第2章 亡き公爵の遺言(回帰24時間)

第5話 突然の訃報

 カーテン越しにも朝の光が差し込む時間。

 アンジュ・ジェラルディはベットの中で伸びをしゆっくりと体を起こす。


 洗面をし髪を整えいつもの紺色のドレスを着用すると姿見の前に立つ。


 ダークヘアに灰色がかった緑の瞳、顔立ちは整い、十六歳の彼女は世間一般では間違いなく美人の部類に入る。


 でも、それはあくまで一般のレベルの人間を並べたら「優良」という程度の話だ。

 世の中には次元の違う美しさを持った人間がいる。


 彼女が仕えるマールベロー家の一人娘セシル。

 プラチナブロンドに薄青の瞳、まだ九歳だが年頃になればどれほどの美女に成長することだろう。


 そんなセシルだが、巷の評判はあまり芳しくない。


 癇癪持ちのわがまま娘。


 しかし、弟リアムに言わせると、彼女が父の公爵に疎んじられているからと侮った使用人たちが姑息な嫌がらせを繰り返し、それにキレた彼女の様子を悪く吹聴した結果らしい。

 そんな大人の悪意に身構える必要のない状況でのセシルは、普通に気のいい無邪気な娘なのだという。


 アンジュとリアムの姉弟はそれなりに歴史の古い伯爵家の出身であった。


 現在アンジュは令嬢セシルの侍女兼家庭教師を務め、十三歳のリアムは騎士を目指して修行中である。


 両親がともに馬車の事故で死亡し、家門がもともとマールベロー公爵家の傘下であったため、二人は公爵邸に引き取られた。

 領地の運営は現在マールベロー家に託している。

 

 いずれリアムが成人したら、マールベロー家の力を借りて伯爵として独り立ちをさせる予定である。


 さて今朝も、身支度を終えセシルお嬢様の部屋に向かおうとしていたアンジュは、突然執事のただならぬ声が邸内に響くのを聞いた。


「大変です、旦那様が!」


 叫び声をあげた執事は気を取り直し、医師の手配を使用人に命じた。


 十数分後、駆けつけた公爵の主治医コペトン氏が彼の死を確認すると、邸内は騒然となった。


「直ちにこのことを王宮にお知らせを。ああ、それから葬儀の手配も必要でございますね」


 亡くなった『旦那様』より十歳ほど年長の中年の男性が二人、これからやることの打ち合わせをした。

 執事のヴォルターと家令のカニングである。


「あの、こちらは公爵閣下の机の上に置かれていた封書でございます」


 主治医が執事らに封書を三枚手渡した。


 宛名は、家令のジョージ・カニング、執事のアーネスト・ヴォルター、メイド長のサリー・メイソンであった。


「旦那様がなぜこのような?」


「メイソンさんを呼んできてくれ」


 執事と家令が首をかしげながら、もう一枚の宛名の主であるメイド長を読んでもらうのをそばにいた使用人に頼んだ後、封筒を開いた。


 執事のヴォルターが、家令やメイド長の封書に比べ、自分宛てのものがずいぶん分厚いのを疑問に感じながらも、まず冒頭に当たる一枚目に目を通そうとした矢先、


「すっ、すいません。持病の腹痛が……。部屋に戻って薬を飲んでまいります」


 家令のカニングはそう言ってその場を辞した。

 そして入れ替わりに、メイド長のメイソンがやってきた。


「ヴォルターさん、何なのですか、この騒ぎは? コペトンさんがいらっしゃったので、旦那様かお嬢様の具合が悪くなったのではと思ってましたが……」


「落ち着いて聞いてほしい、旦那様がお亡くなりになった」


「なんですって!」


「今から葬儀の準備、それは王宮と……、ああ、大聖堂にも連絡せねばならない。王宮から情報が流れれば弔問客も受け入れなければならないが、そのもてなしの準備などお願いできるでしょうか?」


「ええ、ええ。確か奥様や先代様が亡くなられた時の記録が残っていますし、なんとかなりますでしょう。ああ、それにしても、このような準備は私が勤めている間はもう起こらないと思っていたのに。旦那様もまだお若かったですから」


 メイソンは齢五十を超え、あと数年で引退の予定のメイド長である。

 彼女は嘆きながらも、頭を忙しく動かしてやるべきことを数え上げていた。


「私たちは何をお手伝いしたら?」


 様子をうかがっていた侍女長のカミラ・デローテが声をかけた。

 薄茶色の髪をアップにして一つにまとめ二十代半ばの美人と言えなくもないが、剣のある表情がそれを少々台無しにしている。


「ああ、デローテさん。弔問客に出すお茶や菓子類は私どもが用意しますので、あなた方には客の対応など任せてもよろしいですか? 下働きの者たちでは貴族の方々の対応はいささか心もとないですから」


「かしこまりました。弔問客の対応は私と部下の子たちでいたしますわ」


 デローテ女史は深くお辞儀をして請け負った。


「あの、セシルお嬢様のことはどうされます?」


 同じように様子をうかがってデローテの隣に立っていたアンジュが聞いた。


「あなたが行ってちょうだい。私たちはそれどころじゃないですからね」


 冷淡な口調でアンジュに命じた。

 彼女がアンジュにつっけんどんな態度をとるのはいつものことだ。


「かしこまりました」


 アンジュは一礼すると、セシルの部屋へと急いだ。

 

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