第9話 動く事態




 家の空気は最悪だし、登校中の陰口も続いている。

 

『クソが、よくも俺の音無さんを弄びやがって』

『ああまで女にだらしないのってやっぱキモいわぁ』

『綾瀬さんの巨乳を好きに……死ねばいいのに』

『義妹が婚約者とか人生舐め過ぎだろ』

『るなちー×みずきちが鉄板だって偉い人が言ってたよー? 広めて広めて』

『藤崎さんがセフレ……。女を食いものにするチャラ男とか』


 悪評の内容を吟味すると悲しくなるのでスルーする方向で。

 冤罪は払しょくできていないが精神的には余裕もある……なんて思っていたが、俺の下駄箱にはゴミが詰め込まれていた。


「あらま、直接的な行動に出てきたよ」

「兄さん。そこはもっと怒っていいところだと思います」

「って言われてもなぁ」


 下駄箱の前で困惑する俺を見てニヤニヤと笑っている生徒たちがいる。

 腹が立つのは事実だけど、こういうのは常套手段というか。本人の物を壊したり捨てたりは学校における迫害の鉄板。むしろ実行が遅かったまである。

 一応、カバンにスリッパを準備済み。以前泊ったホテルのアメニティをお持ち帰りさせてもらったヤツだ。確認とってるから窃盗じゃない。


「あれ? みーちゃん、そのスリッパ」

「ああ、どうせこういうことやってくるのは出てくると思って、前もってね。ロッカーや机の中の荷物も持って帰ってる」


 皆が俺のために身を切ったんだから、俺だって相応に対策を取らにゃね。

 ということでゴミを雑に出して、下駄箱の奥から小さな箱を取り出す。


「……それは?」

「義父さんが貸してくれたハメ取り用の小型ビデオカメラ。主に隠し撮りするために使うヤツなんだけど、ラブホとかの暗い場所でも最大十五時間の撮影ができるんだ」

「うわー、目的が最悪だけど高性能……。も、もしかして私に使うために?」

「ちゃいます」


 梓が顔を赤くするので速攻でツッコんでおく。

 実はエロ関係の機器ってすごく性能がいい。集音性の高い音声記録機器もけっこうある。そもそも音声をクリアに編集するシステムの発展には、くぐもった喘ぎ声をキレイに聞きたいという欲求が根源にあったって義父さんが語っていた。本当かどうかは知らんけど。


「おっと、直接入れた一人しか映ってないけど、こいつ同級生だわ」


 これが同じクラスの元友人とかだったらさすがにダメージデカいけど、あんまり縁のない相手でよかった。

 用務員室から掃除道具とゴミ袋を借りてきて、さっそく片付ける。

 梓と雪乃も手伝ってくれたので思ったよりもはやく終わった。


「さんきゅな、二人とも。じゃ、先に教室いっといて」

「みーちゃんは?」

「俺は届け物があるからー」

「……うん? よく分かんないけど分かった」


 梓は首をこてんと傾げていたけれど、雪乃には伝わったらしい。

 お手々フリフリで二人から離れ、向かった先は当然他のクラスだ。

 お目当ての男子生徒を見つけたので、その彼の机にさっき集めたゴミを置く。


「あ、そこなる君! 間違えて俺の下駄箱に入ってたよぉ!」


 にっこり笑顔でそう言ってやる。

 目の前に自分が詰めたゴミを持ってこられて、男子生徒は顔を青くしつつも否定してきた。


「な、なんだよお前!? いきなりこんなもん持ってきて⁉」

「あ、言い訳とか別にいいです。(エログッズで)撮影して、しっかり顔も映ってるから」


 と教室で先程の映像を再生。

 近くの人にも「これこれ見て。この男子くんがさぁ」なんて説明していく。美人な女の子を狙って。

 こういう時の拡散力は女子に頼るのがいい。だって男子同士の連帯感で内輪で治まっちゃうかもしれない。

 それよりも女子同士で話が広がって総スカンの方が思春期な男子的には痛手だろう。

 思惑通り『うわぁ』『いくら何でもないわぁ』とか女子さんが言ってらっしゃる。映像の中の男子くん、ゲッスいにやけ面してるからね。


「いやぁ、俺が登校したら下駄箱にゴミが入ってるんだもん! すっげーびっくりしたよ!」

「や、やめろよ、おまっ、お前……!」

「もちろん嫌がらせの可能性もあるけどね! もしかしたら間違えただけかもしれないし! 確認は必要だと思って持ってきたんだ!」


 ダメ押しとばかりに大声を出し、説明口調+舞台役者のような立ち振る舞いで語って見せる。


「で、実際のところどうなん? 嫌がらせなら被害届出す話だ。でも、間違えただけならそうじゃない。さあ、どっち?」


 声を一段低くして、じっと相手を見据える。

 すると男子くんは少し遅れて返答をした。


「ま、間違えた、だけだっ!」

 

 そうだね、そう答えるしかないよね。

 誰だって警察は怖い。


「じゃあ、ありがとうだろ。お前の間違えのせいで朝から掃除させられたってのに、心優しい俺はわざわざ持ってきてやったんだ。感謝の一言くらいあってしかるべきじゃない?」

「……あり、ありがとう、ございます……」

「聞こえない」

「ありがとうっ! ございます!」


 若干涙目になった男子くんを見てようやくすっきりした俺は、今度はちゃんとした笑顔で頷く。


「はい、どういたしまして。じゃあね」


 軽く手を振って教室を後にする

 ここまでやれば余計なちょっかいは出してこないだろう。

 さて、噂の渦中の人物が相手とはいえ、同級生の下駄箱にゲス顔で詰め込んで、それを咎められて感謝の言葉を口にしちゃう男子生徒くんが今後教室内でどんな扱いを受けるのかは俺の与り知らぬところである。

 なお、今回の件の後。


『我妻瑞貴は物理的にヤバイやつ』


 という噂も追加された。

 なぜに? 物理的にってなんぞや。



 ◆




 そんな感じで冤罪をかけられた憐れな俺は、生徒達に追い詰められる辛く苦しい日常を送っていた。

 唯一の癒しはこんな状況でも傍にいてくれる梓と、道場でストレス解消に付き合ってくれる結愛と、家でも学校でも世話を焼こうとしてくれる雪乃と、どんな時でもるなちーなるなちーだけだった。唯一多いなオイ。

 そして俺にとっての癒しが一番俺を追い詰めているという不具合。

 それでもみんな集まって昼食をとってもらえるだけで助かる。独りで便所飯なんて耐えられそうにない。


「相変わらず呑気なもんだなぁ」


 なのに、せっかく寛いでるところにサカイケくんが絡んできた。

 でも少し様子が変だ。今までのような怒りとか憎悪とかではなく、なんというか見下すような、勝ち誇るような態度だった。


「なんだよ、サカイケ。俺のくつろぎのひと時を邪魔するなよ」

「だから坂池じゃねえって言ってんだろ。……ふん、まあいいや」


 鼻で笑って去っていく。

 いや、なにしに来たんだよお前。


「なあ、もしかしてアイツってバカなのか?」


 結愛がサンドイッチを食べながらそんなことを言うと「もしかもなにも馬鹿ですよ」と雪乃が返す。皆けっこう辛辣である。

 意味の分からないサカイケは横に置いて、その日も穏やかに過ぎた。既に罵倒が日常になっているのはよろしくないけれど。

 で、放課後。帰ろうと玄関口まで行くと、またも下駄箱に何かが入っていた。

 といっても今度はゴミじゃない。どうやら手紙のようだ。

 そこにはかわいらしい丸文字で。


【我妻君。放課後、特別棟3Fの空き教室で待っています】


 と書かれていた。

 ので俺は手紙をダストボックスにシューッ。超、エキサイティン。

 したかったけど一応なんかの証拠になるかもしれないので懐にしまった。


「結愛ー、道場行こー」

「おう! 今日もしっかり汗かこうぜ! いつまでもお前の突きに翻弄されたりしねーからな!」

「あっはっはっ、今の状況でそういうの言うのやめてもらえる?」


 ほれ見ろ周りの男子が結愛の胸を一回見てから前かがみじゃん。

 結愛が俺の突きに翻弄される姿絶対想像してるじゃん。

 ということで今日はしっかり道場で鍛錬しました。相変わらず兄弟子である寺島先輩だけ世界観の違う動きで、一度も勝てませんでした。

 ちなみに俺は呟き系SNSをやってるので、よく日常的なことを呟きます。

 これ、画像もいっしょに投稿すると地味にアリバイの証明になるしね。



─────────────


 神聖おにいちゃん@oni_chan

【今日は道場でしっかり鍛えた。いつか先輩に勝ちたい】


─────────────


 ゆーめん@ yumenn_13

 返信先:@oni_chanさん

【やっぱお前と汗かくのすっごい気持ちいいわ! かなりすっきりしたし、またやヤろうな!】


─────────────




 その翌日、またも下駄箱に手紙が入っていた。

【我妻君。放課後、特別棟3Fの空き教室で待っています。必ず来てください】

 なので俺はゴミ箱に向けて「左手は添えるだけ……」して捨てた。

 その後拾って懐にしまった。


「るなちー、今日ゲーセン行きたいんだけどー」

「イクイクっ! しっかり遊んであげる!」

「そっかー、絶対その発音わざとだよねー?」


 やっぱり周囲の男子達にダメージ入ってる。

 それを尻目に俺らはゲーセンに向かう。るなちーと行く時はエアホッケーとかドラムとか身体動かす系がメイン。久しぶりだけどすごい楽しかった。




─────────────


わがままピエンナ@wagamama_piennna 

【カレとプリ撮ってきたよー! 照れ顔ごっちゃんです♪

 二人のなかよし度合い見たって】


─────────────

 ミナミ@minami_touch 

 返信先:@ wagamama_piennnaさん

【わー、カレじゃないけどいいなぁ】


─────────────


 神聖おにいちゃん@oni_chan

 返信先:@ wagamama_piennnaさん

【待て、ふたりだけのないしょどこ行った?】


─────────────




 ギリシャ神話には「輝く女」を意味するパエンナという女神がいる。

 それと「ぴえん」を組み合わせたアカウントらしいです。

 さらに翌日、下駄箱に手紙が入っていた。

【我妻君。放課後、特別棟3Fの空き教室に必ず来てください。絶対です。

 いいですか? 仏の顔も三度までです】

 変な動きをするのが面倒になって普通に懐にしまった。


「兄さん、すみません。食材の買い出しに付き合ってくれませんか?」

「ああ、もちろん。荷物持ちでもなんでも」

「では、今日は買い物デートですね」


 そんなことを言いながら、蕩けるような微笑みで雪乃は俺の腕を取った。

 まるで青春。二人で小走りに駆けていく。

 


─────────────


 神聖おにいちゃん@oni_chan

【揚げたてエビフライ最高。うちの妹が料理上手すぎて食事制限が捗らない】


─────────────




 さらにさらに翌日。下駄箱に手紙が入っていた。

【我妻君。舐めてんの? 最後のチャンスだから。必ず来い。来なかったらどうなるか分かってるよね?】

 俺は手紙を懐にしまった。


「みーちゃん、本屋よろー」

「梓のハマってるマンガ、今日新刊だっけ?」

「そう! ついに主人公が必殺技を習得してね」


 バトルマンガ大好きな梓は興奮して語っている。

 我が幼馴染だけだよ健全なのは。

 買い物の後は夜の学校に戻って空き教室に隠しカメラと盗聴器を仕掛けた。


─────────────

 ミナミ@minami_touch 

【やっぱりデメリットありの必殺技って燃えるよね。幼馴染の部屋で思わず一環から読み返してしまいました】


─────────────


 わがままピエンナ@wagamama_piennna 

 返信先: @minami_touchさん

【幼馴染の部屋でっどういうこと?】


─────────────

 ゆーめん@ yumenn_13

 返信先: @minami_touchさん

【分かる。で、幼馴染の部屋でってどういうことだ?】


─────────────




 さらにさらにさらに翌日、今度は机の中に手紙が入っていた。

【放課後、来い】

 俺はそれを懐に入れて、お昼ごはんを堪能した。

 そして放課後。


「なんで来ないのよ⁉」


 ついに宇和木さんが俺の机に突撃してきた。


「え? なにが?」

「何度も呼びだしたでしょ⁉」

「いやー、最近忙しくってさぁ」

「嘘吐かないでよ呟き確認したけど思いっ切り遊んでるじゃない!?」

「なんで俺のアカウント知ってんのコワ……」

「ああもうこいつ!」


 そもそも行くわけないじゃん。どう考えても罠感丸出しだし。

 というか宇和木さん、もう被害者ムーブかなぐり捨ててるじゃん。

 そのせいで教室も変な騒めき方をしている。特にずっと擁護してきた取り巻き連中が「う、宇和木さん……?」みたいな戸惑いっぷりだ。


「いいから、今日! もう私についてきなさい!」

「分かった。とりあえずトイレ行くから先に行ってもらっていい?」

「……早くしなさいよ」


 そうして宇和木さんは先に特別棟へ向かった。

 俺は普通に帰った。



 浮気さんにしろ間男くんにしろ、なんか妙な動きを見せている。

 ちょっと危ないかもしれない。

 警戒は怠れないが、この面倒な状況を終わらせるために俺は彼女らと向き合うことを決めた。

 つまり、あえて罠に乗る必要があるということだ。


 だから俺はさらに翌日、もう鬼のような形相をした宇和木さんの誘いに乗り、特別棟3Fで彼女と対峙した。

 何故か、彼女は怒りの表情を俺に向けてくる。

 どこかで恨みを買ってしまったのだろうか?

 宇和木さんの激情の理由が、俺にはまるで分らなかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る