第6話 うるうる
「そうだ。フジちゃんとモモちゃん、どっちにする?」
「どっちも可愛いけど……ボクが決めていいの? 希瑠子が拾ったのに」
などと話していたら
「ぴい!」
鋭く鳴いたのはモモちゃんだ。
ピンク頭が二匹になったと思いきや、もう片方は藤色の地が少し見えていた。
じゃれあっている間にフジちゃんはピザの上のソース溜まりに顔からダイブしてしまったのだ!
「ぴい! ぴい!」
モモちゃんの声が聞こえているのかいないのか。
フジちゃんは左右にゆっくり頭を振りながら、何処へともなく歩く。
ソースまみれのあたまの上に「?」マークが浮かんでいるよう。その有り様は妙に私の気分をざわつかせた。
「あれ、大変だ!」
爽子は何かに気づくとフジちゃんを持ち上げ、その小さな頭を紙ナプキンでそっと拭いた。
そしてこよりを作り、小さなお口のあたりをつついてみると、こよりの先がピンクに染まり、
「ぴ」
フジちゃんがしばらくぶりに声を出した。
「フジちゃん、目も口も塞がっていたんだ。苦しかったね」
「モモちゃんは私たちに知らせてくれたんだね」
ウサギのような耳はまだソースに覆われたまま、フジちゃんは安心したら泣きたくなったのか、お目目がうるうるしている。
「お目目もキレイにするよ。ゼラチン質を傷つけないように気をつけなきゃね」
目は涙があふれているのを除けば元通りに見えるが……だまって爽子を見守っていると、彼女はフジちゃんの「耳」をウェットティッシュでそっと撫でた。
「うん、キレイになった」
「……ゼラチン質って?」
「頭を覆っている、この髪型みたいな物質だよ。目を保護すると考えられているよ」
「目を保護……?」
「ほら、ウサ耳みたいなのの先端近くに、黒い粒が透けて見えるでしょ。これがモフェアリーの目だよ。可愛いね」
爽子は私にフジちゃんを差し出した。獣医が飼い主にペットを渡すみたいに。
「えっ⁈ 目はこれじゃないの?」
私は手のなかのフジちゃんの、うるうる涙を滲ませている「目」を指差した。
「それは水分を排出する器官だよ。顔の表情というか、仲間とのコミュニケーションにも関連しているね」
私はさっき心がざわついた理由に思い当たった。フジちゃんの動きは、実家の椿についた蛾の幼虫がどの葉を食べようか思案するみたいに頭を巡らすときにそっくりだった……。
「いやぁぁぁあああ!」
しまった! 私は思わず小動物を手のひらから振り落としていた。
「おおっと!」
爽子が両手で受け止め、飼育箱に戻して事なきを得た。
「何するの! 可哀想じゃないの!」
爽子の怒った顔を初めて見た。
手芸と整理整頓が得意で、物知りで、不意に放り出されたものをナイスキャッチできる爽子が、ピザシートに具を並べるくらいしか出来ない私を責める……。
もちろん悪いのは私……。
「そんなことも知らないで飼おうとしてたの?」
「ぴわっ♡ ぴわっ♡」
「ぴいっ! ぴいっ!」
見た目だけ子リスに似た奇妙な生物が、囃し立てるみたいにやかましく鳴いている。
気のせいだと分かっていても、人の言葉のように聞こえる。
「ソウコ、スキ♡」
「ソウコ、スキ♡」
「キルコ、キライ!」
「キルコ、キライ!」
頭も心もぐしゃぐしゃになって涙が出てきた。
「なんであんたが泣くの……」
そういう爽子も泣いている。
「何であんたなんかがモフェアリーを2匹も見つけるの! 何であんただけレース編みのニットが似合うの!」
違う話題が加わっているし、答えようのないことばかりだが、これだけは確かに言えた。
「ニットはさ、似合うように作ってくれたからじゃないかな……」
爽子は不意を突かれたような顔をした。
「こんどは爽子に似合うように、レースのニットをデザインして、編んでみなよ」
「出来るかな……」
「出来るよ」
むらさき頭はぴわぴわ、ピンク頭はぴいぴいと、まだ騒いでる。
私は私で、モフェアリーは子リスでも蛾の幼虫でもないのだ、と自分に言い聞かせた。
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