を浴びせ外交問題となった。王家の者が平気で罪なき者を邪な術で貶めるような真似をするのであれば、危なくて今後付き合いを続けることは難しいと各国は主張した』


 ざまあ見ろと言いたいところだけど、殺されてしまったリアムが生き返るわけでもない。

 地下牢に入れられ慰み者にされてしまったセシルが卒業パーティ以前の状態に戻れるわけでもない。


 今更って感じね。


『周辺諸国の圧力に耐えかね、ついに王家は王太子妃リジェンナを処刑した。

 世継ぎの王子が生まれたばかりの出来事だった。

 続いてリアムを殺したダンゼル・ブレイズに関しても、過剰攻撃だったのではという疑惑で同じく処罰されようというときに、火炎魔法の逸材である彼を救いたがっていた王家やブレイズ家との取引に私は応じた』


 取引って何の?


 つまりダンゼルは処刑されなかったということだろうか?


『我々は、王太子を含むあの時の蛮行に加わっていた者たちを全て無罪方面とするために、彼らもまたリジェンナの魅了にやられた被害者である、と、言う見解をまとめ、それを各国に認めさせるべく働きかけていった』


 被害者?

 そんなわけないでしょ!


『君や一部の使用人、そして、セシルの友人だったオリビアはそれに激怒し、王太子とその一派、特にダンゼルは許すべきではない、と、主張し続けた。  

 しかし私はそれを押し切って、息子を助けたい王やブレイズ騎士団長他貴族の親の意をくんだ。

 ユリウスの謝罪も受け入れた。

 当時君は死んだリアムの代わりに伯爵位を継ぎ、ジェラルディ領に帰っていたが、報道でセシルのことを知り、マールベロー家に戻っていた。

 そして私に異を唱えたが、私はそんな君をひどくなじり倒した記憶がある』


 リジェンナという女の特殊能力に魅せられたと言っても、王太子らが『無罪』でむしろ『被害者』なわけがない。


『君は私に意見することをあきらめて、その代わり、セシルを引きとらせろ、と、要求してきた。

 地下牢に閉じ込められていた時の後遺症で、普通に日常生活をおくるのも難しくなっていたセシルのことは、お荷物に感じていた使用人も多かったので、私は二度とこの件を蒸し返さないことを条件にセシルを君に預けることにした』


 お荷物に感じたのは使用人だけじゃなく、多分あなたもですよね、公爵閣下。


 それを使用人たちの気持ちのせいにし、自分は彼らを思いやってのこと。

 リアムを殺した件に対する追及をやめたのも、王やほかの貴族の親心をおもんばかってのこと。


 そんな風に自分の立ち位置を、他の者たちの事情を気遣う人間という風に定めた言い回しをする公爵のずるさに、アンジュはうんざりした。


 他人の親心を組んだ形をとりながら、公爵自身は娘のセシルに対してかけらも親心を見せてはいない。亡き公爵の告白文は率直だが、ところどころ、ずるくて自分勝手な彼の人間性が垣間見える。


 こういう人が自分に何を託そうというのだろうか?


 なんにせよ、セシルと弟のリアムが悲惨な運命をたどるというのだから、うんざりするような内容だけど読み込んでみなければ。


 アンジュは眠気をこらえて引き続き公爵の文章に目を通した。

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