第4話 みんな頑張った
うん、あんまりにもあんまりな内容だった。
「……まずは、梓。ありがとう、俺のことを信じてくれて」
「当然じゃん。というか、よく知らない女子の証言をみーちゃんの言葉より優先するなんてあり得ないから」
梓は本当にいい奴だ。
こいつが幼馴染でよかったと心から思う。
「ほんとにさ、俺は梓に感謝してる。キモがられて距離とられても仕方ないって考えてたから」
「私がそんなことするはずないよ。私たちは、世界でも数少ない、二刀一対の斬魄刀でしょ?」
「それは違う」
あと、感謝は事実なんだけど、それはそれとして。
「でさぁ、なにしでかしてくれちゃってんの?」
「あのー、ですね? いや、聞いて? みーちゃんは、爆風消火ってご存じ?」
「ああ、火事の時に爆弾使って爆発の時発生する風で一気に火を消し飛ばすやり方だろ?」
「そうそれ! つまりね、悪評を越えるインパクトがあれば鎮火するんじゃないかって、考えたわけですよ」
俺は、女子生徒を襲った強姦魔のように言われていた。
しかしここにきて確かにその噂自体は鳴りを潜めていた
「みーちゃんは“告白して振られたから、襲った”。ということは、告白したって前提を覆して、襲う必要もない、と思ってもらえれば噂は落ち着くと思った次第でして」
「……で?」
「私と恋人で、めちゃめちゃヤッちゃってる関係なら、そもそも噂の前提が成り立たなくなるから強姦魔って噂もなくなるんじゃないかなーって」
「色々考えて俺のためにありがとうなにしてくれちゃってんの本気で⁉」
一息で言い切った。
もう感謝と混乱で心ん中ぐっちゃぐちゃである。
「いやいや、みずきち? でもね、アズちんも悩んで悩んで、みずきちのために頑張った結果なわけだし」
一応るなちーがフォローを入れてくるが、そのままは飲み込めない。
「それは分かってんだけど、情緒が! もう感情がぐるんぐるん、かき回されてもう自分でもわけわかんないんだよぉ!?」
「あ、みーちゃん。それってつまりグルンガストってこと?」
「ぜってーちげーよ! そして結愛ぇ!?」
俺の叫び声にビクビクゥってなるオレっ娘。
普段の結愛から考えられないくらいしおらしい。
「お、おう」
「結愛もさぁ、なんか皆の前で言ったらしいね?」
「いや、それは。お、オレもさ? お前があんなことする訳ないって考えたんだよ。だから、その。まずは噂を否定する必要があると思って……」
「思って?」
俺の追及に、溜めに溜めてから恥ずかしそうに彼女は答える。
「内緒にしてたけど、オレと瑞貴は、こここ、恋人同士で。すっげーラブラブだし、キスもえっちもしてるから、他の女に告白なんてあり得ないし襲うなんてもっての外。だって瑞貴は、オレのおっぱい大好きだからって……皆の前で、伝え、ました」
「ぬおおおおおおおお。やっぱり信じてくれてありがとうなのに、ありがとうなのにぃ……!」
「ごめん、まさか音無が同じことをやってるとは……」
タイミングの問題で、それぞれが俺の恋人宣言をやったらしい。
状況だけ見れば完全に二股じゃん。
そりゃ「女を食いものにする」とか陰口叩かれるわ。
「待って、聞いてくれ! オレらはさ、同じ道場に通ってるだろ? 瑞貴がすごく真摯に鍛錬を積んでるのをこの目で見てきた! だから、卑怯な真似することはないって断言できる。ならさ、あの女子生徒は嘘ついてるってことで。あのクソ女のせいでお前が悪く言われてるって考えたら、カーってなって、なんとかしなくちゃって思って、その」
結果、俺といちゃらぶしているっていう話が出てきた。
結愛はいわゆるコイバナとは無縁の、ストイックなアスリート系な女の子だ。
そんな彼女が自らにダメージがいくようなことを表明してでも、俺の冤罪を晴らそうとしてくれた。
「いや、怒ってるんじゃないんだよ。むしろ、お前の気持ち嬉しいって思ってる」
「瑞貴……。ごめんな、今考えたらもうちょっとやり方あったよな」
教室で会った時顔を背けられたのは、俺への申し訳なさのせいだったのだろう。
だけど俺はちゃんと感謝している。
「じゃあ続いて、るなちー!」
「うっす!」
ぶっ飛びギャルなるなちーは、正座したまま元気よく挙手する。
容姿だけ見ると肌を焼いてるしすらっと切れ長の目の美少女で、完全スクールカースト上位なんだけど、ノリはむしろ芸人である。
「アタシはぁ、これでも顔広いし? 学年の違う知り合いにもしっかりみずきちが無罪だって伝えておいた!」
「ありがと、るなちー! よっ、美少女ギャル!」
「へへっ、まあね。あと噂を否定するのに“アタシが恋人”なんて言ったら、もしみずきちに好きな人がいた場合困ることになると思ったから、そういうのは止めといたよ」
「もうほんと最高! 容姿だけじゃなくて中身も奇麗な月のよう!」
俺の重ねた賞賛にるなちーはふふんと自慢げに薄い胸を張る。
もうにっこにこ。すっげー嬉しそうな顔だ。
「褒めろ褒めろぉ。なんでアタシがセフレだから別に女に困ってねーし、あんな女襲うなんて絶対ないよって広めといた。当日もこの日焼けしたすれんだーぼでーを隅から隅まで堪能したし、アタシの腋も一時間かけて舐めしゃぶってたから性欲完全解消済みですって既に羞恥の事実であります!」
「途中までイイ感じなのになんでそうなんだよぉ⁉」
なんで俺が腋フェチだって普通に知られてんの⁉
加えて梓の流した噂もあるから、俺朝から3Pかましてきたことになってんじゃん⁉
「もともとアタシらって距離近いじゃん。抱き着いたり、ほっぺとほっぺですりすりしたり。だもんで、みぃんな簡単に信じてくれたよ?」
「マジか……」
「アタシは、みずきちが女の子にひどいことしないって知ってる。信じてるじゃないよ? やらないって、もう決まってるの。確定済み。だから、後は噂を吹っ飛ばせば問題ないっしょ」
「ありがとう、すげー嬉しいです。なのにすげー複雑です……」
「そう照れんなよぉ」
けらけらと笑うるなちー。
いい子なのに、いい子なのにぃ。
と、そこで最後に残された雪乃が手を上げた。
「兄さん、私からもいいですか?」
「あ、ああ」
「聞かれる前に言わせてください。私は噂に関して一切信じておらず、だから耳にした時点で一学年全体にそれは悪質なデマであると伝えてあります」
この娘も、俺を心から信じてくれた。
それが嬉しい。
「しかしやはり周りにとっては受け入れ難かったようです。定期的に被害者を名乗る女子生徒が“兄さんに襲われそうになった”と涙を流すパフォーマンスをしたせいですね。その健気そうに見える姿を噓吐き扱いすれば反感を買いますから」
あの女、そんなことまでやってたのかよ。
苛々としてしまうが、「兄さん落ち着いてください」と雪乃が諫めてくれる。
「だから、私は噂を否定するために真実を明かすことにしました」
「それは、もしかして」
「ええ。兄さんと私は、血が繋がっていない。不愛想で生意気な私を受け入れてくれた兄さんが、女性を傷つけるような真似をするはずがないと」
俺と雪乃は実の兄妹ではないと、学校では隠している。
余計なことを言われないように、そうしようと家族で決めた。
もしかしたら色々とよからぬ噂が流れるかもしれない。その可能性を考慮していただろうに、雪乃は俺のために真実を明かした。
「そして同時に私が兄さんの婚約者であり、卒業と同時に結婚すること。既に肉体関係にあり、他の女性に手を出す余裕なんてないと、一年生では知らぬ者がいません。結果、一年では件の女子生徒が嘘を言っている、というのが主流になりました」
「それは本当にありがとう。でもまさかだよ。まさかの四人同時に同系列の方法で噂を対処しにきたよ……」
にっこりと鮮やかな、雪乃の笑顔が眩しい。
眩しすぎてもう泣きたい。
「ってことで!」
ぱぁん、と梓が柏手を打つ。
正座したまま。
「みーちゃんが女子生徒を襲ったって噂は、かなり落ち着いたよ! これって、私たちの策が上手くいったってことじゃない?」
そう、実はこの三日間で、俺が強姦魔であるという噂はほとんど聞こえなくなっている。
ただし、問題がある。
「うん、そうだね。代わりに『我妻瑞貴は美しい義妹を婚約者にしながら、小学生の頃から超かわいい幼馴染を調教し、スタイル抜群オレっ娘武術家を恋人にして、美少女スレンダーギャルをセフレにして性の限りを尽くすド腐れ変態クソ野郎』って噂が蔓延してるんだけど?」
四人とも、思いっ切り顔を逸らしてくれた。
現状俺には、最初の冤罪より酷い冤罪が降りかかっている。
「くっそう、四人とも大好きだよちくしょうありがとう! それはそれとして、どうすればいいんだよこれ……」
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