第11話 ほくほく

 残る5匹のカゴを丁度良い塩梅にリュックに入れて帰るまでに、丁寧な労わりと感謝の言葉を何度もかけていただいた。


「今日ははるばるお疲れさん」

「希瑠子によろしくね」

「可愛い子に引き合わせてくれて、ありがとうね」

「こちらこそ、ありがとうございます。パインちゃんをよろしくお願い致します」


 お礼にジャガイモを段ボール箱一杯にくださる上に、帰りはおばさまの運転でボクの自宅まで送ってもらえることになった。  

 有難いことずくめだ。

 

 しかし……先方の選択に文句はないが、どうせなら区別しづらいチーちゃんかセモリナちゃんのどちらかを貰ってくれたら世話が少し楽になるのに……と思ってしまった。


 わがままは言うまい。

 里親探しがまずは1件達成されたのだ。パインちゃんが新しい家族と幸せに暮らせるなら良しとしましょう。


 それに、このご家族は頼もしい味方だ。

 おじさまのアカウントから、ティーカップで遊んだ動画をもうじき配信するそうだ。バズること間違いなし!

 モフェアリー飼育に興味を持つ人がいれば知らせて間に入ってくださることになった。

 私にとって、これがいちばん有難いことだった。


「今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ。また遊びに来てね」

「パインをお願いします。シャルルくんもお元気で」

 自宅のアパートの入り口で、ジャガイモの箱を移動しながら挨拶を交わした。ボク1人でもどうにか運べる範囲内だったが、おばさまは親切に片側を担ってくれたのだ。


 おばさまを見送り、扉を閉める前に。

「おねえさん、こんにちは。ちょっと良いですか?」

 声をかけて来たのは、お隣の小学生の息子さんだ。

「おねえさん、モフェアリーを飼っているんでしょう? 塾から帰るときに窓から見えたことがあるよ」

「こら、失礼だよ」

 後ろにいるお母さんは困惑気味だ。


 ボクの住んでいるアパートは、籠に入るくらいの小動物なら飼っても良いことになっている。だから見られても困らないが、子供の目敏さに驚いた。


「もしかして、里親探し中ですか? そうなら僕がもらってもいいですか? ……ちゃんと面倒見るから!」

 後半は母親に向けた言葉。

「あの、大丈夫です。里親探し中なのは合ってますし……」

 母親は、気を遣わせて御免なさい、というようにこちらに少し頭を下げ、息子に呆れた声で言う。

「あんた、この間は犬を飼いたいって言ってたよね」


 このアパートは犬猫禁止だ。隠して飼うつもりだったのか、たんなる願望なのか。

 どちらにせよ、里親候補として当てにできそうにない。


「お母さんと話し合って、よく考えて、飼いたい気持ちが変わらなければ、また来てね」

 これさえ言えばボクに出る幕はない。

 部屋に入り扉を閉めた。

 

 隣の親子はジャガイモのお裾分けをしたいご近所の筆頭だったけれど、その話をするタイミングが無かった。


 洗って蒸したのを4つに割る。

 塩を振り、割れ目にバターの欠片を置く。

 バターが溶けるのを待ちきれず一切れ箸で持ち上げる。

 ほくほく美味しい。

 美味しい、美味しいと思いながら、小皿の上のあと三切れがバターにまみれるのを見ている。至福。

「ぴっ!」

「ぴい!」

「ぴぅー」

 モフェアリーたちも食欲を刺激されたようだ。ジャガイモは冷めてから与えよう。これには塩とバターは要らない。


 隣でドアの開閉の音がした。

「ただいまー」

「お帰りなさい」

「お帰りなさいパパ。再来年には世田谷のお家に戻るんだよね?」


 どうやら、この母子がここに住んでいるのは父親の期限付きの転勤のためらしい。

 犬を飼いたいのも一戸建てに引っ越してからの話だろう。男の子の内心を悪いほうへ推測したのが少し申し訳ない。


 けれど、住環境が変わって飼育可能なペットの選択肢がふえても、モフェアリーへの愛情が続くかしら?

 

 もしあの子がモフェアリーの件でまた来たら、そのあたりの意志を確かめなければ譲渡するわけにいかない。



(続く)

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