第4話 刻の短刀

「さて本題に入ろうか」


 そういうとジェイドは、三本の短刀を懐から取り出した。


 黄金に光る三本の短刀。

 一本の比較的長い剣と二本の短い剣。

 柄の部分はどれも三本の蛇が絡み合うデザインとなっていた。


「王家の秘宝『刻の短刀クロノダガー』だ。見たことあるだろ」


 ジェイドは国王と前公爵に話しかけた。


「コッソリ拝借したに決まっているだろう。この秘宝が収められている大時計のある塔は、王家の者なら出入り自由だからな」


 王宮に隣接する何百年も前から王都に時を告げる時計塔。


 その最上階にある秘宝の間は、王家の血を引く者だけが通れる特殊な結界が張られている。

 逆に言えば王族ならばフリーパスということだ。


「あんたらも学んでいると思うが、この三つの短刀でそれぞれ自決すれば術は発動する。三本の中で一本、刃先の長いものがあるが、これで自決したものが術の中心人物となる」


 ジェイドは三本の短刀をテーブルの上に並べて言った。


「中心人物はさかのぼった時点から再び人生をやり直すことができる。だが、短い方で自決した二人はさかのぼって24時間以内に死亡する。中心人物はあんたに譲ってやるよ、国王陛下。俺はさかのぼった時点ではまだ生まれてないし、おいぼれよりもあんたの方がいろいろと新しい時間軸で影響を施しやすいだろうからな」


 国王陛下はジェイドの説明を聞きながら小刻みに震えていた。


「さあ、さっさとその短刀で自分を刺しな。死にきれなくてもこの『慈悲の短刀ミゼリコルデ』でとどめを刺してやるよ。大事なのは『刻の短刀』を使って自分で血を流すことだ。それさえ行えば、あとはどんな形で死のうと術は発動する」


 国王はしかし、うずくまったまま短刀を取ろうともしなかった。


 それが彼なりの拒絶の反応だった。


「ちっ、どこまでも自分がかわいいクソってことだな。それを言うならこのジイさんもだけど、どうしてこいつが素直に従っているかわかるか?」

 

 国王の態度にジェイドはじれて罵り、そして謎をかけた。


「そういうこともあろうかと思って、あんたにも巻き付けておいたよ。『隷属の鎖』を」


 そう言ってジェイドが魔力を放つと、国王が急にのたうち回った。


「うっ、うわあっ……、ぐっ……」


「隷属の術っていうのはな、相手に気づかれないように徐々に徐々に、鎖を巻き付けていくんだ。俺がただ文句を言うためだけに、てめえと長々話してたと思っているのか?」


「そ、そんなことまで……、おまえもリジーと同じ魅了持ちだったの……、か?」


「魅了は無意識に発する力だから隷属の術とは違うぜ。血筋が血筋だから十歳の頃には調べられた。おれの『魅了』はおふくろと違ってせいぜい第一印象が少し良い程度で、十人に一人くらいの割合で持っているレベルだとさ」


「あああっ……」


「ほらほら、早く刺さなきゃ、鎖の締め付けはどんどんきつくなるぜ。俺の鎖は水魔法の冷却が混ざっているから、身を切るような冷たさもあるだろう」


「しかし、『隷属』の術が扱えたとは……」


「『隷属』には二種類のやり方があるんだ。一つは相手のすべてを支配して完全に自分の言いなりにするやり方。これは難しい。よほど高位の魔導士でないと無理だ。そしてもう一つが、条件を決めてそれに関することだけ守らせるやり方。こちらの方は難易度が低く普通程度の魔導士でも使うことができる。おふくろがオリビア嬢に施した『隷属』もおそらく後者だろう」


ジェイドはのたうち回る国王を見下ろしながら滔々と説明した。


「おふくろはおそらく『自分が命じたとおりの証言をし、そのことを決して他言しない』ってとこかな。俺の出した条件は何だと思う?」


「『素直に自決しろ』ということか……」


「残念、はずれ! 『マールベロー公爵家の娘セシルの不利になるようなことを絶対にしないこと』だ。お前がその短刀で自決せず、いつまでも術が発動しないのは、セシルにとって不利なことだと判断されているんだよ」


 なぜそこまでセシルを?

 ふたたび息子ジェイドに問いかけたかったが、全身を締め付ける苦痛がそれをする余裕をなくしていた。


 この実を切るような冷たさで体を締め付ける痛みから逃れられるなら……。

 隷属の術はそんなふうにして相手を術者の思い通りに操る。 


 オースティン三世は短刀を右手に持つと、軽く左手のひらを傷つけた。


「よし、傷つけたな。次にループの条件を定める。時間回帰に当たっては果たしたい三つの事柄を定め、それが果たせない限り永遠にループを繰り返す。条件はすでに俺が三つ定めている」


 ジェイドは部屋にいた国王と前公爵にも聞こえるように条件を口にした。


 一つ目はマールベロー公爵家の長女セシルが何者にも脅かされず幸せになること。

 二つ目はこの時間軸でセシルを陥れた人間たちに相応の報いを与えること。

 最後に、この国の『魅了』と『隷属』の研究が外国並みに進むこと。


「以上だ。一応最後に国益にもなる項目をいれておいてやったからな。戻る時点はあんたとセシルが婚約する以前だ。数十年前の世界でまた会おうぜ」


 そういうとジェイドは手早く慈悲の短刀ミゼリコルデでオースティン三世とマールベロー元公爵にとどめを刺し、バルコニーへと足を向けた。


 祝いの花火はすでに終了している。


 彼が夜空を見上げると時計塔が日付の変わる0時の時を告げた。


 生贄二人を刺した短刀で彼自身も自らを刺し貫き、バルコニーから夜の闇へ身を投じるのだった。



☆―☆―☆―☆-☆-☆

【作者あいさつ】

 読みに来てくださってありがとうございます。

 次回からは回帰後の世界。

 しばらくはヒロインのアンジュ(セシルの侍女)を中心に話が展開いたします。


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