第8話 もやもや
家に着いたら「帰ったよ」とお互いに知らせるのが習慣になっていたけれど、今夜、爽子から LINE もメールも来ない。
……嫌われたかな。
SNSに「保護モフェアリーを譲渡してもらいました」なんてコメント付きの写真をアップしていないかと探してみても、それすら見つからない。
……思いがけず飼う数が増えて、几帳面な爽子らしくいろいろ支度しているのかも。
そう思い直して1日が終わり、次の日にはまた爽子の痕跡が見当たらないスマホ画面に溜息をつく。
絵本作家ファンのコミュニティにも彼女の新しい書き込みが見当たらない。
嫌われたんだろうな。
私が手の上のモフェアリーを振り落としたときから、酷いやつと思われていたんだろうな。
モフェアリーの眼は、うるキラ可愛いあの器官ではなく、頭の上の出っ張りにある。
はじめて知って私が驚いたのも、そんな私に爽子が怒ったのも一瞬。けれどその時だけの問題ではない。
私はもはやモフェアリーを以前ほど可愛いと思えなくなった。爽子は穏やかに振る舞いながらも、私の薄情さに気づいていたはず。
私がそれを見つけたのは、暑い夕方、最寄りのバス停から自宅までの道すがらだった。
住宅地を横切るように歩いていたら、
「ぴぅ」
「ぴぅ」
とかすかな声がした。
声の主は、ラズベリーの木のある住宅の、塀の上で寄り添う2匹の小さな生き物。
間違えて日向に出てきたのか、はたまた日差しを遮っていた自動車か何かが去ったのか。西日に照らされて2匹共ぐったりしていた。
……もしかして、モフェアリーなの?! 爽子がこのごろ飼いたがっている。
お互いのまるいしっぽに両の前足と頭をうずめる格好をしていた。
いま思えば、あれは相手のしっぽの柔らかさに癒しを求めるだけでなく、しっぽを前足で撫でてやることで相手の苦しみを和らげてやろうとする姿だ。
ハンカチにくるんで、両手で支えて持ち帰った。
家に着くとまず水を与えた。
2匹のショボショボしていた「眼」が、うるうるパッチリと愛らしい輝きを取り戻したとき、妖精が舞い降りたようだった。
あれは眼ではないと知ってしまったけれど……体の構造について誤解していたなんて、人間の勝手だ。
彼らの本質には何の変わりもないのに。
また週末の足音が聞こえてくるころには、私みたいな愚か者は愛想を尽かされても仕方ないと諦めがついた。
床に寝転び、スマホをテーブルを挟んだ反対側のソファに向けて放り投げた。
ボスン、と鈍い音をさせてスマホはパステルカラーのクッションの下に潜った。
それでいい。手元にあっても延々といじり続けて爽子から音沙汰が無いのを思い知らされるだけだ。
とはいえ、ほかの知り合いとの連絡もあるので、お風呂に入る前にスマホを拾ってチェックする。
そこにLINEの通知が表示された。
爽子からだ!
「夜分遅くすみません。
この間は怒ってしまい、ごめんなさい
モフェアリーたちをありがとう
お願いしたいことがあります
モフェアリーの飼い主探しを手伝ってください。
あの子たち、繁殖しちゃった!」
爽子にビデオ通話が繋がった。
「うわーん、希瑠子!」
「爽子! 嫌われたのかと思ったよー!」
「そんなことないよ。
聞いてよ、この間、家に着いたら箱のなかにもう卵塊があって……希瑠子を責める資格なんてなかった。
赤ちゃんを預かってなんて言わないから、飼ってくれそうな人の情報だけでも教えて」
(続く)
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