第8話 母は固く義父はチャラい




 雪乃が、サカイケくんと?

 なんだか胸が悪くなる。嫌な感覚に襲われつつも本人に連絡を取ってみる。

 スマホの電源を切っているのか、繋がらない。慌てて廊下の窓から校門の方を見るが、当然ながら義妹の姿はなかった。


「みーちゃん、大丈夫?」

「お、おう」


 一応のことるなちーに【情報どうも】と返信しておいた。

 どうやら俺、けっこうシスコンだったらしい。サカイケと面識はなかったはずだ。

 なのに、なんで? 疑問に頭を支配されたまま、俺は梓と帰路についた。



 

 ◆




 さて、実のところ俺にとっては学校よりも家の居心地の方が悪い。

 というのも事の発端である「暴行未遂を起こしての停学」。この冤罪を実の母がそのまま受け入れ、ビンタまでかまされてしまった。


「ただいま」

「…………」


 この時点で関係性が悪くなった。

 母さんは汚いものを見るような目で俺を見て、食事の用意やその他の家事もしてくれなくなった。

 で、もっと最悪なのが、義父さんは別に気にしてはおらず、義妹である雪乃は完全に俺を肯定してくれている。俺を除く家族全員のスタンスが各々違うせいで不和ちゃんが起きてしまっているのである。


「人様に迷惑をかけて、反省もせず。なんで、こんな子に……気持ち悪い」


 母さんは俺に聞こえるように食事の準備をしている。

 当然、俺の分はない。どうせ何か言っても「女の子に酷いことをするような恥知らずに食べさせるものはありません」と返ってくるだけなので、会話もせずに部屋に戻った。

 しばらくすると義父さんが帰宅した。途中で合流したのか、雪乃も同じタイミングで戻った。


「たっだいまー! マイ・ハニー、マイ・サン。パピーが返ってきたヨー」


 なお義父さんは茨木出身で、標準語と茨木弁のバイリンガルだ。

 ぶっちゃけ外見はチャラい。道で会ったらホストかと思うけど、職業は有名な合同会社の営業職だ。成績は良いらしく、たくさんの顧客を抱えているとか。


「ただ今帰りました、兄さん。すぐに夕食にしますね」

「あ、と。ごめんな」

「いえ、兄さんのせいではありませんから」


 今は雪乃が夕食を作ってくれる。

 俺も料理はある程度できるし普段ならやるが、専業主婦である母さんが「汚らしい」と台所に入れてくれなくなったせいだ。

 負担をかけて申し訳ないが家事は任せきりだった。


「雪乃ちゃん、夕ご飯なら出来てるわよ?」

「けっこうです。貴女の作ったものは食べたくありませんので。夕食は兄さんの部屋でとるのでお気遣いなく」


 にべもないが、自然の流れではある。

 俺が小学校六年生の時、母さんは再婚した。

 義父さんは当時もチャラかったし、初対面の時の雪乃はあきらかに再婚反対派。可愛らしいけど笑ったところなんて見たことなかった。

 俺は多少軽かろうが母さんの選んだ相手ならいいと思ったし、率先して義妹と仲良くなれるよう動いた。

 この再婚に関してどう思っているのか聞いて、家族に思えないのならまずはただの友達から始めようと握手をした。

 幼馴染の梓も新しい環境に馴染めない雪乃を気遣ってくれた。

 俺達の新しい家族の形は、まず初めに俺と雪乃の友人関係ありき。そこから仲良くなって、俺を兄と認めてくれた。その上で俺の母親だから義母なのだ、という流れで形成されている。


「ダメよ、雪乃ちゃん。瑞貴は女性に乱暴を」

「私は、兄さんの義妹です。だから家族になりました。貴女が兄さんの母でないなら、私の義母でもありません」

「……っ! 勝手にしなさい!」

「だから勝手にしているのに、貴女が口を挟んでいるのではないですか」


 そこを忘れた母さんに対して、雪乃は嫌悪と侮蔑を向けている。

“実の母なのに兄さんを信じなかった”ことが彼女にとっては地雷だったのだろう。

 だから雪乃はもう母さんと接しようとはしていない。


「あ、そうそう。みっくんにお土産があったんだ」


 そんな張り詰めた空気の中で、にへらと笑う義父さん。

 俺への態度は依然とあまり変わらない。むしろ多少は気遣ってくれているようで、今日もお土産をくれた。

 手渡されたのは純愛系エロゲ【無人島でイチャエロ生活!】と電動オ○ホだった。


「義父さん、これ……」

「いやあ、このむじイチャ! 貧乳スレンダーのメインヒロインに巨乳ボクっ娘にツインテロリを添えて抜きどころ満載ってレビューよ? 青い性欲は適度に発散しないとねっ」


 ニカッ、と眩しくサムズアップ。

 そう、義父さんの立ち位置もまた特殊というか。

 この人、「義息子が暴行なんてするはずがない」とは思っていない。というか、したテイで話を進めているので、基本的には母さんと同じく俺を信じてくれなかったのだ。

 しかし「まあ若いからしゃーないね」程度に終わらせて、一度お説教して反省したならハイおしまい。

 お説教というのも、


『いいかい、みっくん。女の子とにゃんにゃんする時は、お金を払うか心を通わせるかしなさい。タダとムリヤリは同じくらいダメなことなんだよ?』


 とのこと。

 軽い。あまりにも軽すぎる。いや、助かってるけど。

 そのせいで母さんと義父さんがケンカになりかけた。


『あなたっ! この子は、無防備な女の子を襲うなんて卑劣な真似をしたんですよ⁉ もっとちゃんと叱ってください!』

『えー、でも叱ってどうなんのよ。愛がなくても勃つもん勃つし、そしたらミサイル発射したくなるじゃん。幸い被害はなかったんだし、学ぶべきは男女のマナーだしょ?』

『そういうことじゃ……! 泣かされた子がいるんです!』

『でも俺も若い頃合意の上でやってんのに後でムリヤリとか掌返されたしー。性のことは当人しか分かんないって』


 実際見た訳じゃないからよく分かんないけど、男女のマナーはちゃんとしましょうが義父さんのスタンス。

 そのせいで暴行犯を糾弾したい母さんとはうまく噛み合わない。

 結果としてここも微妙な感じになってしまった。

 だから母さんはその苛立ちを俺にぶつける。


「なんでこうなるのよ⁉ あんたが余計なことをしなければ私たちはうまくいっていたのに……。あんたなんか、産まなければよかった!」


 悔しそうに涙を目に溜めながら憎悪に近い目で俺を見る。

 なのに、悲しいと思わない。なんでだろう、信じてくれる人がいるからなのか。なんだかんだ大事な部分が麻痺しちゃってるのか。


「いいから行きましょう、兄さん。時間もないので親子丼にしました」

「あ、ああ。さんきゅな、雪乃」


 おぼんに夕食をのせた雪乃は、母さんのことをガン無視して俺の部屋に向かう。


「ちょっと待って、瑞貴。俺直々にオ○ホの正しい洗い方を教えるから聞いていきなさい? 長く使うなら重要だよ? なんなら義父さんの秘蔵のコレクションも貸してあげるし。知らない、往年の名AV女優しのい・あやかの衝撃のデビュー作が」

「父さん、私がいるから大丈夫です」


 義父さんが何か言ってたけど俺も雪乃の後を追うし、なにが大丈夫なのか一切伝わらないです我が義妹様。

 部屋に戻った俺達は、パパっと夕食を終える。

 あいかわらず雪乃の料理はおいしい。


「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」

「お粗末様です。お風呂は、いっしょに入りますか?」

「それはさすがに勘弁して。気遣いはありがとうだけどね」


 母さんに何かされないよう、二人で行動しようと提案してくれるもすぐさま却下。

 和風美人の雪乃と入浴なんてそれこそ色んなものが耐えられなくなる可能性大だ。

 お茶を飲んでホッと一息。雪乃も食後の時間を寛いで過ごしている。

 すごく心地良いけれど、ふとこの子の横顔を見た時に、嫌なことを思い出してしまう。


「なあ、雪乃」

「どうしました?」

「今日さ……サカイケと、帰ったって聞いたんだけど」


 義妹の交友関係に口を出すなんて普通に気持ち悪い男だ。

 だけど明確に俺へ悪意をぶつける奴と行動を共にする。その事実が引っかかり、どうしても聞かずにはいられなかった。


「坂池……ですか? そう言った名前の人は知りませんが」


雪乃はごく自然に嘘を吐いた。

 それがちょっと寂しい。義兄妹だとしても話せないことくらいある。分かっているのに胸を締め付けられた。


「ただ、今日は間音先輩に話を聞きにはいきました」


 ……そうだった。

 あいつサカイケじゃなくて間男だ。違う、間男でもなかった間音だった。


「そ、そうだったのか。な、何の話を?」

「まだ明確なことは言えませんが。多少はとっかかりを得られたと思います。ただ……近日中に、分かりますよ」


 よく分からない言い方をした後、雪乃は澄み渡る湖面のような静かな笑みを見せた。

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