第10話 主人公の活躍を奪うタイプのモブたち
「……いや、トイレに行くって言ってたわよね!? なに待ちぼうけ食わせてんの!?」
特別棟3Fの空き教室で、俺は宇和木さんと対峙する。
何故か彼女は興奮していて、すっごい理不尽に怒られた。
「うん、昨日は確かにトイレに行った。そしてそのまま帰った。で、ちゃんと待ち合わせ場所まで来た」
「そのまま帰るを挟むな! あんた舐めてんでしょ⁉」
「舐めてないよ! ただ平常運転で君のことあんま好きじゃないから優先順位が低いだけだ!」
「腹立つ! こいつホントに腹立つ!?」
なんか話し合いの前に無駄にヒートアップしてしまった。
というかあんなことしたんだから、好かれてないって前提条件ですよね? そこにまで引っ掛かりを覚えられるとちょっと困る。
「はぁ…はぁ……。ダメだ、我妻君のペースに巻き込まれると話が進まない……。もう、なんなの? 普通追い詰められてもっと心折れてるもんじゃないの? どんだけふてぶてしいのよ……」
そこは梓たちのおかげだ。
誰にも信じてもらえず、今のように罵倒や下駄箱にゴミを詰めるなんてやられたら、きっと俺だって壊れていた。
でも彼女達はこんな俺に寄り添ってくれたんだ。
だというのに俺が周囲の悪意に屈するのなら、それはクソどもの罵倒の方が梓たちの言葉よりも重いという証明に他ならない。
なら絶対に膝はついてやらない。
ふてぶてしいと思われようが、平気なツラして冤罪なんて乗り切ってやる。だって冤罪も罵倒もいやがらせも、彼女達の気遣いに比べればカスみたいなもんでしかないのだ。
「いいから話進めよう」
「同感だけど、すごい納得いかない……」
宇和木さん、もう取り繕う気すらないっぽい。
てかクラスでの態度から既に周りには様子がおかしいと思われている。だって襲ったとされる俺とわざわざ二人きりになろうとするなんて、そもそもの冤罪を仕掛けてきた女の子の対応としては違和感があり過ぎた。
「えーっと。一応聞いとくけど、いいの? 俺を呼び出すとか、たぶん余計に噂の信憑性下がるよ?」
「……別にどうでもいいわよ」
なんか捨て鉢な感じ。
不思議に思い首を傾げる俺。一応、前もってこの教室に隠しカメラと盗聴器は仕込んである。さんざん誘いを無視し続けたのは、おちょくるためだけじゃない。
「俺はどうでもよくないんだけど。なんせ、宇和木さんは自分から告白してきたくせに、我妻瑞貴が振られた腹いせに襲ってきたなんて嘘を吹聴して、俺を貶めた。なんでそんな真似をしたのかは、ぜひ聞きたいね」
わざわざ名前入りの説明口調で語るのは、しっかりと録音するためだ。
根本の冤罪を覆さなきゃ結局俺の立場は変わらないまま。せっかく罠に嵌めようとしてくれたんだから、ぜひ墓穴を掘ってもらいたい。
「謝れとまではいわないけどさ。自分がやったことは認めてくれるんだよな?」
「それがどうしたのよ。……結局こんだけやっても、あんたらなんも変わってないじゃない」
おっと、いい具合の言質が取れた。
この時点で俺の目的自体は果たされたんだけど、今の態度もちょっと変だ。
「どういうことだ? てかさ、なんでこんなことしたのか。ちゃんと答えろよ」
最初は俺に振られた腹いせでこんな悪評を触れ回ったんだと思っていた。でもこの様子だとちょっと違う気がする。
俺の問いに宇和木さんはしばらく沈黙した。
少しの時間を置いて、彼女はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「そもそも別に、あんたのことなんて好きじゃない。ウソ告ってやつ」
「あー、そうなの? ちょっとショック……」
実は告白されたの初めてだったから。
俺はけっこうモテないタイプらしく、梓たち以外の女の子からはあんまり誘われたりしない。
それでも小学校の頃は遊ぼうって呼ばれる機会もあったが、雪乃が義妹になってからは本気で一切なくなった。鋼のシスコンオーラが隠し切れてないのだろうか。
「じゃあ気付かれてなかったのに、私普通にフラれたの? こっちもショックなんだけど」
「それはなんか……ファイト?」
カワイイ系の宇和木さんだけに自信はあった模様。
ごめんなさいは違う気もするし、とりあえず応援しておく。
煽りだと思われたみたいで宇和木さんはピキッってなってた。俺もしかしたら言葉選びが下手なのかもしれない。
「ウソ告ってあれだろ? 告白して、おっけーしたら“ウソでしたー”ってバラシて仲間うちで笑いものにするサムシング。じゃあ、恥をかかされた復讐で俺を強姦魔にしたてあげたってこと?」
「復讐っていうか、正直やり返すって気持ちはあった。でもそれは我妻君がっていうより、藤崎らがムカつくっていうか」
要領を得ない説明に少し目つきを鋭く変える。
自分でも思っていたより苛立っていたみたいだ。宇和木さんはあからさまに怯えた顔になって慌て出した。
「だ、だから! 私の目的は最初っから藤崎とか綾瀬なの! 藤崎はギャルのくせして化粧なしでも飛び抜けた美人だし! 綾瀬は男みたい態度で格闘技もやってんのにスタイルいいし肌も奇麗! こっちは毎日化粧水も乳液もして食生活も気をつけて早寝早起きしてランニングやストレッチだって欠かさずやってんのに男子の評価は“可愛いけどあいつら以下”! 努力もせずにナチュラルボーンでそれとかムカつくのよ!」
ってことは、俺に狙いを定めた理由って。
「あいつらが気に入ってる男子を奪ってやって目の前でイチャついてやったらちょっとは溜飲が下がるかと思ったの! 悔しそうな顔を見て馬鹿にしてやりたかった! ……私はただそれだけで、我妻君がこんなヤバイヤツだと思ってなかったのよ⁉」
「その評価ひどくない?」
人様を性犯罪者に仕立て上げようとした輩にヤバイヤツ扱いってどうよ。
それはそれとして、理由はまあまあ最低だった。情状酌量の余地はない。
「最初の狙いはダメだったから、今度は襲われたって周りに言いふらした。悲劇のヒロイン演じてやったら、周りの男子とか簡単に信じたわよ。それで藤崎たちが性犯罪者扱いされてるあんたを見限って、離れて行けばいいと思った。……そうしたら、ちゃんと言うつもりだったの! “ごめんなさい。本当はフラれたのは私で、悔しくて嘘を吐いただけ。我妻君は悪くありません”って!」
知ってたけどゲッスいわー、この子。
「そうすれば藤崎たちは、我妻君に嫌われるでしょ!? ざまぁとかもう遅いとか、信じなかったことを責められてずーっと苦しめばいいと思った! なのに、それもうまくいかないし! 我妻君は怖いし! もうどうすればよかったのよ!?」
「俺に聞かれても困るけど……」
別にるなちー努力してない訳じゃないし。
単にあの子は努力を他人に知られるのは粋じゃないって思ってるだけ。
結愛に関しては武術家なもんで、“技の習得はカラダづくりがあってこそ”を実践している。
だから毎日の運動も早寝早起きも食事に関しても日常的に、意識しないレベルでやってるからスタイル維持できてるんだよね。
でも「嫉妬するな」はきっと俺が言っちゃいけないことだ。
その発露の仕方が間違いだったとしても、彼女はコンプレックスに苦しめられてきた。それを否定したり、訳知り顔で「君はこうするべきだったんだ!」なんて言えるもんじゃない。
だから否定はせずにフォローとかしてみる。
「でも君の芸人としてのセンスは明らかにるなちー達を越えているよ! 時代のキレ芸の担い手として、お笑い養成学校をめざすとかどうだろう⁉」
「あんたどんだけ私のこと舐めてんのぉ!?」
失敗した。
俺、たぶんカウンセラーには向いていない。
「はぁはぁ……ていうかさ。あんたはもっと私に恨み言ぶつけてもいい立ち位置じゃない?」
「いやあ、多少家族関係がおかしくなっただけで実害はあんまりないしね」
「実害出てるじゃん。……それは、ごめん」
素直に謝られて戸惑ってしまう。
意外といいところもあるのかな……なんて思っていると宇和木さんは急にしおらしく俯いてしまった。
「ほんとはさ、こうやって呼び出したのもまた服の一つも脱いで、襲われたーってやるつもりだった。ううん、違う。やれって言われた」
「それを明かすのは、もうその気はないってこと?」
「うん。全部話したのは、あーもうどうでもいいやって感じ?」
力なく笑うけれど、妙にすっきりしたようでもある。
しかし、やれって言われた、というのは。
「藤崎に対する嫌がらせは、私の目的。でも我妻君に対する嫌がらせは、違う奴の考えなの。だって、音無とかが幼馴染だって話じゃん? あんなかわいい幼馴染がいるってだけで普通に男子から嫉妬されるでしょ。だからさぁ、ウソ告も間音くんに持ち掛けられたんだよね」
さらりと出てきた名前に頭が沸騰してくる。
間音というのは、確かサカイケのあだ名だ。
そういや、あいつは雪乃に近付いていた。
「つまりさ、我妻君が狙われた理由は、幼馴染とか妹とか美人にばっか好かれて腹立つーってこと。だから株を下げに下げて、離れていった子達を食ってやろ、なんて考えたんだよね間音くんは」
整理すると、流れはこうだ。
サカイケは、俺が梓たちと仲良くしているのが気に入らなかった。
だから宇和木さんをけしかけて、ウソ告をさせた。
それに乗ればよし。もしダメでも、今度は性犯罪者扱いをする。
どちらにせよ梓たちが離れていく。
サカイケ自身は、宇和木さんの悲劇のヒロインムーブを継続させることで、かわいそうな女の子をかばうヒーロー役を続ける。
そうやってイイ男を演出して、そのタイミングで「君達みたいなかわいい子がいるのに他に靡くなんてかわいそうに。俺ならずっと一緒にいてやるよ」とか「あいつ性犯罪者らしいぜ。キモいよな。俺は君らを大切にする」とか調子のいいことを言って近づく予定だった。
サカイケは俺から女の子を奪ってハーレムで満足、宇和木さんはるなちー達が俺を見限ってクズの所有物になるのが楽しい。二人はイヤな形で噛み合っていた。
でも、肝心の梓たちのスタンスのせいでそれが上手くいかなくなった。
「うまくいかないから、もう一回事件を起こして今度こそ……なつもりだったんでしょうね。でも我妻君が驚異の連続スルーをかましたから、耐えられなくなったみたい。“役立たず。せめて足止めくらいはしろ”って私に押し付けてきた。今頃、あんたの周りの女子の誰かを口説いてんじゃない?」
しまった。
なんでここまで詳細に説明をするのかとは思ったが、宇和木さんは俺の足止め役。
同時にサカイケの中では「足止めできれば今日でケリをつけられる公算が大きい」と踏んだ。つまり俺の知らないところで、既にあいつは動いていたんだ。
「……でもさ。なんでそこまで話すんだ? 当初の目論見通り、俺に罠を仕掛ければよかったろうに」
「いや、あんたが無視しまくって大幅に予定ずれ込んだせいで間音に役立たず呼ばわりされたんだけど? てかさー、私も大概クズだけど。ここまで来てそんなムーブ見せられたら、さすがに愛想尽かすわ」
そらそうだ。
俺に全てを話して足止めするのはサカイケへの最低限の義理、余計なことまで説明したのは意趣返しってところか。
「……なあ、宇和木さん。もしかして、あいつのこと」
「好きなんじゃ、って? ないわー、キモいわー。顔よくてサッカー部のエースでも本性知ったら有り得んわー。でも逆に言ったら、本性知らなきゃ運動神経抜群のイケメンだからね。音無たちが騙されて股開かないよう祈っとけば?」
「股開くゆーな」
うん、いや、この子も普通にクズだし俺からしたら敵の範疇で入るんだけど。
悔しいことにあんまりこういうタイプ嫌いじゃなかったりする。
「ついでに、間音が女誘う時に使う場所まとめてあるけど、いる?」
「いる。端っから裏切るつもりではいたのね」
「そりゃそうでしょ。よくもまあ、あんな顔だけに従ってたもんだわ私も」
俺は宇和木さんからメモを受け取って教室を後にした。
瞬間、俺は急き立てられるように廊下を走り出す。
最近呟きを頻繁にしていたのは、お互いの無事を確認するためだ。俺憎しで梓たちにちょっかいをかける誰かの存在を雪乃が警戒しての提案だった。
なのに確認できない状況に自ら飛び込んだのは迂闊すぎたとしか言いようがない。
心は焦燥に苛まれている。
宇和木さんの話が本当なら、俺の足止めを確認できた時点でサカイケは皆を手籠めにしようと動くはず。
そしておそらく初手は……雪乃だ。
「頼む、間に合ってくれ……!」
実際、雪乃の呟きは止まっている。
間音といっしょに帰ったこともあると確認できている。距離は近いとあの男は踏んで、口説きに来たのだ。
その事実にずきりと胸が痛み、走る速度が上がる。
「どうか、どうか無事でいてくれよ……雪乃っ! それに、ちょっとだけどサカイケもっ!」
そう、このままでは、サカイケが危ない。
もちろん雪乃のことは心配だ。もしも手を出したのなら、あの男を生かしておける自信がない。
しかし同時にあの子は無謀なことはせず、ちゃんと考えて動いているという信頼がある。
きっとあの子への心配はきっと杞憂になる、はずだ。
とすると、問題は別のところに出てくる。
ここまで内緒にしてきたが。
実のところ雪乃は、ほんの少しであるが……ブラコン気味なところがあるのだ。
だからもしも、サカイケという男が余計なことをしでかした場合。
わりと普通に大変なことになってしまう……!
俺は宇和木さんから貰ったメモを確認し、あの男が使うデートコースを順に辿っていく。
普通の店から、そういうことをする時に使うラブなホテルのある通りとまでピックアップされている。
満身創痍じゃないし手足も引き千切れそうになってないけど俺は走ってなお走って、ついに二人を見つけた。
「あ、ああ……」
俺は、そこで、見たくないモノを見てしまった。
なんてことだ。俺は、間に合わなかったのだ。
しかも予想していた光景とは全く違った。
サカイケが、雪乃に魔の手を伸ばしたのだろう。
「オラァ! 俺のオトウト弟子の妹さんに何しとるんじゃい!?」
「ひっ、ひぃ。ご、ごめんなさいぃ……!?」
「ワシは生粋のユメ×ミズ派じゃけんのう! 舐めた真似し腐りやがってぇぁ!?」
彼はなぜか、屈強な謎の男性の集団にめっちゃ絡まれていた。
まあなぜっていうか、確実に雪乃にエロいことしようとしたから。
そして謎っていうか、男性の集団は俺の通う道場、古流武術・桧木流の門下の皆さんだ。
ちなみに俺が道場に通い始めたのは義妹に恥じない兄となるためなので、普通に皆さん雪乃のことを知っています。可愛がっております
加えて結愛ちゃんは道場のアイドルです。
なので彼女らに手を出そうとしていたサカイケ君は、当然のように物凄い威圧を喰らっていました。
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