第10話 もにもに
おじさんは徐々にレバーを回す速度を落とし、ティーカップコースターの回転を静かに止めた。
モフェアリーたちは三々五々カップから出ようとしているようだ。
幼い彼らは、まだモモちゃんフジちゃんみたいにしっぽがふっさりと大きくないので、背中やお尻や後足がよく見える。
もにもにした仕草を見ていると胸の奥が痒くなるようで、可愛い反面、希瑠子はこういうのが苦手なんだろうな、と思う。
目が回ったのか、誰もまっすぐにカップの縁へ登ってゆけない。
黄土色の頭のイモコちゃんは、縁におててを掛けたと思ったらコロンと後ろに転がってまたカップの中に。
おばさまが大事なことに思い至った。
「そろそろ他の子もトイレしたいかも」
「そうですね! ちょっとごめんなさい」
ボクは用意していた犬猫用のトイレシートを床にしいて、その上に6匹のモフェアリーをカップから出して並べる。
チーちゃんは「済ませた」ばかりだが別扱いする意味がなさそうなので、一緒に置く。白っぽい同士で区別しづらいセモリナちゃんからなるべく離して……。
と思いきや、モフェアリーたちはお互いに近づいてお尻の匂いを嗅ごうとする。
同じ卵塊から生まれた兄弟(?)とはいえふだんは2匹ずつカゴに、さっきは1匹ずつカップに、隔てられていたのだから無理もない。
「久しぶり!」
と思っているのかな。
こっちがチーちゃん、そっちがセモリナちゃん。
そういえば、アポーちゃんは「髪型」の赤みが増している? 青林檎が赤く色づくみたいで名前にピッタリ。
しばらくじっとしていた濃いピンクの頭の、タラちゃんのお尻の下に水濡れの跡がつく。イモコちゃんと、黄色い頭のパインちゃんも同様だ。
あっ、タラちゃんが歩いてシートの外に出ちゃった。つかまえる時にしっぽに触れたら
「ぴわっ♡」
と鳴いた。
シートの上では、パイン、チー、イモコが縦に並んで前方にいる子のしっぽを撫でている……らしいのだが、しっぽが小さくて、後脚で立って仲間のお尻を前脚で押しているように見える。
モフェアリーはしっぽに触れられて嬉しいと、仲間のしっぽに触れたくなる性質がある。
タラちゃんは列の後ろについて、パインちゃんのしっぽに前脚を触れた。
最前のイモコちゃんには、まっしろセモリナちゃんと青林檎のアポーちゃんが寄ってきた。
すると、おお、6匹のモフェアリーが輪になって、お互いに前にいる子のしっぽを揉む循環が完成した。
赤ちゃんのモフェアリー・リングだ。
もに。もに。もに。もに。もに。もに。
ぴわ♡ ぴわ♡ ぴわ♡ ぴわ♡ ぴわ♡ ぴわ♡
「へえ、これは面白いものを見た」
「きゃっ……きゃわ……きゃわわわ……」
おじさまもおばさまも楽しそうだが、よその家でトイレシートの上というのが少し気が引けた。
「そうだそうだ、肝心のアレをね……」
お婆さまが席を外し奥の部屋へ向かった。
やがて、アポーちゃんがもじもじと体の向きを変え、ポロリと黒いビーズのようなフンをした。
それを皮切りに、ベビーモフェ・リングは解散となった。
ボクはテーブルにタオルを敷いてモフェアリーたちをそこに移し、トイレシートを持参したビニール袋の中へ片づけた。
お婆さまが戻ってきた。
その両手に包み込まれるように、青い頭のモフェアリーが一匹乗っている。赤ちゃんたちより体は大きいがフジやモモよりずっと小さく、しっぽはピンポン球くらいに育っている。
「この子のフィアンセを決めなくちゃ、ね」
おばさまもボクに微笑む。
「うちのシャルルよ。よろしくね。この子と仲良しになれそうな子を一匹選ばせてね」
シャルルくんもタオルの上に降り立った。うちの子らは、親きょうだい以外のモフェアリーを初めて見る。
6匹も連れてきたのに、もらってくれるのは一匹だけ……と思わなくはないが、先住モフェとは仲良くなれる方が良いに決まっている。かと言ってモフェアリーは雌雄同体で、どの組み合わせでも繁殖可能性だが増えすぎても困る。となれば、いちばん仲良しの一匹を選ぶのは合理的だ。
おじさまの話によると、卵を一度は見てみたいとのこと。子モフェが生まれたら里親を探し、以降は「しっぽの手入れ」をきちんとする予定。
しかし、どう選ぶというんだろう?
ボクは身近な個体とすぐ仲良くなるモフェアリーしか見たことがない。
小さな6匹の余所者に遠巻きに見守られ、シャルルくんはおろおろと向きを変える。
するとパインちゃんがシャルルくんに素早く近づき、お尻の匂いを嗅ぐと一声鳴いた。
「ぴい」
シャルルくんとパインちゃんの目が合った。
つまり、二匹の頭上の各一対の突起にある黒い粒が、お互いに向かい合っている。
シャルルくんもパインちゃんのお尻を嗅ぎ、
「ぴい」
と鳴く。
2匹は互いのお鼻をちょんと合わせ、寄り添った。
「この黄色い頭の子にするわ」
おばさまがにこやかに宣言した。
先着順だった。
(続く)
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