第6話 勝敗は常に顔で決まる


 空き教室での尋問が終わり、しばらく状況整理がてらの雑談をする。


「つまりですね。兄さんを陥れようとした女子生徒に、ある程度の制裁は必要だと思うのです」


 静かに、淡々と雪乃はそう言った。

 和風美人な義妹サマの目の端がぴくぴく動いてらっしゃる。

 キレてる。普通にキレておられる。


「オレも賛成。舐めた真似したからには責任は取らせねーとな」

 

 結愛も同意し交戦的な笑みを浮かべていた。

 俺がいなかった三日間でけっこうな諍いが合ったようだ

 流れは罵倒や彼女達からの説明で大体把握している。


 まず俺に告白してきた女子生徒は、振られた腹いせに「我妻瑞貴に襲われた」と悪評を流した。

 目論見はひとまず成功し、警察沙汰にしない代わりに教師陣から停学を申し付けられた。

 加えて停学中、俺の悪評を確固たるものとしようと度々泣きながら周囲に訴えたらしい。


『我妻くんが、逆上して私を襲って……。停学開けが怖いよぉ』

『大丈夫だって。俺が守ってやるからさ』


 彼女に同情する生徒は男女問わず多かった。

 筆頭がサッカー部のイケメンくん。こいつも率先して俺の悪評を撒き散らした。もっともその流れ自体は梓たちのおかげで一応は止まったが。

 結果として現状、俺の評価は複雑なものになっている。

 変わらず「暴行犯」として扱う者、「ヤッてない」と考える者。

 その両方の派閥に「四股クソ野郎」と考える者が属している。

 それじゃ敵の総数にほどんど変化なくね? と思わなくもないが、「ヤってない派」の中には更に「同意である以上四股も別にいいんじゃね勢」も存在している。

 つまりごく少数ではあるが、明確に俺を無罪と捉える勢力ができた。これは幸いだし、なにより梓たちは絶対的な味方でいてくれている。

 まあその味方こそが悪評の原因ではあるってところがアレではある。


「まず明確な指針を打ち立てる必要があります」


 雪乃が目付きを鋭く変える。


「兄さんを取り巻く現状で問題は三つ。冤罪、悪評を垂れ流す女子生徒たちとその賛同者、私に許可なく恋人を自称する不届き者。これらをどうにかしていかなくてはいけません」

「待って雪乃ちゃん。同列? やらかした自覚はあるけど、私たちも同列の問題扱い?」

「やっぱオレもか……」


 梓と結愛が冷や汗を流している。

 名前を上げられなかったるなちーが「いぇーい、アタシの勝ちぃ」なんて言ってるけど、たぶんセフレは悪評の中に含まれている。


「すみません、言い方が悪かったですね。最終的には恋人どうこうの話も払拭しないと、というだけですから」

「ああ、よかった……」


 梓がほっと安堵の息を吐く。

 なんだかんだ雪乃とも仲いいからけっこう堪えたらしい。


「既に一年生の間では、兄さんの噂はおおよそデマだと思われています。件の女子生徒に縁のある人が少ないせいでしょう。ですから対処法は悪評をどうにかするというより、彼女の味方を減らすこと。根本的には“兄さんを嵌めた”と明らかにすることが肝要になります」

「そうなるよなぁ。でもその方法となると」

「はい、とても難しいかと。人は信じたいモノを信じる生き物ですから」


 憂いに目を伏せる雪乃。

 でもごめんね。信じるどうこうの話じゃなく、そもそも論として君達みたいな美少女を四股するド変態を肯定してくれる男子は少ないんだ。むしろ恨まれてる。


「なにか策を練らなければいけないでしょうね」


 そう雪乃が締めくくり、ひとまず話し合いは終わりになった。




 ◆




 雑談を終わらせた後。

 一年生の雪乃を除く皆で教室に戻ると、教室が不穏な空気に包まれた。


『なあ、あいつら授業サボったのって』

『ああ、つまりそういうことなんだよな』

『5P? 5Pなのか?』

『このド腐れ変態野郎がぁ……!』


 あ、やっべーわ。

 四股かけたクソ野郎が女の子たち誘ってしっかりご休憩してきたみたいな目で見られてるわコレ。

 ただなんというか、犯罪者扱いするような罵倒はほとんどない。

 そういう意味じゃ爆風消火というのは間違っていなかったのだろう。梓や結愛の発言のインパクトがデカすぎて、最初の“襲った”という印象が薄れているのだ。

 その分、女子の嫌悪の視線とか男子の嫉妬がすげーくる。

 加えて、少数派になったとはいえ、俺を暴行した犯罪者と見做してくる奴はいる。

 サッカー部のイケメンくんはあからさまなくらいて期待の姿勢を崩さない。


「サカイケ……」

「おれは坂池じゃねーよ。女子に暴行働いて、婚約者いるのに二股かけて、しかもセフレまでつくって。おまえ、本当に最悪だな。この犯罪者がっ!」

「そうだな、俺もそう思うよ」


 実際そんな奴いたらド腐れ変態野郎と言われても仕方ねーわ。

 素直な感想だったが、茶化されたとでも思ったのだろう。サカイケは激昂して大声で叫ぶ。


「冷静気取ってないでまずは宇和木に謝れ!」


 がなり立てるサカイケの背後には、怯えるように俺を覗き見る女子生徒の姿がある。

 宇和木祥子うわき・しょうこ。区切り方を間違えたらダメな名前である。

 あとサカイケ君の本名は間音小太郎まおと・こたろう。こっちも区切りを間違えたら大変なことになってしまう。

 それはそれとして謂れのない誹謗中傷ははっきりと否定する。ここまで堂々となれるのは梓たちが信頼してくれたからだ。


「俺は、やってない。そもそも彼女に告白自体していない」


 その発言に対しても教室がざわつくだけ。

 たぶん三日前だったら罵倒の嵐だっただろう。けれどどちらを信じるべきか、クラスメイト達も揺らいでいる。

 ただしこれは悪魔の証明になる。

 原義ではなく「完全な反証が出来ない限り、あらゆる仮説は認められる」という意味で。

 俺が襲わなかったという証明ができない以上、彼女の被害は否定されない。

 同時に彼女が襲われたと証明できない以上、俺の加害は肯定されない。

 だから各々が「誰を信じたいか」というだけで結局真相は闇の中になってしまう。


「ひどいよ、我妻君。私にあんなことしておいて!」


 その振る舞いはまさしく悲劇のヒロイン。平然とやれる辺り怖いね、この子。

 庇うように「そうだそうだ!」「この強姦魔!」と周囲の生徒が悪し様に罵ってくる。

 宇和木さんはどうあっても俺を悪者にしたいようだ。さすがに腹が立ってきて、怒鳴りつけてやろうかと思った瞬間、ぽんっと優しくるなちーが俺の肩を叩く。


「まーまー、そう怒らないの。ここは、アタシにお任せあれ」


 にっ、と男前な笑みを見せつけて、俺を庇うように躍り出るギャル。

 スカート短すぎて普通にひらりと紫色+黒いフリルしたなにかが見えたけど、たぶん指摘したらいけないんだろう。


「まずねー、宇和木さんのことは置いといて。ヘイ、周りの男子諸君! あんたらさー、みずきちが本当に襲ったとか思ってんのー?」

「あ、当たり前だろ? だからさ、藤崎さんもそんなヤツに関わろうとせずに……」


 男子の勢いが弱まった。

 俺に悪意をぶつけることができても、るなちーにはムリらしい。

 だけどこいつらは明確に俺を犯罪者だと考えている勢。しかも宇和木さんの取り巻き的な立ち位置に収まっている連中だ。

 その分感情が強く、言葉にしなくても侮蔑の視線をこちらに向けてくる。

 

「はぁー、バッカだねー。ね、みんなまず、宇和木さんの顔見てみ?」

「は?」

 

 いきなりの発言に戸惑いつつも取り巻き連中は言われるままに宇和木さんを見た。

 まあ、性格は最悪だけど、外見的にはかわいい子ではあると思う。


「はーい、おっけー。そんじゃー、次はアタシの顔をよーく見て」


 そう言ったるなちーは、華やかな。俺ですら見惚れてしまうくらいの笑顔を浮かべた。


「ね? みずきちが宇和木さんを襲うかあり得なくない?」


 暗に「襲うならアタシだよね?」と男子に問いかける。

 こ、こいつ。

 策とかなしの、顔面偏差値の暴力で黙らせにいきやがった……⁉

 いや、確かにるなちー美少女だよ? 顔すげー整ってるよ? だとしてもその自己肯定感えげつなくない?


「みずきち分かってないねー。美少女ってね、傲慢じゃないといけないの。才能ある人が謙虚に“私なんてまだまだです”って言ったら凡人は泣くしかないじゃん。だーかーらー、他人より優れた部分があるなら、それを卑下しちゃ絶対ダメ。そんなんしたら努力してる人が報われない。それと同じ。美少女は自信をもって傲慢に、自分の正しさを押し付けてこそなのです」

「……うん、るなちーも色々考えてるんだな。それはそれとしてナチュラルに俺の心読んでない?」

「えーと、みずきち、けっこう顔に出るタイプだよ?」


 眩しい流し目で誤魔化しに来たと分かってるのに、顔がよすぎて騙されてしまいそうになる。

 というか取り巻き連中、マジで動揺してやがる。「そう言われると確かに……」じゃねえよ。宇和木さん一瞬ものすごい形相してたぞ。

 しかもそれ、他のクラスメイトも見たようだ。女子生徒の中にも「なんかおかしくない?」とか言い出す人たちが現れた。

 同時に「藤崎さん調子乗り過ぎ」的な目を向ける女子も一定数いるけど。


「そーゆーこと。男子諸君はよーく考えてね」


 なんて言いながらちょっと前かがみになって、緩んだ胸元を見せつける。

 取り巻き連中は完全に沈黙した。つーか、前かがみ勢が出てきおった。

 宇和木さん恐いって思ったけど、この子の方が遥かに怖い。

 るなちーは、顔だけで状況を一変させたのである。



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