第7話 裏で彼女が……的展開は今のところありません
たぶん瑞貴は勘違いをしている。
彼は高校入学したその日、初めて藤崎瑠奈に出会ったと思っている。
けれど本当は違う。
アタシは……もっと前から、彼のことを知っていた。
るなちーは逆行者とかいうやつらしい。
そこら辺あんまり詳しくないんだけど、とにかく大人だったアタシは気付いたら高校時代に戻っていた。精神だけタイムトラベル的な例のアレだ。
と言いつつ、あれ? これもしかしたら 忌野〇志郎なんじゃない、とか思っちゃう。(※たぶん今際の際に見る夢、とかそんなことが言いたいのだと思います)
アタシの最期は交通事故。
引かれそうになった人を突き飛ばして助けたはいいけど、自分が引かれちゃったベタなヤツ。
助けたことは後悔してない。
でも死にたくなかったな。
もっと長生きしたかった。楽しいこと一杯したいし、美味しいモノも食べたい旅行にもいきたい、ゴロゴロ寝たいし外で遊び回りたいし、やりたいことなんて数えきれないぐらいアリアリ。
『お願いだ、瑠奈。逝かないでくれ……』
なにより。
彼を、瑞貴を、一人にしたくなかった。
ねえ、お願い。泣かないで?
あなたにそんな顔をさせるのは辛いよ。
※
アタシとみずきちの出会いは高校の時。
わりとノリがいい彼とはすぐ仲良くなった。
でもそーゆーお付き合いはナシ。だって、二年の頃だったかな。みずきちはよく知らない女と恋人になったから。
眼鏡をかけて真面目そうな女の子。こういうのがタイプならアタシは選ばれないよなー、って思ったのを覚えている。
それでもアタシなんかは祝福しつつメッチャ揶揄ったけど、納得しないのはアズちん。
みずきちと幼馴染で一番の仲良しなアズちんだから仕方ないっちゃ仕方ない。
んでまぁ、ボチボチ馬鹿やりつつ楽しみながらの高校生活。
みずきちとその恋人は同じ大学に進学して、アタシは勉強苦手だし短大組。
お互い別の進路を進み、しばらく経って事件が起こる。
その恋人、大学生になったら調子こいて浮気したんだわ。
大学デビューってヤツ?
眼鏡かけたマジメちゃんが、コンタクトにして髪も染めてコーデもチョイ派手目で露出多めになってさ。
なんかおかしーなぁ、って思ったら案の定。
二人は結婚すると思ってたのに、恋人ちゃんはみずきちを捨てて他の男と寝やがったのだ。
隠れて間男とヤリまくり。
しかもみずきちのバイト代せしめて、そいつに貢いでいやがった。
他にも色々あるけどアタシがイライラするから割愛。
『俺、何がダメだったんだろうな……』
彼は思いっ切りへこんでた。
そりゃそうだよ、高校時代からのカノジョに『この人の方が気持ちいいの』なんて理由で捨てられたら。
『みずきちは悪くないよ。あんなん、あの子がクソなだけじゃん。だから泣かないでよ』
『るなちー、俺、俺さ……好きだったんだよ。あいつが、本当に好きで』
アタシは泣き続けるみずきちを抱きしめた。
許せない。せっかく恋人になれたくせに、こんなふうに捨てるクソ女が。
でもそれ以上に、彼が悲しんでるのが嫌だった。支えてあげたかったのだ。
そっからのアタシ、自分で言うのもなんだけどすげーよ。
まさに金光聖母だったね。(※おそらく良妻賢母のこと)
ご飯作ってあげたし。失敗してサイゼ行ったけど。
掃除とか洗濯もしようと思ったからやり方教えてもらったし。
黒いGにビビって泣いてるアタシを助けてくれた。
悲しそうな顔してる時は頭よしよししてあげた。
辛い時には傍に居て、大丈夫だよって抱きしめた。
別に全部が全部うまくいく必要なんてない。アタシが馬鹿やって失敗して、それで笑ってくれるなら全然よかった。
なんでそこまでするかって?
いや、ふつーに好きだったんだよ昔から。けっこー前から恋人ちゃんに嫉妬してた。
だから、アタシの行為も好意も褒められたもんじゃない。弱ってるみずきちに付け込んでるだけなんだから。
『なあ』
『ん-?』
『俺さ、瑠奈のこと好きだ』
『……え、マジで?』
『うん、だからけじめをつけたい。もう俺は一人でも大丈夫だから。だからこそ、瑠奈とこれからを生きていきたい。結婚を前提に、お付き合いお願いできませんか』
なのに彼の方から告白してくれた。
知らない振りしたけど気付いてたよ。みずきちの……瑞貴の手が震えてたの。
そりゃそうだよ。怖いよね、好きになって信じた相手に裏切られたんだから。
『ばっきゃろー。ほんとは、アタシが告白するつもりだったのに。みずきちに辛い思いさせたくなかったのにさ』
そんな彼が、怖さを押さえつけて、もう一度誰かを好きになった。
その相手がアタシで、しかも好きだってちゃんと言ってくれた。どれだけ嬉しかったかなんて、たぶん彼にだって分からない。
『アタシも、好きだよ。瑞貴とずっと一緒にいたい』
だからアタシは決めたのだ。
もう絶対悲しませないし泣かせない。浮気なんてもっての外、辛い思いをした瑞貴がこれからずっと笑っていられるように。
アタシが全力で頑張るんだって、そう決めたんだ。
※
『お願いだ、瑠奈。逝かないでくれ……』
なのに、ダメだなぁアタシは。
好きなのに。誰よりも幸せでいてほしかったのに。
瑞貴が、アタシのせいで泣いてるじゃん。
途中までは上手くいってた。
恋人同士になって同棲して。そうなったら瑞貴はすごい勉強を頑張り出した。
いいところに就職したいからって、それってつまりアタシとの未来のためにだよね?
んで大学卒業後、瑞貴は誰もが知ってるような有名銀行に入った。そこからさらに二年、生活も安定してきた。
プロポーズまで秒読み。
あーもー、幸せ過ぎてどうにかなっちゃいそう。
もう何年もいるけど、アタシも瑞貴も余所見は一切なし。マジであんたらなんなの? って友達に言われるくらい、ずっとラブラブ。
これ、もう今年中には結婚かなぁ?
……ってところで、アタシが馬鹿をやらかした。
休日、偶然再会した義妹のゆきのんが車に引かれそうになって、助けなきゃなんて飛び出してしまった。
突き飛ばしたまではいいけどアタシは逃げ遅れてそのまま車と衝突。
病院に担ぎ込まれたけど自分でも分かる。
ああ、もう助からないや。
傍らで瑞貴が手を握ってくれてるのに、握り返す力もない。
ホント何やってんだ。
瑞貴を幸せにすんだろ。悲しませない。泣かせないんじゃなかったのかよ。
そう思いながらも、仕方ないじゃんって話よ。
今が幸せで、それを失いたくないから誰かを見捨てるなんて、そんなの瑞貴が好きになった藤崎瑠奈じゃない。
ゆきのん助けたことも後悔してないよ。
だけど、やだなぁ。
死にたくないなぁ。
だってさ、まだプロポーズされてないし。
指輪、お揃いの結婚指輪憧れてたのに。
結婚式でちゃんと約束しなきゃ。最後まで愛します、誓いますってヤツ。
新婚旅行はアメリカ行きたい。アメリカンサイズのステーキ頼むの。肉食って肉食って散々肉食うんだ。
でもほんとはね、場所なんてどこでもいいの。
二人で笑えるならそれが一番じゃん。
たっぷりイチャイチャして、子供とかもできるんだろうなー。
子育て大変だろうけど、ちょっと大きく鳴ったら家族みんなでフードコートにいったりしてさ。
その頃には多分、みずきちでも瑞貴でもなく、パパって呼び方になってると思う。
叶えられなかった夢ばかりが浮かんでは消えていく。
裏切られて傷ついた心で、それでも瑞貴は一人で立てるようになった。
なのに、アタシと二人で歩いていきたいと願ってくれた。
それを裏切るなんて最悪の女だよチクショー。
言いたいことがあるのに。
何も言えないまま、最期の言葉も残せないまま、アタシは死んでしまう。
死にたくない、でもそれが無理なのは分かってる。
だからせめてもうちょっとだけ時間が欲しい。
お願い神様。死んだ後は地獄行きでもいいよ。代わりに、瑞貴に言葉を伝えるチャンスをください。
どうか、どうかお願いします。
彼がこれ以上悲しまないよう、精一杯の言葉を──
『初めまして。男だけど俺の嫁、我妻瑞貴です。よろしくお願いします』
──そうして気が付いた時、アタシは教室にいた。
高校一年生のクラスの初日。瑞貴が自己紹介をしているところで、逆行前の記憶を取り戻したのだ。
アタシは混乱していたけど、それを妄想なんて疑わない。
だって彼の姿を見るだけで涙が零れそうになるのだから。
まあ、とりあえず。
『ウォォォォォォ!! みずき、ちぃ! ウォォォォォォォォ!』
『ぐはぁ?! まさかの後ろからタックル?!』
自己紹介の途中、全身全霊全速力で抱き着きに行きました。
ちゃんと気遣って高校時代の呼び方に戻したアタシを褒めて。
◆
教室の中に、ソプラノの奇麗な声が通る。
るなちーが語り終えたタイミングで俺は声をかけた。
「なあ、るなちー?」
「なーに、みずきち?」
「今の逆行どうこうの語り、なに?」
「いやー、幼馴染に義妹に同門の姉弟子の中で同級生のギャルだけじゃ弱いし設定盛っとこうかなーと」
「全部妄想設定!?」
男子達を黙らせたるなちーはお昼休み、食事をとりつつ俺達の前でとうとうと語った。どうやら彼女は逆行者(妄想)らしい。
『藤崎さん達を侍らせやがって……』
『ド変態のクソ野郎……』
ちなみに昼食は教室で。
陰口を叩かれてもなんのその。こっちに落ち度がない以上、こそこそするのは間違っているとは梓の弁。
我が幼馴染殿は意外と強気だった。
「ちなみに瑠奈ちゃん、みーちゃんの恋人って誰?」
「いやー、そこ名前出すとよろしくなくない? 恋人裏切る役に当てられるってわりとイメージにダメージがね?」
あ、そこら辺はちゃんと考えるのね。
俺にも気遣い的なものはないのだろうか……いや、絶賛冤罪中の俺と一緒にいてくれることが、なによりの気遣いか。
「で、だ。るなちーのおかげで、俺が襲った的な噂はさらに弱まった。だけど、根本的な解決にはなってないよなぁ」
俺のボヤキに、ウチの教室に来て一緒にご飯を食べていた雪乃が静かに答える。
「根本的、という話ならば弁護士を立てて裁判が早いと思います。名誉棄損は事実でもそうでなくても成立します。争点を“嘘の悪評を流した”ではなく、“悪意を以て名誉を著しく傷つけた”とすればたぶん可能ですよ」
「それは、一応視野に入れておこう。すぐにじゃないけど」
俺のアレコレが悪魔の証明になってる以上、最低でも冤罪を晴らしてからじゃないと反訴される可能性もある。
となると興信所を入れるのはアリかも知らん。
「うっ……」
「どうしたの、宇和木さん⁉」
「やっぱり、自分を襲った人が同じ教室にいると思うと、怖くて……」
まだ言ってやがる。
なので俺は弁当でメインを張るチキン南蛮さんを頬張る。甘酢とタルタルソースのコンビネーションは、いくらでも米が食べられてしまう。
『あの余裕面が腹立つ……』
『ほんとだよ、教室にいんな。つか学校くんなよ』
宇和木さんを囲んで心配そうにしてる男子は、俺達の方に厳しい視線を向けてくる。
反面、そのグループに属していないクラスメイト、特に女子の中には宇和木さんの方を嘲笑う子達もいる。
『でもさ、襲われたって本当なのかな?』
『嘘っぽいよねー、そもそもそんなに可愛くないしー』
……うん、まあ、なんと言おう。
るなちー達のおかげで俺への疑いが揺らいだ。すると今度は、宇和木さんへの悪感情が表面化してきた。
俺がどうこうよりも、悲劇のヒロインぶった振る舞いで男子に囲まれてること自体がイラつく、みたいな女子勢力はそれなりにいる。
今までは被害者だったから許されていた部分がスルー出来なくなってきたのだ。
「つまり、俺にとってはいい状況、なんだけど」
「そうか? 追い詰められた相手に油断して勝ちを取りこぼす、なんてこともあるぞ」
結愛ちゃんは、勝ちを決めるまで気を緩めるなと戒めてくれる。
そこまで学校の成績は良くない彼女だけど武術家としての心構えはしっかりしているのだ。
「綾瀬先輩の言う通りですね、気をつけましょう。そうだ、兄さん。私、今日は放課後に予定があるので先に帰ってもらえますか?」
「ん、なにかあるのか?」
「いえ、単純に友達と前々から約束があるというだけです」
「おっけー」
まあ別にいつも一緒にいるというわけでもないし、俺は軽く答えた。
◆
そうして放課後。
俺は教師に呼び出され、職員室に向かった。停学中の生活はどうだったとか、報告業務みたいなものだ。
今は一人になると危ないといい、梓も付いてきてくれている。
教師との話を終え、ようやく帰ろうというタイミング。
先に教室を出たるなちーからスマホにメッセージが届く。
【サカイケとゆきのんがいっしょに校門くぐったっぽいけど、なんか話聞いてる?】
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