第2話 公爵令嬢セシルを襲った悲劇
「
ジェイドは非難するように父王に言った。
「……。」
オースティン三世は何も答えずただ息子の言葉を聞いていた。
「あんたはただ関係者を始末し、臭いものにふたをしただけだった」
「リジーの処刑はわしの苦渋の選択だった。そなたの命を救うのもわしがどれほど各方面にかけあったか!」
「おふくろや俺のことを言ってるんじゃない。てめえの過ちで人生を狂わされたセシル・マールベローについて言っているんだ!」
どや顔で息子に恩を着せる王にジェイドは不快感をあらわにした。
「わからぬな、なぜセシルの方なのだ?」
生みの母への仕打ちの恨みならともかく、と、国王は首を傾げた。
「彼女の方が純粋な被害者じゃねえか!」
ジェイドはジェイドで逆に理解できないという表情をした
「被害者にムチ打ちたくはないが、彼女は癇癖がひどく驕慢な女であった」
「へえ、親父どのはつまり、虐められる側にも原因があるって解釈するお人か。確かにそういう考え方するヤツはいるけど、為政者がそれでいいのか?」
「王族としての失態であったことは認める。ゆえに謝罪をし莫大な慰謝料を支払い、そして関係者を処分したのだ」
王太子時代の過ちに対する償いは済んでいる、オースティン三世の認識にジェイドは激怒した。
「馬鹿言うんじゃねえよ! それで取り返せる被害の類か!」
ジェイドは父王の胸ぐらをつかんだ。
「ぐ……」
「だったらなぜ、卒業パーティで断罪した彼女を地下牢に放り込んだ。王家に次ぐ高貴な家の令嬢ならまず貴族牢だろ!」
「その時は、そうするべきだと思ったのだ。リジーに危害を加えた者はそこで苦しむのが妥当だと……」
「地下牢というのは反逆者や凶悪犯罪者など極刑に値する者たち、言い方悪いが、私刑に近い制裁を加えることも許されるような輩が放り込まれるところだ! 看守たちもちゃんとわかっていて、そこに入れられた者は男なら暴行、女に至っては寄ってたかって辱めを受ける、そういう場所だ。そんなところに放り込む必要がどこにあった!」
卒業パーティで王太子一派はセシル・マールベローを断罪した。
そして、衛兵たちにセシルを地下牢に連行することを命じたが、それに抵抗する者がいなかったわけではない。セシル付きの護衛の騎士リアム・ジェラルディは単独で衛兵たちに抵抗し、彼女を自宅へ連れ帰ろうとした。
地下牢のような忌まわしい場所に連れていかれたら、その時点でセシルの貴族令嬢としての、いや、女性としての人生も終了する。
それだけはさせない。
凄腕の剣士は十数人の衛兵隊にもひるまずセシルを守った。
しかし、王太子の側近候補でセシルの断罪に参加していたダンゼル・ブレイズがリアムに火炎魔法を放った。
友人の裏切りに続いて、目の前での幼なじみの護衛の焼死にセシルの心は折れ、衛兵隊のなすがまま地下牢へと連行されていった。
「今思えば、それも魅了の力で……」
オースティン三世は当時の経緯を思い出し、小声で言い訳をした。
「ふっ、処刑に
魅了は発する本人にとっても無意識になされる業で、指摘されなければ気づかないことも多く、ましてや、人の心を操作する類の術ではない。
当時の王太子オースティンを含むあまたの貴族令息が、その技でリジェンナに魅せられていたといっても、誰かがセシルへの『地下牢行き』という理不尽な処分を提案し、それを周りの人間が賛同しない限り、あのような残酷なことは起きなかった。
「冤罪が確定し、地下牢から解放されたセシルは生きる気力も失い廃人同然だった。王家の者たちが見舞いに来て『何か望みはあるか』と聞かれた時、彼女は『卒業パーティ以前に戻りたい』と、言ったらしいじゃないか」
「そなた、なぜ、そこまで当時の状況を?」
卒業パーティでのセシルへの断罪はジェイドの生まれる前、セシルの開放も彼がまだ赤ん坊のころの話だ。
事の次第を見てきたように語る息子に国王は疑問を持った。
「多感な少年が『産みの母のことを知りたい』と懇願すれば、口が軽くなる人間は少なからずいるものさ」
十代の頃にしか使えない手だったがな、と、自嘲気味にジェイドは言った。
「俺のことはいいさ、もはや取り返しのつかない被害に対してのセシルの思いは当然だ。普通の人間ならどんなに望んでも時を巻き戻すことはできない。でも、王家にはできたはずだ!」
「女一人のために王家の人間を三人も犠牲にすることはできぬ!」
「はあ、どの口が言ってるんだ! 完全にてめえの失態で彼女は人生をつぶされたんじゃねえか。それに被害者はセシル一人じゃない。彼女の目の前で焼殺された護衛がいた!」
「命の重さが違う!」
最後の言葉にジェイドの堪えていた何かが切れ、気づけば父王を殴り飛ばしていた。
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