爽子の話

第9話 くるくる

 希瑠子に連絡しそびれて余計な心配をかけた。

 あれから数日して生まれたモフェアリーの赤ちゃんは6匹もいて、ぴぃぴぃ、ぴわぴわ、時々ぴぅ、とにぎやかだ。

 みんな可愛くって嬉しい悲鳴。


 野生と同様に、親を一緒に居させないほうが良いのだという。親が子を可愛がる場面を見たかったが仕方ない。

 というのも、子モフェは卵から外に出るために必要な溶解液を分泌する能力を一時的に有しており、それは成モフェの皮膚やしっぽを傷つけてしまうのだ。

 大きいのが小さいのを仲間として可愛がるのは、小さいほうがもう少し成長してから。6匹の赤ちゃんはそろそろ大丈夫そうだ。


 ボクは里親探しのため、彼女に紹介してもらった人物を訪れるところだ。

 希瑠子の親戚で、DIY の達人。ハムスターを飼っていた時はホイールも自作したとか。


 最寄りの無人駅からコミュニティバスに乗って緑豊かな山の中を行けば、集落の入口のバス停のそばに、自家用車を降りてニコニコと手を振る家族が見えた。

 希瑠子の親くらいな年の夫婦と、どちらかの母親だろうおばあちゃん。

 自己紹介しあい、後部座席に乗せてもらう。モフェアリー6匹ぶんのケージの入った、重くはないが嵩張るバックパックと一緒に。


「希瑠子がお世話になっております。あの子も来れば良かったのにねぇ」

 ボクの荷物を挟んで隣になった、訛りのつよいおばあちゃんはそのようなことを言っている。

 同感だが、希瑠子はモフェアリーが苦手だから仕方ない。

 モフェアリーを飼いたがっているのはおばさまで、肝心のこの人の話は聞き取りやすい。DIYが得意なのは運転中のおじさま。

 みんな感じの良いご家族だ。


 着いたのは絵のような里山を背にした一軒家。玄関に向かって歩きがてら辺りを眺めると、母家と離れ、そしてもう一つの離れかと思うような大きな物置に材木が積まれている。

「お邪魔いたします」


 案内されてお茶の間に上がるとさっそく、モフェアリーが2匹ずつ入ったケージを3つ、テーブルの上に並べる。みんな小さくて繁殖期はだいぶ先のことなので、まだ仲間と同じ籠でも構わない。


 ここにいるモフェアリーたちは皆、しっぽも身体も真っ白だが、頭部はそれぞれ色が違う。それに、色のついたゼリー状物質がお顔にかかる度合いも少しずつ違っている。マニア用語で「髪型」と言われる所以だ。



 初めの籠に、明太子のようなピンク掛かった赤のタラちゃんと、皮付きフライドポテトのような黄土色のイモコちゃん。


 次の籠には、黄緑から赤へ珍しいグラデーションになっているアポーちゃんと、チーズのような象牙色のチーちゃん。


 最後の籠に、鮮やかな黄色のパインちゃんと、頭まで全身が小麦粉のように真っ白なセモリナちゃん。

 じつを言うとチーちゃんとセモリナちゃんは見分けづらいので、この2匹を同じ籠にしないように割り当てた。  


「まあまあ、こりゃあ……ちいこくってめんこいのが、たくさんおるなあ」


「世話するとき区別しやすいように名前をつけましたが、もちろんそちらで新しいお名前をつけてくださって大丈夫です」


「はるばる連れてきてくれて、ありがとうね。フルーツをどんどん食べて。もちろん、爽子ちゃんもよ」


 テーブルの上のお盆には、みずみずしい梨や、なぜか今年は例年よりもお手頃価格で出回っているシャインマスカットが溢れんばかりに載せられている。


 果物ナイフを借りてマスカットの粒を半分ずつして、一匹に一切れずつ与える。

 梨は、人間サイズに切ってあるのをさらに細かくする。

「ぴい! ぴい!」

「ぴわ♡ ぴわ♡」

 移動の疲れと空腹を癒す美味に、みんな大喜びだ。

 ボクはもう一度洗面所を借りて手を洗い、ようやく自分のぶんを頂いた。ジューシィ!


「なあ、ちょうど6匹だ。アレで遊ばせてみようか」

 おじさまは何かを取りに行き、風呂敷包みを抱えて戻ってきた。

 

 包みを開くと、木製の円い台座に6杯の小さなおカップが輪になって並んでいる。

「ハムスターにはイマイチ受けなかったが、この子らにはどうかな?」


 おばさまとボクは手分けして、モフェアリーを一匹一匹、カップに入れた。

「じゃ、いくぞ!」

 おじさまは台座の脇についたレバーを回す。

するとカップの輪が回り始めた。


 モフェアリー専用のティーカップコースター!

 カップの小ささは、モフェアリーが一匹一匹、ふちに前足をかけて外をみる姿勢をとるのに丁度良い。


 赤、茶色、緑、黄、白っぽい2匹……の色彩もダンスを踊るようにくるくる回る。

「ぴわ♡」

「ぴわわっ♡」

 楽しんでいるようで良かった。わくわくとカップの中から流れる景色を見つめる12の「瞳」が愛らしい。  


 おじさまは少し回転スピードを上げた。

 すると気づいたのだが、この機械にはオルゴールも付属していて、遊園地のパレードのような楽しげなメロディが鳴るのだ。


「ぴぅ……」

 異を唱えるかのような微かな声がした。

「おじさま、ちょっと止めてください」

 動きを止めたカップごとのモフェアリーを見てみると、チーちゃんはお漏らししていた。底に少し溜まった水分が後足を濡らしている。


「ごめんなさい! 汚しちゃった」

「いいって、いいって。飼っていればそんなのはよくあることだ」


 ボクは、チーちゃんを持ち上げてティッシュで拭き、カップに残る水分も拭き取る。ティッシュはくずかごに捨てた。

 チーちゃんはカップに駆け寄り

「ぴい!」

と鳴いた。

 もっとこれで遊びたい! と言うように。


 チーちゃんをカップに入れてやると、おじさまはまたレバーを回し始めた。


「ぴわっ♡」

「ぴわっ♡」


 気づくと、おばさまはスマホのカメラを構えている。

 おじさまが手を振った。

「おまえさんもおいで」

 おばあちゃまに促され、ボクもモフェアリーの邪魔にならない場所を探して画面に入った。

 おばさまも自撮りの要領で収まり、動画を一時的に止めて、はいチーズ。


 それからまた動画撮影に戻った。

 モフェアリーも人間も、みんな楽しそうだった。

 希瑠子もいたら、笑ってくれたかな?




 (続く)



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