第3話 もう一人の生贄候補
「王の命の重さだと! そういうセリフはな、家臣が仕えられる側の心の負担を減らすために自主的に言うことであって、本人が言うもんじゃねえよ!」
侮蔑と憤怒とそれらなないまぜになった感情をジェイドはぶつけた。
「しかし、実際その通りだろう。ただの貴族令嬢と騎士、それと王家の者三人の命を天秤にかけるのは……」
床にたたきつけられた国王は体を起こしながら言った。
「見当違いの私怨で最も大切にしなければならない存在を、地獄に突き落とした外道の命の重みか!」
「そなたがそう解釈するのは勝手だが、彼らのために王族の人間が三名もその命を捧げることはない。しょせんは机上の空論なのだ」
「そうかい?」
「そなたも王家の血を引く者なら教えられただろう。秘術に必要なのは、王位についたことのある人物から数えて三親等までの親族。配偶者は王家の血を引いていないので除外」
三親等とは家系図から数えて三つ以内にある親族のことを言う。
それぞれの配偶者を省くと、それは両親、祖父母、曽祖父母、子、孫、曾孫、兄弟、甥姪、までをいう。
「だから不可能だって? そうでもないんだな。命を差し出すものならここに三名いる。お前、俺、そしてこいつだ」
ジェイドがそういった瞬間、何もないところから初老の男が現れた。
「お久しゅうございます、国王陛下……」
力なくひざまずいていた男は、国王陛下にあいさつをした。
「マールベロー前公爵、セシルの父親だ。彼は先々代の王から見れば甥にあたるから、生贄となる資格はある」
マールベロー公爵家はオースティン三世の祖父の弟が臣籍降下をし、作られた家門だった。秘術で命を捧げる資格は、現在即位している者からではなく、一度でも王位についたものから数えて三親等。
ゆえに前公爵も有資格者であった。
「驚いたか? 『
ジェイドはからくりを説明した。
オースティン三世は前公爵の様変わりには驚いた。
セシルと婚約していたころ、王宮や公式の会合で何度か顔を合わせたが、常に最新の流行を身に着けた伊達者であった。それが今は薄汚れた時代遅れの上着を着て、白いものが混じったその髪もろくに整えられていない。
「ああ、陛下……。私は……、私たちはユリウスに騙されていたのです」
すがるような声で初老の男は国王に言った。
「ユリウスに、だと?」
ユリウスはマールベロー公爵の親戚筋に当たる侯爵家の次男で、セシルが王家に嫁ぐと決められたときに、代わりに公爵家の後を継ぐべく養子に入った。
セシルとは同い年だったが、誕生日の関係で義弟となっていた。
オースティンも同学年であり、彼らはともに貴族の子弟が通う学園でともに学んだ。
高位貴族の子弟はみなリジェンナに魅せられセシルの断罪に一役買っていた。
ユリウスは同じ公爵家に住まう身であったので、セシルの内情をよくオースティン達に教えてくれていたのだった。
とはいえ、オースティンやほかの子弟と同じく、それはリジェンナの『魅了』に惑わされた結果ではなかったのか?
「セシルの無実が確定したとき、ユリウスは泣いて私たちに詫びてくれました。だからこそ、私は最初の約束通り、公爵位を彼に譲りました。帰ってきたセシルが再び貴族の一員として生きていくのは不可能でしたからね。しかしヤツは公爵位を継いでから、徐々にその本性をあらわしたのです」
前公爵の話に国王はけげんな表情をした。
学生時代のユリウスは頭はよいがどこか控えめで、高慢なセシルに圧されているような感じであった。しかし、リジェンナを中心に令息たちがまとまってくると、控えめながら自分ができることを積極的に請け負ってくれる好人物であった。
少なくともオースティンのユリウスに対するイメージはそうであった。
「セシルが解放され、王家から莫大な慰謝料が渡された時、私はそれを公爵家の口座に入れました。セシルの個人口座を作ってそこに入れるべきだという執事の忠告を無視して……」
確かにセシルには一生贅沢に暮らしても使い切れないほどの慰謝料を王家は支払った。廃人となったセシルにとっては何の慰めにもならなかったかもしれないが、王家なりの誠意の示し方だった。
「私は……、私はっ! ごほっ、すいません。私は信じるべき人間、受け入れるべき意見、それらをすべて間違えました。公爵位を継いだユリウスは最初こそ私に対しても従順でしたが、業務を全部譲り受けると……」
「つまり、どういうことだ?」
オースティン三世は前公爵に尋ねた。
「ユリウスはまず私を領地の端に追いやりました。そして、公爵家の体面を保つためにはいくら金があっても足りぬ、ゆえに過去の者たちに分ける金はそれほどない、と。今暮らしているのは下級貴族より少しマシな程度の館で、日常生活をおくるにも金が足りぬ有様。焼殺されたリアムの姉アンジュ・ジェラルディ女伯爵がセシルを引き取っていたので、そこも頼りましたが門前払いにあいました」
「それは……、しかしそれはマールベロー家内部の話であって、王家としては見せるべき誠意は見せて、払うべきものは払ったのだぞ。それとも私にユリウスへの説得を頼みたいのか?」
国王の言葉に前公爵は首を振って否定した。
「ユリウスのやりようにも打ちひしがれていましたが、決定打となったのは、昔仕えていた使用人の話を聞いたからです。セシルに対しては少し厳しすぎると思われる侍女長でした。その女はユリウスの実家インシディウス家に取り込まれていたのです。今は用済みとばかりに打ち捨てられたので私に告白しました。あの頃からマールベロー家を乗っ取るためにあの親子は……」
前公爵は悔しそうに床を叩いた。
「娘の言うことは信じないくせに、ユリウスの言うことは何でも真に受けていたんだ。それで今更、だまされたって悔しがられてもね。失うものはもう何もないから候補にはうってつけ。だから連れてきたんだけどさ」
娘を守ろうともせず絶望に追いやっておきながら、自分に類が及ぶと悔しがり被害者気取りの前公爵を、ジェイドは冷ややかに見つめていた。
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